人間、平和に長生きが一番です!~物騒なプロポーズ相手との攻防録~

長野 雪

文字の大きさ
72 / 92

72.至れり尽くせりなデート(後)

しおりを挟む
 ちょっと顔が赤くなった自覚はあったが、敢えて無視して別の店の軒先を見る。紙類を扱っているそこは、ちょっと洒落た便箋もあるようだった。

「ちょっと中に入って見てもいい?」
「あぁ、構わない」

 いやに上機嫌で許可してくれたけど、男性にとって、こういう店は居心地悪くないんだろうか? あんまり時間かけるのもかわいそうだし、できるだけ即断即決を目指していこう。財布は潤沢のはず、だし。
 中に入ると、可愛らしい便箋や封筒だけでなく、ペンやインクも取り扱っているようだった。前世風に言えばファンシーショップに近いかもしれない。実際、お客さんは女性ばかりで、長身かつ美貌で男性のヨナはすごく目立つ。

「ご、ごめんね。すぐに決めるから……!」
「気にするな。入ったことのない類の店だから、これはこれで興味深い」
(いや逆に興味持たれても困るやつー!)

 とりあえず、何か花びらを梳き込んだ感じのカードと、イチゴの蔦の枠が可愛らしい便箋を第一印象で選ぶ。これだけでいいか、と思ったところ、その隣の棚に置かれていたペーパーウェイトに目が吸い寄せられた。

(これ……)

 御影石みたいな真っ黒な楕円の形をしていて、飾り気もほとんどなく、使いやすい物のように見える。でも、気になったのはそこじゃない。上面に彫られた文様だ。

(橘紋……)

 別に家紋なんて気にする世代じゃなかったけれど、苗字の通り、スタンダードな橘紋だった。このペーパーウェイトに彫られた文様がその家紋に瓜二つだった。

「それも買うか?」
「ひゃっ」

 後ろから手がにょっと伸びてきて、私が見つめていたペーパーウェイトが取り上げられる。

「えっと、それは――――」
「別に大した値段でもない。気になるなら買えばいいだろう」
「……お願い、します」

 カードと便箋と一緒に会計をしようとしたヨナを見送った私だったけれど、慌ててもう一品を店員に渡した。

「これもか?」
「だって、入れるバッグもないでしょ」
「すぐ送ればいいだけだろう」
「買い物したって実感のために、必要なんですー」
「……そういうものか?」

 首を傾げたヨナは、それでもまとめて会計を済ませてくれた。……というか、さっきから手品のように出て来るお金はどこから出てるんだろう。バッグもなければポケットに手を入れている様子もない。謎だ。
 ともあれ、生成りの厚手のトートバッグに買った品物を全部入れると、その重みが「ショッピングしてるー!」と教えてくれる。素晴らしい。実感は大事。ただ、あまりに飾り気がないので、塔に戻ったら刺繍でも加えよう。前世みたいにアップリケとかあれば楽ちんなんだけど。

「他は? 気になる店はあるか?」
「うーん、あとは衣類を少し見たいのと、お昼ご飯……どうする?」
「衣類は……仕立て屋か?」
「そうなるか……。でも、貴族向けとかじゃなくていいのよ。欲しいのは動きやすい服なんだから」
「俺としてはリリアンを着飾らせてみたいが」
「それは遠慮するわ。あぁ、でも、ある程度揃えておかないと、茶会で困るか……」

 塔での生活なら、動きやすいワンピース、何ならパンツスタイルだっていいけど、この国の貴族女性はパンツスタイルなんて乗馬服ぐらいしかないので馴染みが薄い。あと、王太子妃殿下とのお茶会は、最低限の格式が求められる気がするので、正直そろそろ手持ち(というよりグース卿に用意してもらった分)がそろそろ一周してしまいそうだ。

「そうね、庶民向けの仕立て屋を見て、それからランチ、その後で貴族向け……って、一見さんお断りかしら」
「断られたらそのとき考えればいい。まずは庶民向けだな」

 ヨナの手が私の手をぐいっと引っ張る。もう少しエスコートに気遣いが欲しいというのは望み過ぎ? 認めたくないけれど、足のコンパスの長さの関係で、どうしても早歩きになっちゃうのよね。
 ただ、指摘したらしたで、いつぞやバーに連れて行かれたときみたいな対処をされそうなのが悩ましい。

「ここでどうだ?」
「店構えは良さそう。……私の買い物ばかりで、なんだか申し訳ないわ」
「気にするな。むしろ金の使い道ができていい」
「……まさか、給金をほとんど使っていない、とか?」
「欲しい素材や本があれば使うが、危険手当や出張手当もあるから貯まる方が速いな」

 よし、遠慮なく使ってもらおう。経済は回さねば。

「こんにちは、誰かいらっしゃいますかー?」

 店に入ると店員らしき姿がなかったので、声を出してみる。すると、「はいはい」と恰幅の良いおばちゃんが出てきてくれた。
 おばちゃんはヨナの姿に一瞬目を丸くして硬直したけれど、そこはプロ。すぐに立て直してくれた。

「いくつかまとめてお願いしたいんですけど……」

 寝間着の替えや下着、動きやすいワンピースに、庭いじり用の作業服なんかを頼んでみると、上客だと判断してくれたのか、にっこにこで承諾してくれた。さすがに採寸のときだけは、ヨナを別室で待たせたけれど、特にトラブルなく注文を終える。

「難しいデザインもないし、2週間もあれば全部揃いますよ」
「それじゃ、その頃にまた取りに来ます。……あ、このあたりでお昼ご飯を食べようと思っているんですけど、オススメの店はありますか?」
「そうだねぇ。今日は天気もいいから、屋台なんてどうでしょうかね。南広場にはいくつも出ているから」

 ちらり、とヨナを見ると、小さく頷いてくれたので「ありがとうございます、寄ってみますね」とお礼を言う。
 店を出ると、ヨナは「なるほど」と呟いた。

「普通はああして情報を得るのか」
「誰も彼もが魔法を使えるわけじゃないからね。地元の人の方が、良い店を知っている確率が高いし」
「子爵領にいた頃も、そうして酒場を探していたのか」
「まぁ、最初は出入りの商人がぽろっとこぼした酒場だったけどね。あとは酒場で話してるうちに、どこそこの店の品ぞろえがどうとか、料理がうまいとか、酔いもあってポロポロと……」

 もちろん、心からその店が良いと思って進めてくれるパターンと、知り合いだから宣伝しておきたいパターンがあるものだから、確実に良い店というわけでもない。ここが口コミの難しいところだ。

「ま、いいじゃない。とりあえず南広場でお昼ご飯するってことで構わない?」
「構わない……が」
「が?」
「いや……、こればかりは運もあるからな。今から明言はできない」
「随分ともったいつけるじゃない?」
「うっかり口にすると現実になりやすいからな。不本意な予想は言葉にしたくない」
「あー、ゲン担ぎみたいなものね。それなら納得できるわ」

 いったいどんな悪い予想をしているのか分からないけれど、南広場に行くのを避けるほどでもないらしい、と判断して、私はヨナと手をつないだままサカサカと歩きだしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...