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79.堅牢な操(前)

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「ごめんなさいね。てっきりもう身体を繋げてるものだと思い込んでいたわ」
「……お茶会の話題としては、どうにもそぐわない気がいたします」

 不敬にならないラインを探りながらの私の苦言に、目の前の王太子妃殿下は、にっこりと微笑んでくださった。

「そうね。でも、ヨナ・パークスに流した本を全部読破したと聞いたのだもの。少しぐらいこういった話をしてもいいのではなくて?」
「……妃殿下のご采配だったのですね」
「直接ではなくてよ? それとなく存在と入手方法を匂わせるよう人を動かしただけだもの」

 これだから権力の第一線に居る人のすることは……。いや、おかげで娯楽小説を読めたのだから良しとすべきなのか。

「こうして話をしていると忘れてしまいそうになるけれど、リリアン嬢も未婚令嬢なのよね。本を読んでみてどんな感想を抱いたのかしら?」
「感想……ですか? 女性の夢と理想と妄想の助けとなる良い作品ばかりだったと思いましたが」

 素直に感想をこぼすと、妃殿下は扇で口元を隠してくすくすと笑う。

「そういうドライなところが、未婚令嬢らしくないのよ?」
「そう、なのでしょうか」
「男女の行為については、家によって事前にどれだけ教えておくか随分と幅があるから、令嬢によっては、その行為にすごく嫌悪感を抱くこともあると聞くわ」
「……それは、とても大事に育てられているのですね。私などは、孤児院の手伝いの中で家畜の交尾に遭遇することもありましたから、そこまで忌避も嫌悪も抱けませんわ。ただ、子を為すためにそういう行為が必要、という話ですから」

 そもそも前世では処女でもなかったし、今世でヤギの交尾に遭遇したときも、「恋の季節だな」なんてしみじみ思ったぐらいでスルーしてしまった。

「あら、愛を確かめ合う行為ではなくて?」
「人間同士ではそういう側面があるのは否定しませんが、そうかと言って、そこに夢や希望は抱いておりません。ただ、最初は痛いと聞くので、そこだけが微妙かな、と」

 前世での初体験は散々だったから、今世はもうちょっとマシなものであって欲しい。初めて同士の初体験はロマンがあるけれど、お互いに不慣れというデメリットがね。うん。

「あら、でも、このままいけば、相手はヨナ・パークスになるのでしょう? それならその心配はなくってよ?」
「え、もしかして、据え膳戴いて経験豊富とかそういう……?」
「ふふふふふ、面白い勘違いね。残念ながら貴女以外の女性の影はないの。ただ、治癒魔法の使い手が相手だと、痛みを感じる時間が短くて済むという話よ」
「そういうお話でしたか」

 なるほど、いわゆる破瓜の痛みは、女性の身体の内側が傷ついたことによるものだから、そこを治癒してもらえば……という話か。それは助かる話だ。身も蓋もないけど。

「おそらく、正式に婚姻を結ばない限り、そういった行為はしないと思います」
「そうなのね。貴族令嬢としては本来あるべき形だから否定はしないけれど、個人的には早くしてもらった方が助かるわ」
「……理由を、お伺いしても?」

 扇で口元を隠してくすくす笑われても……。いやいや、普通は結婚してからですよね? 私、間違ったこと言っていないですよねー?

「そんなに大した考えではなくてよ? ただ、殿方は意中の女性との行為に精神的な充足感を得ることが多いらしいから」
「つまりはヨナの精神的安定のため、と」
「そうとも言うわね」

 あーはいはい。そうですよねー。こないだ私もシジーナさんに『魔力は桁外れ、体は大人、対話能力は子ども以下』ってぶっちゃけてますからねー。きっと王太子妃殿下にも伝わっているんだろう。

「本当に察しが良すぎて助かるわ。あと、そうね、貴女が気にしていた令嬢だけれど」
「あ、はい」

 そうそう、先日、ヨナとのデート中に仕立て屋でぶつかってきた令嬢のことを、妃殿下に報告したんだった。報告というより「威嚇のために名前借りちゃいましたテヘペロ」っていう謝罪のつもりだったんだけど。

「ヨナ・パークスに婚姻の打診をしたことのある令嬢よ。名前も聞いておく?」
「……いいえ。ヨナの隣を狙っているご令嬢方は多そうなので、いちいち名前を聞いてもキリがないかと思いますので」
「確かにそうね。既に婚約は承認されているから、公開情報ではないけれど、不正な手段で情報を手にした馬鹿な貴族が動くかもしれないわ」
「実家に影響が出てしまうでしょうか。それだけが心配です」
「お披露目をしたならともかく、そうでもないのに情報を掴んでいるのだから、こちらとしては罰する理由ができてありがたいのだけれど……そうね、面倒な輩が居たら遠慮なく報告してくれて構わないわ。子爵家では対処できない家格の者がやらかしてしまう可能性も大いにあるから」
「お手数をおかけします」
「ふふ、わたくしの方が貴女に負担をかけていると思うけれど。ヨナ・パークスの手綱を握るのも大変でしょう?」
「最近は、考える際の方向性が分かるようになってきたので、以前程ではございません。それでも、たまに驚かされることはありますが」
「まぁ、びっくり箱みたいね」
「否定はいたしませんが、たまにすごく心臓に悪いです」

 くすくすと上機嫌に微笑まれてしまったけれど、それはどういう意味の微笑みなんだろうか。
 いや、いいけどね。世の中ギブアンドテイクだと思うので、ヨナの隣にいる煩わしさの代わりに実家の安泰を保障してもらっているようなものだし。

「ふふふ……、期待していてよ?」
「……ご期待に添えるよう尽力いたします」

 この返答以外、何が言えようか。
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