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89.一途な駄犬(前)

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「いやいや、ないない……」

 太陽は既に真上にあるというのに、私はベッドの住人だった。原因はもちろんヨナだ。

(未経験の相手に朝までコースとか、鬼畜にも程があるでしょうにっ!)

 確かに治癒魔法のおかげでほとんど痛みは感じずに済んだ。けど、治癒魔法さえなければ、あそこまで長丁場にはならなかったんじゃないかと。

「は……」

 違和感の残る喉と、疲労感しかない全身。素肌に散った赤い痕については見ないことにして、私はシーツを巻き付けてベッドの住人から卒業する。
 治癒魔法は確かに便利だと思う。ただ、体力は回復しないから、私は壁に手をついてだるい体を自分の部屋のある3階まで持ち上げていくしかない。こういうときに塔の縦構造がうらめしい。平屋だったらもっと楽なのに。
 何とか自室に戻った私は、楽なワンピース姿に着替えたところでテーブルに突っ伏した。

(お腹……空いた、けど、動きたくなーい!)

 何ならもう一度ベッドにごろんしたい。そのぐらいだるい。やはり、体力……! 体力が必要だ!

「リリアン? 姿が見えないと思ったら、こっちに戻っていたのか」
「……は?」

 おかしい。幻覚だろうか。まだ昼なのにヨナがいる。
 顔を持ち上げた私の視界に、珍しく上機嫌を隠しもしない大魔法使いサマが立っていた。

「朝食は食べたか? 昼食がまだなら、城下の屋台に食べに行くか」
「……は?」

 ありえない。あれだけ私が塔の外に出るのを嫌がっていたのに、城下の屋台? やっぱこれ幻覚でしょ。
 もし、幻覚でないとしたなら――――

「……っざけたこと言ってんじゃないわよ、このアンポンタン! 私が疲労困憊してんのが見えないのか節穴野郎!」

 あ、目を丸くして口を閉じた。怒鳴りつけても消えないってことは、やっぱり幻覚じゃないのかー。

「……疲労? あー、そうだ。薬草酒! 薬草酒を出す! あと今すぐに胃にやさしいものを用意させるから――――」
「……薬草酒だけでいいから。あと、仕事はどうしたの」

 私の言葉に見慣れた薬草酒が注がれる。ぐいっと飲めば、もはや馴染んだシロップ風味が口の中に広がった。

「今は昼休憩の時間だ。リリアンの様子を見に来たついでに、一緒に昼食をとろうと思って」
「なるほど、一応心配はしていた、と」

 私の怒気が見えるのか、ヨナの視線が気まずそうに少し逸れた。

「昨晩は……はしゃぎ過ぎた、と思っている」
「昨晩?」

 治療魔法があるからと、昨日は夕方から始まって夜明けまで離してもらえなかったのよね。途中、水分補給はさせてもらったけれど、夕食も朝食もなかったわ。未経験者相手にぶっちゃけありえなーい。

「す……まなかった。確かに、リリアンの体力をもっと考えるべきだった」
「そうね」
「だが、リリアンもよくないだろう! 好いた相手にあんな潤んだ目で見上げられたら、止まらなくなるのも仕方ないだろう!」
「散々揺さぶられて涙も出るってもんでしょ。体勢を考えたら見上げるのも当然だし」
「だが――――」
「反論は聞かない。どっちにしてもしばらくああいうことはしないから」
「なっ……」
「あのね。相手の体力も考えず自分の欲望優先な人となんて、やってられないの」
「リリアン――――」

 突き放した私のセリフに、ヨナの顔が絶望に歪む。
 あんまり厳しくし過ぎて、また闇落ちされたら困るか。今はこのぐらいにして、『逃げない』意思表示はしておこう。

「分かったら、とっとと城下に行って串焼きとホットドッグ買って来て」
「……! 分かった!」

 返事をするや否や、ヨナの姿が消えた。

(んー? 転移ってむやみやたらにしたら、いけないんじゃなかったっけ?)

 首を傾げるが、まぁどうでもいい。怒られるのは私じゃないし。
 なお、希代の大魔法使いサマをパシッた屋台メニューは大変美味だった。

🌸🌸🌸

 日が落ちる頃には、私の体力も随分と回復していた。お昼寝をばっちりキメたのが良かったのか、はたまた例の薬草酒のおかげか分からないけれど。

「っはー! 今日も元気だお酒がうまい!」

 のど越しスッキリなエールをジョッキ半分ぐらい飲み干して、思わず声が出る。

「……リリアン、やはり俺よりも酒の方が好きだろう」
「それって、比べる意味あるの?」

 少し呆れた表情のヨナは、野菜の胡桃和えをもぐもぐ食べていた。昼寝から目覚めた後、無心で胡桃の固い殻をパキパキ割った結果の副菜である。少し指がだるくなったが、ストレス解消にはなった。
 私はと言えば、ピリ辛のちぢみもどきに舌鼓を打ちながら順調にエールを消化している。この組み合わせは無限コンボ決められるからヤバい。

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