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92.新たな一歩(後)
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「嫌だった?」
「何がだ?」
「結婚式に王太子殿下を呼ぶの」
「嫌がっていたのはむしろお前じゃないのか?」
「うーん、嫌がる、というより、うちの家族の胃が心配で」
田舎貴族にとって王太子殿下なんて雲の上の人だ。それこそ銀貨のレリーフでしかお目にかかれないレベルの。
そんな人がしれっとやって来たら……うん、どうおもてなししたらいいか分からなくて右往左往するわね。お忍びスタイルでもロイヤルな気配は隠しきれないだろうし。
「……本当は」
ヨナは私をじっと見つめる。
「着飾ったリリアンを他の男に見せたくない」
「っ」
不意打ちに慣れてきたけれど、慣れてきたからといって動揺はする。たまに剛速球投げてくるのどうにかして。
私は火照りそうな頬を両手でぺちぺちと叩いた。
「あのね、結婚式ってさ」
前世の橘華は、結婚することなく儚くなってしまったけれど、学生時代の友人の式に出たときに、スピーチをしてくれたおじさんの話が妙に面白くて覚えている。
「自分をここまで育ててくれた人に対して、『ありがとうございます、これから頑張ります』って決意表明する場であると同時に、『列席してくれた方々の期待を裏切る=別れることはないです』って自分たちを追い込む場でもあるんだって」
身も蓋もないこと言うなぁ、と思いながらも、確かに、と納得してしまったことを覚えている。事実、再婚カップルだと盛大な式を避ける、なんてこともあるみたいだし。
「だから、おそれおおくも王太子殿下に列席いただけたら、ちょっとやそっとじゃ別れないぞって抑止力に……って、痛いって!」
突然、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきたヨナに、私は抗議の声を上げる。
「別れるつもりはないからな」
「はいはい。分かってるって」
いったい、いつになったらヨナのこの不安はなくなるんだか。
私の言動が、そんなに不安にさせているんだろうか?
ちょっといたずら心が芽吹いて、私は抱きしめる力を緩めてくれたタイミングで、背伸びをする。身長差はあるものの、何とかヨナと唇を合わせることに成功した。
「リリアンっ?」
「なに?」
珍しく動揺を隠せないヨナに、内心ニンマリしつつ、なんでもないふうを装う。
「もう一度欲しい。突然で分からなかった」
「……そう来たか」
私からキスするなんて、初めてかもしんないから、もっと狼狽えると思ったんだけどな。
まぁ、仕掛けたのはこっちだから、いいでしょう。
私はヨナの肩に手を置くと、もう一度、つま先で立つ。
「んっ」
触れて終わりにするはずだった口づけは、ヨナの方からホールドされて、離れなかった。
「んっ、ふ……ぅ」
角度を変え、何度も唇を触れ合わせてくるヨナに、私もそのまま体を預けた。
「リリアン。このままベッドに――――」
「今日は仕事を途中で抜けて来たんでしょ? はいはい、出勤、出勤」
不埒な誘いをきっぱりとはね付けて、私はするりとヨナの腕から抜け出した。
「今日も美味しいおつまみ作って待ってるから、お仕事頑張ってね」
「……行ってくる」
少し憮然とした様子だったけれど、それでも強情な抵抗もなく職場へ戻るヨナを見送る。
「よっし、今日も頑張りますか」
領地で結婚式の準備を頑張っているお母様に手紙を書いて、部屋の掃除をして、夕食の準備をして……まだまだやることはある。
窓の外に広がる青空。塔に軟禁された状態じゃなくて、塔の障壁に守られてる状態と考えるようになったのはいつからか。
面倒で厄介な人に求婚され、山や谷の少ない平穏な人生からは遠ざかってしまったけれど、それでも塔の中では安全だと思うことができる。これもまた、一つの平穏には違いない。ヨナのコミュニケーション能力の伸びしろはまだまだある。私への興味がまだ残っているらしい筆頭様のことも気になるっちゃ気になるけれど。
(ま、なるようになる!)
ぐっと伸びをした私の中で、前世の橘華が「なるようにしかならないわね」と笑い交じりに同意をくれた気がした。
「何がだ?」
「結婚式に王太子殿下を呼ぶの」
「嫌がっていたのはむしろお前じゃないのか?」
「うーん、嫌がる、というより、うちの家族の胃が心配で」
田舎貴族にとって王太子殿下なんて雲の上の人だ。それこそ銀貨のレリーフでしかお目にかかれないレベルの。
そんな人がしれっとやって来たら……うん、どうおもてなししたらいいか分からなくて右往左往するわね。お忍びスタイルでもロイヤルな気配は隠しきれないだろうし。
「……本当は」
ヨナは私をじっと見つめる。
「着飾ったリリアンを他の男に見せたくない」
「っ」
不意打ちに慣れてきたけれど、慣れてきたからといって動揺はする。たまに剛速球投げてくるのどうにかして。
私は火照りそうな頬を両手でぺちぺちと叩いた。
「あのね、結婚式ってさ」
前世の橘華は、結婚することなく儚くなってしまったけれど、学生時代の友人の式に出たときに、スピーチをしてくれたおじさんの話が妙に面白くて覚えている。
「自分をここまで育ててくれた人に対して、『ありがとうございます、これから頑張ります』って決意表明する場であると同時に、『列席してくれた方々の期待を裏切る=別れることはないです』って自分たちを追い込む場でもあるんだって」
身も蓋もないこと言うなぁ、と思いながらも、確かに、と納得してしまったことを覚えている。事実、再婚カップルだと盛大な式を避ける、なんてこともあるみたいだし。
「だから、おそれおおくも王太子殿下に列席いただけたら、ちょっとやそっとじゃ別れないぞって抑止力に……って、痛いって!」
突然、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきたヨナに、私は抗議の声を上げる。
「別れるつもりはないからな」
「はいはい。分かってるって」
いったい、いつになったらヨナのこの不安はなくなるんだか。
私の言動が、そんなに不安にさせているんだろうか?
ちょっといたずら心が芽吹いて、私は抱きしめる力を緩めてくれたタイミングで、背伸びをする。身長差はあるものの、何とかヨナと唇を合わせることに成功した。
「リリアンっ?」
「なに?」
珍しく動揺を隠せないヨナに、内心ニンマリしつつ、なんでもないふうを装う。
「もう一度欲しい。突然で分からなかった」
「……そう来たか」
私からキスするなんて、初めてかもしんないから、もっと狼狽えると思ったんだけどな。
まぁ、仕掛けたのはこっちだから、いいでしょう。
私はヨナの肩に手を置くと、もう一度、つま先で立つ。
「んっ」
触れて終わりにするはずだった口づけは、ヨナの方からホールドされて、離れなかった。
「んっ、ふ……ぅ」
角度を変え、何度も唇を触れ合わせてくるヨナに、私もそのまま体を預けた。
「リリアン。このままベッドに――――」
「今日は仕事を途中で抜けて来たんでしょ? はいはい、出勤、出勤」
不埒な誘いをきっぱりとはね付けて、私はするりとヨナの腕から抜け出した。
「今日も美味しいおつまみ作って待ってるから、お仕事頑張ってね」
「……行ってくる」
少し憮然とした様子だったけれど、それでも強情な抵抗もなく職場へ戻るヨナを見送る。
「よっし、今日も頑張りますか」
領地で結婚式の準備を頑張っているお母様に手紙を書いて、部屋の掃除をして、夕食の準備をして……まだまだやることはある。
窓の外に広がる青空。塔に軟禁された状態じゃなくて、塔の障壁に守られてる状態と考えるようになったのはいつからか。
面倒で厄介な人に求婚され、山や谷の少ない平穏な人生からは遠ざかってしまったけれど、それでも塔の中では安全だと思うことができる。これもまた、一つの平穏には違いない。ヨナのコミュニケーション能力の伸びしろはまだまだある。私への興味がまだ残っているらしい筆頭様のことも気になるっちゃ気になるけれど。
(ま、なるようになる!)
ぐっと伸びをした私の中で、前世の橘華が「なるようにしかならないわね」と笑い交じりに同意をくれた気がした。
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