緑担う姫と砂漠の真相

長野 雪

文字の大きさ
11 / 14
悪ガキと噂と植物人間

-2-

しおりを挟む
「おい、起きろ」

 どこか遠くで、ぶっきらぼうな声が聞こえた。男の人のものだ。私の寝室近くでこんな声が聞こえるなんて珍しい。そう思いながら、もぞもぞと体勢を変える。

「……ネリス?」

 名前を呼ばれた気がするけれど、眠気には勝てない。ぼんやりとした意識の海の中で、とりとめないことばかり考える。
 そもそも、ネリス、なんて名前を呼ぶのは誰なんだろう。いつも起こしてくれる侍女頭のエレンはネリー様って呼んでくれるし、まさかお兄様は私のことなんて起こしに来るわけないし。

「起きろ。まったく、随分と寝汚いぎたない……」

 随分な言われようだけど、本当に誰だろう。
 薄目を開けて、その声の主を確認した途端、昨日一昨日の記憶が一気に自己主張を始めた。

「……どうして」
「聞きたいことがある。扉の外で待っててやるからすぐに着替えろ。時間が経ったら遠慮なく入るからな」

 言いたいことだけまくしたてると、声の主――ヴァルはさっさと部屋を出て行った。
 何が何やら訳が分からないまま、机の上に畳まれた服を手に取る。モーリィが用意してくれたらしい服は、昨日着たものと似た感じだった。これならば一人でも着られるだろう。着替え途中で入られてはたまらないから、慌てて広げると、小さな封筒が舞い落ちた。とにかく着替えを済ませてから、その封筒を拾い上げる。封筒の表には「ネリス様へ」とお世辞にもきれいではない文字が書かれていた。裏を確認すれば、同じ筆致でシオンの名前が書かれている。少し逡巡して、昨晩の件なら、ヴァルに見られると面倒だと、腰に巻いた帯の中に封筒ごと突っ込んだ。

「まだか?」

 扉の向こうから響く不機嫌な声に、私は「もう出るわ」と返事をした。布でできたぺたんこの靴を履き、急いで扉を開けると、ものすごく不機嫌な顔をしたヴァルが立っていた。

「いったい何なの? わざわざ起こしに来るなんて……」
「ちょっとした問題が起きた。行くぞ」

 有無を言わせぬ雰囲気に、私は寝起きでうまく思考が働かないままの状態で、大人しくついていく。もしかしたら、それもヴァルの狙いだったのかもしれない、と後で思った。

「ねぇ、どこに向かっているの?」
「西の三階だ」

 ヴァルの答えに、彼の言う「ちょっとした問題」が何なのか、予想がついた。でも、シラを切るためには、もう少し話を続けた方がいいかもしれない。

「何のために?」
「……行ってみれば分かる」

 取り付く島もないとはこのことだ。十中八九、枯れかけていた蔦が青々と茂っていることに関してだろうけど。
 無言で歩きながら、私はそっと腰に手をやった。ほとんど痛みはない。いつまでも怪我人ではいられないと、昨晩、しっかり治しておいて正解だった。

「入れ」

 予想通り、一番奥の部屋へ到着したヴァルは、私に扉を開けるように促す。

「うわぁ……」

 私は感嘆の声を洩らした。演技ではない。陽のある時間に改めて見る鮮やかな緑に、自然と声が出てしまったのだ。
 演技はこれからだ。とりあえずヴァルの方を振り向いて先手を打ってみることにする。

「これはどうしたの? 水をたくさんあげたの?」
「いや、何もしていない。――――お前も・・・何もしていないんだな?」
「何言ってるの? そんなことできるわけがないじゃない。……でも、昨日話していたのは、これだったのね」
「昨日?」
「シオンが落ちた理由よ。緑色に光っていたから、屋上から下りて覗こうとして、あの状況になってしまったそうよ」

 そのシオンからの手紙の内容が気になるけれど、私は「久しぶりの緑ね」と無邪気に葉を撫でておく。

「昨日の……そういえば、もう痛まないのか?」
「ここまで歩かせておいて、それを言うの?」

 半ば本気で呆れながら、私はヴァルを背に窓辺へ近づく。別に何かを考えてのことではないけれど、外の風景の中に不思議なものを見つけた。

「あれは何? 煙突?」

 東の棟の屋上に、小さく突出している何かが見えた。煙突にしては随分と細いようにも見える。

「あぁ、あれか……」

 ヴァルは何故か皮肉な笑いを浮かべた。

「そうだな。こういう過酷な場所には欠かせない、生贄を捧げる場所さ」

 物騒な単語に、私がその真意を問おうとしたとき、遠慮がちなノックの音が響いた。

「ヴァル様、ここにいらっしゃいますか?」

 聞き覚えのある髭の――ロングウェイの声だ。

「ジィグ殿が参っております。第三広間でお待たせしていますが、いかがいたしますか?」
「分かった。すぐに行く。――――と、オレは行かなきゃなんねぇが、本当にお前は何も知らないんだな?」

 まだ勘ぐってくるヴァルの言葉に、私はこくりと頷いた。ヴァルの目が「そういうことにしといてやる」と語っているようで怖い。考え過ぎかもしれないけれど。

「……行っちゃった」

 どうやら、この部屋では色々な邪魔が入るらしい。以前にここへ来たときも、ロングウェイが呼びに来たし、もしかしたら意図的なのかもしれない。あまりここに入り浸らないように、ロングウェイも心配しているのだろう。
 せっかく一人になったので、私は腰帯から封筒を取り出して読むことにした。おそらくモーリィの仕事を手伝うふりをして、シオンがわざわざ手紙を書いて寄越したのだ。よほど伝えたいことがあるに違いない。


――――いきなりの手紙でごめんなさい。ぼくはネリス様の噂を聞いたことがあります。そのとき、ぼくは、なんて馬鹿な噂だろうと思いました。けど、昨日の夜、もしかしたらと思いました。
 もしかしたら、ネリス様なら何とかしてくれるかもしれないので、打ち明けることにします。これは、ザイルやヨークにも話していないことです。
 昨日、王妃様の話題が出ましたよね。実は、王妃様が王様に抱き上げられて、王様の部屋から出てくるのを見たんです。ぼくの兄が。兄はこっそりぼくに打ち明けてくれました。それで、このことを話していいのかわからないですけど、ぼくの推測を離します。全然間違っていたらごめんなさい。
 今、ぼくたちは屋上でよく遊んでます。ネリス様のいる東棟からは見えないと思いますが、東棟の屋上には煙突みたいなのがあります。でも、煙が出るわけじゃないし、煙突の内側はつるんとしてて擦ると鏡みたいにキラキラ光るんです。何のためのものなのか、全然分かりません。でも、王様の部屋の近くにあるものなので、もしかしたら、何か特別なものなのかもしれなくて。
 王妃様が倒れたのは、本当は西棟じゃなくて王様の部屋で、王様の部屋の近くにある謎の煙突。この2つが関係あるかも、なんて考え過ぎかもしれないけど、ひょっとすると、って思ってネリス様にお知らせしようと思いました。
 とりとめのない話でごめんなさい。でも、兄が見てしまったことを罰せられてしまいたくないので、ザイルとヨークにも内緒にしておいてください。お願いします。


 子どもらしい、まとまりのない手紙を読み終わった私は、長い長いため息をついた。

(シオン……マジ天使!)

 情報源がキャズだけ、しかも一日の大半を苦しみに喘いで会話もままならない状態……なんてことになっているので、シオンのこの情報は本当にありがたい。これは重要なヒントだ。

(ただ、問題は、どれが王の部屋か分からないってことよね)

 幸いなことに、ヴァルは「この部屋を出るな」なんてことは言ってない。それなら、自由に動いたって咎められる筋合いはない! ……まぁ、怒られそうだけど。
 とりあえず、「煙突」のある東棟に向かってみようと歩き出した。誰かに遭遇しても怪しまれないように、堂々と歩く。

「おや、ネリス様。どちらへ?」

 間の悪いことに、髭の老人に声を掛けられてしまった。

「あら、えぇと、ロングウェイさん? 部屋に戻って休もうと思っていたのですけれど……何か?」

 初対面の悪印象が抜けずに、つい声に棘を含ませてしまう。東棟に向かっているのは間違いないのだから、この対応でいいはず……なんだけど。

「そうでしたか。しかし、お食事はいかがいたしますか?」
「そうね、部屋で頂いてもいいかしら?」
「はい、では、そのように。……先程は邪魔をして申し訳ありませんでした」
「いえ、いいの。ありがとう。無理を言ってごめんなさいね」

 問題もなくロングウェイと別れてから数歩、私はその場に崩れ落ちそうになった。

(邪魔を……邪魔を……って!)

 もしかして、二人きりでいるのを邪魔したことで、不機嫌になってると思われた? そう思われたの!?

(そんな仲じゃないのに……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

今度は悪意から逃げますね!

れもんぴーる
ファンタジー
国中に発生する大災害。魔法師アリスは、魔術師イリークとともに救助、復興の為に飛び回る。 隣国の教会使節団の協力もあり、徐々に災害は落ち着いていったが・・・ しかしその災害は人的に引き起こされたものだと分かり、イリークやアリス達が捕らえられ、無罪を訴えても家族までもが信じてくれず、断罪されてしまう。 長期にわたり牢につながれ、命を奪われたアリス・・・気が付くと5歳に戻っていた。 今度は陥れられないように力をつけなくちゃ!そして自分を嵌めた人間たちや家族から逃げ、イリークを助けなければ! 冤罪をかけられないよう立ち回り、災害から国民を守るために奮闘するアリスのお話。え?頑張りすぎてチートな力が? *ご都合的なところもありますが、楽しんでいただけると嬉しいです。 *話の流れで少しですが残酷なシーンがあります。詳しい描写は控えておりますが、苦手な方は数段飛ばし読みしてください。お願いします。

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

処理中です...