緑担う姫と砂漠の真相

長野 雪

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悪ガキと噂と植物人間

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「こっちにいたのか」

 ヴァルが部屋に入って来たのは、ちょうどモーリィがお皿を下げに来たタイミングだった。ちなみに、一人で探索しても、どれが王の部屋か判断することはできなかった。

「ごめんなさい。向こうで待っているべきかとも思ったんだけど」

 念のために殊勝な態度を見せたけれど「まぁ、いい」とあっさりスルーされる。

「貴方はもう食事は済ませたの?」
「あぁ」

 気を利かせたモーリィがそそくさと退室すると、ヴァルは厳しい目を私に向けた。

「今日はもう見たいものはないか? 二日目にして行き詰ったなら、それはそれで――――」
「案内して欲しい部屋があるの。いいかしら?」
「昨日みたいに、いきなり走り出したりしなけりゃな。……で、どこだ?」
「――――王様の部屋」

 これ以上ないくらい簡潔に答えたのに、ヴァルは考え込む様子を見せた。

「別に問題ないが。何か関係があるのか?」
「えぇ、少し耳を貸して?」

 他に誰もいない部屋だけれど、万が一誰かに聞かれていたら、と思うと不安で、そんな提案をする。シオンの手紙を見て、もしかしたら、と思うことがあるのだ。王城や貴族の邸なんかにつきものだけれど、バリステでもそうなのかは分からない。
 素直に私の前で身を屈めてくれたヴァルの耳に、そっと唇を寄せる。

「王様の部屋から行ける別の場所に行きたいの」

 隠し部屋か隠し通路かは分からない。けれど、それが煙突に繋がるんじゃないかと思ったのだ。
 信じられないという顔で私を見るヴァルは「どこで、知った?」と呟くように尋ねてきた。シオンとの約束もあるし、半分以上は勘だとも言えずに、私は曖昧に微笑むに留める。

「……ついて来い」

 私が理由を語らないことが分かったのか、ヴァルは顎をしゃくって前に歩き出した。

――――実に間抜けな話だけれど、私がいる部屋の二つ隣が王の部屋、王の私室だった。と言っても、遷都した後には立て付けの家具とガラクタが残るだけだ。

「それで、どこなの?」
「……もう一度聞くが、どこで知った? 誰から聞いた?」

 さすがに言わないのはまずいのだろう。まぁ、こういうものは国家機密だろうから、情報の出所はきちんと明かした方がいいのは分かるんだけど。

「分かった。言うわ。言えばいいんでしょう? でも、怒らないでね」

 うまくシオンの手紙のことを隠して理由を告げられればいいんだけど……と、こういうのが得意な兄を思う。

(どうか、兄様のようにスラスラと口から出まかせが言えますように……!)
「実はね、シオン・ザイル・ヨークの三人組がいるじゃない?」
「あぁ、あいつらな」

 できるだけ明るく切り出したというのに、ヴァルの顔は真剣なままだ。ちょっと怯みそうになる自分を何とか鼓舞して続けた。

「そう、お詫びに何かしたいって言ってきたから、ベッドから動けない間、お話相手になってねって言ったの」
「……」
「いや、ほらね。あのくらいの年齢の子に何ができるか分からなかったし……」
「オレは何も言ってないぞ」
(それなら、どうしてそんなに不機嫌な目で睨むのよ!)

 心の中で悪態をつきながら、それでもめげずに私は口を開いた。

「そう。それでね。三人がどうしてあんなことをしたかって話を聞いて」
「それならオレも聞いた。それで?」

 無慈悲に続きを促される。まるで考える暇を与えないようにしているともとれる行動に、焦りで冷や汗が滲む。

「えぇ、それで、最近は屋上で遊ぶのが多い理由があるって。ほら、今回のことも、屋上から緑を見たっていうことでしょ? この東棟の上に煙突があって、でも内側がキラキラしてるって。それで、ザイルかヨークかは忘れたけど、親からこの城には秘密の部屋があるとかいう噂を聞いたことがあったらしくて」
「それで?」

 うぅ、まだ表情が厳しい。これは怒られるパターンよね。

「その、それで、煙突の下は王様の部屋あたりだから、本当に何かあるのかもね、って。それで、その……カマをかけてみて、さっきも煙突のことを聞いたら、何かあるような口振りだったし」

 つい、小さな声で「ごめんなさい」と付け加えてしまった。だって、顔が怖かったし。

「……ちっ、まぁ、ひっかかったオレもオレだけどな」

 ヴァルは残されていた寝台に、乱暴に腰を下ろした。それは、秘密の部屋に案内するつもりがないってことなんだろうか。

「あの、それで、その秘密の――――」

 カタカタカタカタカタカタ……

 何かが回る音に、私は口をつぐんだ。音のする方へと目をむければ、その正体はすぐにわかった。建てつけだと思っていた書棚が、カタカタと歯車を嚙合わせるような音を立てながら動いていた。書棚があった場所は、ぽっかりと空洞が広がっていた。

「思えば道楽な先祖だぜ。わざわざ自分の城にこんな仕掛けを作るなんてな」

 そう言うと私の手をぐいっと引っ張り、暗い中へと入っていく。すると、私の背後から再びカタカタと音が響いた。
 たった一つの入口が閉まってしまえば、ヴァルの顔すらも分からないほど真っ暗になる。

「慣れてくれば見える」

 私の不安が伝わったのだろうか。ヴァルの言葉に、二度、三度と瞬きをしてみれば、確かにうっすらと明かりがみえた。まるで星が夜空に瞬くように、暗い中に小さな光源がたくさんあるようだった。光を放つ種類の苔か、燐か、いったいどういった仕組みなんだろう。

「そろそろ見えるようになったか? 下りるぞ」

 この通路に慣れているのか、ヴァルは私の手を引いて、螺旋階段を下り始めた。せめて階段を踏み外すこのないように、私は必死でついていく。

『足りない……、これでは……ない』

 耳に届いたのは、助けを求める植物たちと似た『声』だった。

『もっと……を。でなければ……』

 下りていくにつれて、その『声』は大きくなっていく。

(なんだろう。植物とは違う声のような気がする)

 助けを求めているような内容。そして、他の人には聞こえない声。植物と何ら変わらないと思いながらも、違和感が残る。

「どうした?」
「何でもないわ」

 気遣ってくれているのだろうけれど、まさかそのまま伝えることなんてできないし、そう返事をするしかなかった。
 慎重に階段を下りていった先は、不思議な部屋が広がっていた。

「ここがその秘密の部屋ってやつだ」

 それほど広くはない空間、その中央に鈍く光る水晶玉が鎮座していた。

『もっと……を……』

 ずっと聞こえている弱々しく掠れた声。それはこの水晶玉が発しているようだった。

「これは……?」

 私はおそるおそる水晶が置かれた台座に近づき、手を伸ばした。

「触るなっ!」

 突然、強い力で引っ張られ、私はヴァルの胸板に頭をぶつける。いきなり怒鳴られたせいで、心臓がばくばくと早鐘を打っていた。

「な、なに?」
「それに触ったら、植物人間になるぞ」
「しょくぶつ……? どうして、そんな……?」

 植物人間と言われて思い出すのは、キャズに包まれていたヴァルの母親だ。

「そのままの意味だ。親父が話してくれた。オレの母親がああなったのは、そこの玉っころのせいだってな」
「ちょっと! それをどうして教えてくれなかったの?」

 振り向いて、思わず胸倉を掴んでしまった。どう考えても重要なことを教えないとか、解決するつもりがあるのか。

「どうして教える必要があるんだ? お前を割に合わない人質交換で要求したのは、侵食し続ける砂漠を防ぐのに使えると思ったからだ。それとここに何の関係がある? お前は自分の立場を理解してねぇのか?」

 畳みかけるように言われ、さすがにムッとなる。でも、どう言い返せばいいのか、言葉が出てこない。

「不可思議な力があると聞いていたが、実際にはとんだ箱入りだったってだけだろうが」
「何よ、そんなのに頼る方が―――」
『力? 力を持っているのか? ならば……を。足りないのだ……わけて――――』

 言い返すのをやめて、耳を澄ます。さっきから、タイミングが悪いのか肝心な部分が聞こえない。

「なんだ?」
「静かにして。何か聞こえない?」

 そう言いながらも、ヴァルに聞こえないのは分かっている。ただ、私が聞き取るために静かにしてほしいだけ。

『……光……』

 光?
 再び水晶をじっくり見ると、その真上から、垂直に淡く光の筋が見えた。

「まさか、この光が煙突の正体なの?」

 ヴァルを振り返ると、彼が頷くのが見えた。
 光を望む水晶玉。東棟にだけある煙突。内側はキラキラしてる。汚れ。光。昼と夜中の大丈夫な僅かな時間。
 断片をまとめてできた図式を、頭の中でもう一度考え直してから、私は「うん」と呟いた。

「思いついたことがあるんだけど、協力してくれないかしら?」
「思いついたことだと? あ、おい!」

 ヴァルが制止するのも構わず、私は服の裾をたくしあげて膝の上あたりできゅっと縛った。そして、水晶玉が鎮座している台座に足をかける。

「おい! 万が一にでも水晶玉に触れたら……ってぇか、上に登ると見えるぞ、中が」

 後半のセリフに、私は慌てて手をお尻のあたりに添えた。

「見える、じゃなくて、見ないでよ!」
「いつバランス崩すかも分からねぇのに、見ないわけにもいかないだろうが」

 言っていることはまともなのに、にやにや笑っているものだから、下心が満載だ。だけど、今更止めるつもりはない。ヴァルを一睨みしてから、私は台座に手をかけた。

「ん……っと」
「おい、見えるって言ってるだろうが」
「こんな薄暗い中、よほど集中してないと見えないわよ!」

 半分以上、自棄になって言い捨てた私は、台座の上に立って煙突の内側に手を伸ばす。うぅ、もう少し背があればいいのに。爪先で立ってようやく指の先が届いた。つるりとした感触を確かめてから指を見ると、指の先は白っぽく汚れていて、煙突の内側には私がなぞった部分だけ輝きを取り戻していた。

「中はこんなに汚れてるのに、ここの水晶玉はきれいなままよね?」

 不思議なこともあるものだ、と呟いた私の視界が二重にぶれた。

「あれ?」

 いつの間にか、身体が斜めになっていたみたいだ。でも、どうして――――?

「くそっ、何やってる!」

 慌てたヴァルの声が聞こえ、どうやら倒れて落ちた私を、彼が受け止めてくれたようだと分かる。けれど、そのときには私の瞼は重くなってしまっていた。

『これだけじゃ、足りない……もっと……』
「おい! 大丈夫か?」
「うん……なんか……」

 耳元で私を呼ぶ声は聞こえていたけれど、身体は瞼以上に重くなって、しまいには指一本動かせなくなってしまった。

(どう……して……?)

 自分の身体の異変を不思議に思いながら、とうとう私の意識も沈んでいってしまった。
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