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18.相棒とは
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威嚇のポーズをとったベアは、立ち止まったまま観察しているフィルに対し、先手を打つべきと考えたのか、四つ足で突進してきた。名前の通り、頭に生えた三本の角を突き刺すべくどすどすと足音を殺すこともなく一直線にフィルに向かう。
「……これだから低脳な魔物は。――――身の程を知れ」
四つ足でもなお、その頭の高さはフィルの肩ほどもある。迫り来るその巨躯を目にして、防壁の中のユーリが小さな悲鳴をあげたのが聞こえた。
だがフィルは避けるでもなく、無造作に右腕を持ち上げただけだ。それなのにフィルの右手は的確にベアの喉を掴み、持ち上げていた。ボキリと骨を砕く音が響いた直後、弛緩したベアの巨体が首から徐々に氷に覆われていく。
(角と内臓がいい素材になったはずだし、肉と毛皮も普通に換金できるだろう)
痛めないよう氷で覆ったトライホーンベアを、フィルは街道沿いの木に巻き付いていた丈夫な蔦でぐるぐる巻きにする。それを苦もなく引きずりながらユーリのところに戻ると、真っ青な顔の彼女に迎えられた。
「えっと、フィルさん……傷、そう、怪我はないですか?」
「この程度なら問題ない。徒党を組んでいたわけでもないから」
「やっぱり、その、強いんですね?」
「そうだろうか? 確かに、大侵攻の折りにはあのクラスがごろごろしていたから、対処に慣れたのかもしれないな」
大侵攻の際には、素材のことなど全く配慮する余裕はなくて、ひたすら目につく魔物を効率的に鏖殺していたのだが、血生臭い話をすることもないだろうと、その辺りはぼかす。
「それ、どうするんですか?」
「これか? とりあえず持ち帰ろうと思ってな。角が武具の素材になるし、確か肝が薬の材料になったはずだ。肉と毛皮は普通に売れるから、向こうの街で換金しよう」
「重くないですか?」
「ユーリの華奢な身体に比べたら重いかもしれないが、このぐらいは問題ない」
目をぱちくりさせたユーリが「そうですか」とどこか諦めたようすで返事をするのを、フィルは不思議に思った。どこにそんな表情をさせる要素があったのだろう、と。
ユーリにしてみれば、ヒグマ以上に凶悪そうなベアを片手で難なく屠った挙げ句に、その巨体を軽々と引きずるフィルの身体能力について深く考えるのを諦めたのだが、彼はそんなことに気付きもしない。竜人の膂力が人間には及びもつかないレベルなのは、彼にとっては至って普通の常識なのだ。
片手にユーリのか弱い手、もう片手にトライホーンベアを繋いだ即席ロープという奇妙な状況のまま、フィルは丘を登っていく。すると、その耳に相棒の鳴き声が聞こえた。クァゥ、というその声はユーリの耳にも届いたのだろう、ちらり、とフィルを見た。
「あれが俺の相棒だ。ちゃんと迎えに来てくれたようだな」
「連絡したって言ってましたよ……ね?」
ユーリの言葉が不安げに小さくしぼんでいったのは、フィルの相棒が想定外だったからだ。騎獣と言うと、ユーリの常識では馬かロバ、ラクダあたりを想定する。それで言うと、虎――しかも翼を持っている――は、かなりイレギュラーな部類だった。
「鷲……ではないですよね」
猛禽類の頭部を持つ『相棒』は、ユーリの質問に憤慨するような声を上げた。鳥風情と一緒にするなというもっともな怒りだったが、きっと鷲の方も一緒にされたくはないだろう。
鷲の上半身に獅子の下半身を持つその名前は――――
「種としてはグリフォンになるな。俺の相棒ミイカだ」
「えっと、よろしくお願いします……?」
ユーリが礼儀正しく頭を下げるのに、グリフォン――ミイカは鷹揚に頷いた。
「ミイカ、俺の番のユーリだ。くれぐれも粗相はするなよ」
フィルが首のあたりを軽く叩くと、それに応えるようにミイカが鳴いた。そして主不在の寂寥を埋めるように、ぐいぐいと身体をフィルになすりつける。
その巨体で擦り寄られると、ユーリなどでは軽く弾き飛ばされてしまいそうなのだが、フィルはびくともせず、甘えるミイカに応えていた。
「……これだから低脳な魔物は。――――身の程を知れ」
四つ足でもなお、その頭の高さはフィルの肩ほどもある。迫り来るその巨躯を目にして、防壁の中のユーリが小さな悲鳴をあげたのが聞こえた。
だがフィルは避けるでもなく、無造作に右腕を持ち上げただけだ。それなのにフィルの右手は的確にベアの喉を掴み、持ち上げていた。ボキリと骨を砕く音が響いた直後、弛緩したベアの巨体が首から徐々に氷に覆われていく。
(角と内臓がいい素材になったはずだし、肉と毛皮も普通に換金できるだろう)
痛めないよう氷で覆ったトライホーンベアを、フィルは街道沿いの木に巻き付いていた丈夫な蔦でぐるぐる巻きにする。それを苦もなく引きずりながらユーリのところに戻ると、真っ青な顔の彼女に迎えられた。
「えっと、フィルさん……傷、そう、怪我はないですか?」
「この程度なら問題ない。徒党を組んでいたわけでもないから」
「やっぱり、その、強いんですね?」
「そうだろうか? 確かに、大侵攻の折りにはあのクラスがごろごろしていたから、対処に慣れたのかもしれないな」
大侵攻の際には、素材のことなど全く配慮する余裕はなくて、ひたすら目につく魔物を効率的に鏖殺していたのだが、血生臭い話をすることもないだろうと、その辺りはぼかす。
「それ、どうするんですか?」
「これか? とりあえず持ち帰ろうと思ってな。角が武具の素材になるし、確か肝が薬の材料になったはずだ。肉と毛皮は普通に売れるから、向こうの街で換金しよう」
「重くないですか?」
「ユーリの華奢な身体に比べたら重いかもしれないが、このぐらいは問題ない」
目をぱちくりさせたユーリが「そうですか」とどこか諦めたようすで返事をするのを、フィルは不思議に思った。どこにそんな表情をさせる要素があったのだろう、と。
ユーリにしてみれば、ヒグマ以上に凶悪そうなベアを片手で難なく屠った挙げ句に、その巨体を軽々と引きずるフィルの身体能力について深く考えるのを諦めたのだが、彼はそんなことに気付きもしない。竜人の膂力が人間には及びもつかないレベルなのは、彼にとっては至って普通の常識なのだ。
片手にユーリのか弱い手、もう片手にトライホーンベアを繋いだ即席ロープという奇妙な状況のまま、フィルは丘を登っていく。すると、その耳に相棒の鳴き声が聞こえた。クァゥ、というその声はユーリの耳にも届いたのだろう、ちらり、とフィルを見た。
「あれが俺の相棒だ。ちゃんと迎えに来てくれたようだな」
「連絡したって言ってましたよ……ね?」
ユーリの言葉が不安げに小さくしぼんでいったのは、フィルの相棒が想定外だったからだ。騎獣と言うと、ユーリの常識では馬かロバ、ラクダあたりを想定する。それで言うと、虎――しかも翼を持っている――は、かなりイレギュラーな部類だった。
「鷲……ではないですよね」
猛禽類の頭部を持つ『相棒』は、ユーリの質問に憤慨するような声を上げた。鳥風情と一緒にするなというもっともな怒りだったが、きっと鷲の方も一緒にされたくはないだろう。
鷲の上半身に獅子の下半身を持つその名前は――――
「種としてはグリフォンになるな。俺の相棒ミイカだ」
「えっと、よろしくお願いします……?」
ユーリが礼儀正しく頭を下げるのに、グリフォン――ミイカは鷹揚に頷いた。
「ミイカ、俺の番のユーリだ。くれぐれも粗相はするなよ」
フィルが首のあたりを軽く叩くと、それに応えるようにミイカが鳴いた。そして主不在の寂寥を埋めるように、ぐいぐいと身体をフィルになすりつける。
その巨体で擦り寄られると、ユーリなどでは軽く弾き飛ばされてしまいそうなのだが、フィルはびくともせず、甘えるミイカに応えていた。
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