英雄の番が名乗るまで

長野 雪

文字の大きさ
19 / 67

19.英雄の帰還

しおりを挟む
「早速で悪いが、これも運んでくれ」

 フィルはミイカの足にベアをくくりつける。そして、空いた手でユーリを抱き上げると、ひょい、とミイカの背に飛び乗った。柔らかい革の鞍の上だったが、慌ててユーリはフィルにしがみつく。

「大丈夫だ。ウィングタイガーと一緒だ。鞍の……そう、そこを掴んでくれ」
「……あの、その前に、予告なく抱き上げるのは、できれば避けていただけますか?」
「すまなかった」

 抱き上げると予告すると、拒絶されそうな気がしたから敢えての無言だったのだが、フィルはそんなこともおくびに出さず、素直に謝罪を口にする。

「さて、今日中に着きたいし、少し飛ばすぞ」
「え」
「大丈夫だ、風の膜を張るから、冷えることもない」
「いえ、そういうわけでは……わっ、わわっ」

 主の意を汲んだミイカが羽ばたき、颯爽と上昇する。あっという間に遠ざかる地上に、ユーリの手が強く鞍のグリップを握りしめた。

「大丈夫か? 絶対に落とすことはないから、もう少し力を抜いた方がいい」
「言われて抜けるなら、抜いてます……っ」

 高さにはどうしても慣れないのか、身体を固くするユーリの肩を軽く叩いても、一向に力の抜ける様子はなかった。

「じゃぁ、こうしよう」

 フィルはユーリの腰を掴むと、それまで横乗りになっていた体勢を、自分と向かい合わせになるように座らせる。グリップから離れた手は、フィルがしっかりと握った。

「空を飛んでいることを忘れるぐらいに、楽しくおしゃべりでも」
「……できたら苦労しませんっ」

 頭から否定され、怒られてしまったフィルだが、これからシドレンの王城に向かうことや、城の中庭を母である王妃が綺麗に整備していること、特産の果実の話を一方的にするうちに、ユーリの身体から少しずつ力を抜くことに成功する。
 一方的にフィルが話すだけでは物足りないだろうから、とユーリ自身の話も聞き出すことができ、フィルとしては大満足の空の旅になった。
 ただし、騎獣としてのグリフォンはとても優秀で、このままいつまでもユーリと密着して(※重要)おしゃべりをしていたいというフィルの願いとは裏腹に、あっという間に王城に到着してしまった。せっかくだからもっと遅く飛ぶように言えば良かった、と彼が考えても後の祭りである。まぁ、ずっと離れ離れだった主人に会えて喜びの絶頂だったミイカが、張り切って飛ぶのを止められたかというと、それもおそらく無理だったのだろうが。


・‥…━━━☆


「フィル殿下! よくぞご無事でお戻りに!」

 城の城壁をあっさり飛び越え、騎獣の発着場とされている一角に到着した一行を見て、兵が喜びの声を上げた。シドレンは竜人の国であり、国民のほとんどが竜人であるのだが、兵とフィルでは体格こそほとんど差異がないものの、顔の輪郭は随分と異なっている。不思議なものだが、竜人としての格が高ければ高いほど、顔は人間に近くなるのだそうだ。フィルは「能力が高ければより人に似せて擬態できる」と説明したが、ユーリとしては、そういうものなのか、と鵜呑みにするしかできない。

「陛下と妃殿下が青の間でお待ちになっています。ミイカが飛んで来たことも伝令が飛んでおりますので、すぐにレータ殿下方も向かわれるかと」
「あー……、うん」
「フィルさん?」

 珍しく歯切れの悪いフィルに、隣のユーリが心配そうな視線を向けた。ずっと自信満々に動いているように見えた彼が、ホームであるはずの城に戻った途端にこうなのだ。ユーリでなくとも、心配になるだろう。

「あぁ、大丈夫。心配ない。うん、心配ない。行こうか」

 かえって心配になる『心配ない』を口にして、フィルはユーリの手を引いて城内へと足を進める。一国の城なんて古跡を観光で訪れるときぐらいしか入ることのない一般市民には敷居が高い。けれど、だからといって今更フィルの手を振り払うこともできず、ユーリはこわごわとフィルについていった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...