英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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20.英雄の報告

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「もしかして、緊張してる?」
「緊張してます。だって、床はピカピカだし、柱は重厚だし、通りすがりに頭は下げられるし、……私、平凡な一般市民なのに」
「平凡な一般市民なんかじゃない。ユーリは俺の唯一だから」
「それも、その……本当に実感がなくて、ですね」
「あぁ、大丈夫。気にすることはない。ゆっくり待つ覚悟はできているから」
「すみません」

 ユーリのことを考えれば、何もかもが初めて見るものだらけのはずだ。もっと配慮すべきだろうとは思うが、フィルとしても別の心配に気を取られてしまって、そこまで気を配ることはできなかった。

(まずいな……。やはり母上の怒りはまだ解けていないだろうか)

 城を出て大侵攻の対処に向かう際のやり取りを思い出し、フィルは隣のユーリに知られないようひっそりとため息をつく。

「おぉ、フィル! よく無事で戻って来れたな。大変だったのだろう?」
「レータ兄上。兄上も息災で何より」
「大侵攻のことも詳しく聞きたいが、今はそちらが優先だな」

 レータと呼ばれた竜人は、フィルの半歩後ろで所在なさげに立っているユーリに視線を向けた。

「レータ兄上、彼女は――――」
「あぁ、気にするな。父上と母上が待っているのだ。そちらを優先しなければな。そちらのお嬢さんも、何度も自己紹介するよりは、一度で済ませてあげた方がいいだろうし」
「やはり、待っているのか」
「当たり前だろう?」

 隣で聞いているユーリは、レータの言う「当たり前」を「親なのだから心配で当たり前」と解釈したが、なぜかフィルはがっくりと肩を落とした。そうか、と息を吐くと、先導するレータの後ろをどこかとぼとぼと歩く。

「父上、母上、フィルと途中で合流しました」
「うむ、入れ」

 フィルは繋いだ手からユーリの緊張を感じ取り、そっと親指を動かして手の甲を撫でた。すると、少し強めに手を握られる。

(そうだ。ユーリは今、俺しか頼れる者がいないのだ。ここで弱気になって彼女を不安にさせてどうする!)

 レータの背に続き、勇気を奮い立たせたフィルが部屋に入る。

「わ……ぁ」

 隣から小さな感嘆の声が漏れた。壁や絨毯、丁度品が青系で統一された応接室『青の間』は、フィルにとってはあまりよい思い出がないが、初めて訪れるユーリにとっては、純粋に感動するに十分なのだろう。
 ここは、城の中でも特に厳重に魔術的な防御を施されているので、盗聴などが許されない重要な打ち合わせに使われる部屋だ。……というのは公的な話で、その実、激昂した竜人が少しでも落ち着けるよう青で統一された部屋は、竜人の中でも力の強い王族が多少暴走しても大丈夫なように頑丈に魔術障壁が張られている。そのため、年若い王族にとっては「説教を受ける部屋」という印象の方が強い。フィル自身も、やらかしの後に何度カミナリを落とされたか分からない。もちろん、説教と雷(物理)両方の意味で、だ。

「あぁ、フィル。報告は受けていたが、特に怪我もなく五体満足で戻ったな」
「父上、無事に大侵攻を抑える剣となり、役目を果たして参りました」
「堅苦しい話はいい。まずはそちらに座れ。お前の連れてきたそのお嬢さんもな」

 心配そうにフィルを見上げるユーリにひとつ頷いて見せ、フィルは二人掛けのソファに腰を下ろす。ユーリを自分の膝の上に乗せたい思いはあったが、さすがにそれはまずいだろうと、かろうじて理性が勝利した。

「戦線はどうだった?」
「一言で表せば『混沌』でした。全体の指揮権を握ろうとする者、それに抗う者、好き勝手に魔術を放つ者――種族も様々、国籍も様々では仕方のないことかもしれませんが、個々の能力を把握する指揮官の重要さを嫌というほど思い知らされました」
「あぁ、シュルツのことは聞いている。お前の報告通りなら、早晩潰れるか、首がすげ替えられるだろう」
「シュルツは後方支援しか担っていませんでしたよ。やたらと前線で命令したがっていたのはセヴェルマーツの王弟でしたね。自国の騎士が活躍していることをきっかけにマウントを取りたがっていたのでしょうが、現場からは総スカンでした。しまいには自国の騎士によって退場させられていましたが」
「そう説明できるほど、お前は周囲を観察できる余裕があったのだな。暴れるしか能のなかったお前も、苦難の中にあって成長したようで何よりだ」
「ありがとうございます、父上」

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