英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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26.彼女の世界と彼女の事情

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 ウィルさんにも話したんですが、私が住んでいたのは地球という宇宙に、えーと、真っ暗な空間に浮かぶ惑星の中の小さな島国です。その国だけで人口は1億人、地球全体では70億人ほどが住んでいます。空の高いところから映した映像が公開されていて、地球全体の地図も簡単に手に入ります。

 地図が読めるか、ですか?
 少なくとも私の国では6歳から9年間は子どもに教育を受けさせる義務があって、読み書き計算、地理や歴史、物理法則とかを教えられていました。そこからさらに3年から7年、人によっては9年ぐらい学校に通って、そこからようやく本格的に職に就くような感じでした。

 私ですか?
 4年制の大学、えぇと、22歳まで学校に通って、それから会社――大きな商会のようなものでしょうか、そこでプログラム……うぅ、どう説明すればいいんでしょう。機械、カラクリ? 人間の代わりに複雑な計算をしてくれる道具に対して、処理の手順を組み込んでいた、という説明ぐらいしか思いつかないです。

 人間以外?
 いえ、獣人とか竜人とかはいません。明確な意思の疎通が図れるのは人間だけで、騎獣みたいな、って言っていいのかは分かりませんが、動物という鳥とか四つ足の獣とか魚とか、そういう種類はたくさんいました。

 ここへ来る直前……そうですね、ちゃんと記憶はあります。
 情けない話になってしまうんですけど、ちょうどその日、1年以上付き合っていた彼氏と別れまして。
 ……理由は、その、もっと家庭的な女がいいとかそういう意味の分からないものでした。洗濯は洗濯機に任せればいいし、料理だって簡単なものなら問題ないのに、何を言うのかと思えば、要は簡単な話で、手芸が趣味の新しい女ができたらしいんですよ。そんな浮気男はこっちから願い下げなので、すっぱり別れることにしたんです。
 そうですね、その判断は間違っていないと言っていただけて嬉しいです。
 そのままムシャクシャした気持ちのまま、帰りに本屋に寄って、手芸関係のハウツー……えぇと、初心者向けの指南書を買い漁って、ついでに百均……色々なものが安く揃えられる雑貨屋さんで、手芸道具とか材料を買って、さて帰ろうと思ったら、全く知らない路地に迷い込んでいました。
 そうです。おっしゃる通り、そのときにはもう、こちらの世界に来ていました。幸いにも親切な人に巡り会えたので、その人の助言に従って働き先を探していたところに、フィルさんに出会って、今に至ります。


・‥…━━━☆


「前触れなく迷い込む、という話は本当だったんだ……。僕も彷徨い人についての文献で読んだだけだけど、実際に体験した人から聞くと、信憑性が増すんだね」
「クレット、しばらく口をつぐんでいなさい。――――ユーリさん。突然にそんな目に遭ってさぞや大変な思いをしたでしょう。2、3日ぐらい、ゆっくり休んでおいてもいいのよ?」
「え? とんでもありません! だって、ここまでだってフィルさんにおんぶに抱っこだったんですよ? 少しでも早く働いて、騎獣のレンタル代や、宿代なんかをきっちり返さないと」
「そこはもう奢ったつもりでいると思うけれど、でも、そうね。返済した方が、ユーリの心の負担にならないというなら、わたくしも応援するわ」

 王妃の提案に、ありがとうございます、とユーリは深々と頭を下げた。その様子を見ながら「番なのだから、気にする必要はないのに」とクレットがボヤくのを、王妃が肘で突っついて黙らせる。

「話を聞く限り、あなたが前の世界で学んでいたこと、仕事としていたことを生かせる仕事、というのは、すぐに探すのは難しいわ」
「やっぱり、そうですか……」
「でも、ユーリさんのできる仕事はあるのよ。そのためにクレットをここに座らせているの」

 きょとん、とした様子のユーリが、クレットに視線を移す。
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