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本編
6. 婚約破棄と国外追放、喜んで承りますわ
しおりを挟む「国外追放のために、北部の国境から放り出してやろう! そして、それ以降はこの祝福の大地を穢すことを禁ずる! 残りの人生、安らぎのない大地を彷徨い続けると良いわ!」
「……ふ、ふひひ」
サイバードが頑張って考えた嫌味を続けている間、表情を動かすことの少なかった彼女に、目に見える感情が湧き出している。
(馬鹿王子がやったわ! 最高の展開よーっ!!)
それは、第一王子の婚約破棄という宣言か、国外追放という宣告か、一連の流れが契機となったのか、アイシスの白い肌へ浮かんでいた闇色の首輪がほろほろと崩れていくという変化に関係があるのだろう。
ちなみに、神聖王国の北部には、緩衝地帯を抜けてしまうと魔物蠢く未開の大森林が広がっている。
魔境から供給される魔物が多すぎて、ずっと開拓を進められていないほどであり、北部追放とは死神へ差し出す行為と変わらない。無様な死に様を晒したくなければ、必死で魔物から逃げ続けてみろと言いたいわけである。そして、最後は結局――
「騎士よ、こいつを縛り上げろ!」
「「――ハッ!」」
開いていた拳をギュッと握り締めたサイバードから、捕縛を命じられた騎士二人が礼拝堂へ声を張り上げた。
しかし、勝手に外へ出すなと命令されただけで、縛り上げる縄など用意していないぞと、どうするんだよという困惑を隠したまま踏み出す。
「ふふふ、ぷは、ぷははっあははっ!」
第一王子達が視線を切った数秒ほどの間に、偽物の聖女だと罵られていたアイシスから溢れていた呼気は、全員から明確に笑い声だと認識されるほど大きくなった。
会話が途切れ途切れの鈍間な印象ではあり得なかった、堪えきれないと次から次へ湧き上がる大笑いだ。
「な、なんだっ!? 狂ってしまったかーっ!!」
「悪巧みが露見して、おかしくなったのかもしれませんわ~」
ここまで声を上げて笑う奴だったかとサイバードが驚けば、この様子は気味が悪いとスリンカは少しだけ距離を取った。
その僅か一歩が、盛大に巻き込まれることを避けたのだから、彼女は危機察知能力が高いのか、ただ悪運が強いのか。
「あーはっはっ、お馬鹿殿下の婚約破棄と国外追放、喜んで承りますわ、ぷふふー」
彼女は告げられた罰則を素直に受け入れた。殊勝な返事の言葉とは裏腹に、今まで見たことのない満面の笑みを添えて。
それから、漏れ出る嘲笑を隠すように口元を覆う左手の動きに反して、右手を下げたアイシスが身体を沈み込ませる、次の一歩へ繋げる動作として。
「誰が馬鹿かっ!? 意味もなく笑うなど、きさま――」
サイバードの言葉を待たず、胴体に潜ませ右拳をぎりりと握り締めたアイシスが、空いていた彼我の距離を一瞬で消失させる。
「本当に、愚かな王子に感謝しませんと、――ねっ!」
「ぶべらっ、――が、――ぐげ」
最初は、無礼だ何だと言い掛けていたのか、強襲したアイシスから右ストレートを叩き込まれて漏れた言葉。
続いて、打ち出された勢いそのままに通路部分で弾んで、壁まで勢い良く跳ね激突した衝撃から吐き出した言葉。
「……――ぅ、ぴょーーーっ!!」
最後の鳴き声は、左足が巻き込んでしまった給仕用の台車から身長より高くに舞い上がった、そして、狙い澄ましたかのように綺麗な放物線を描いてしまった砂糖入りガラス瓶が、そんな重たい凶器が第一王子の大切な、男性の大事な、どうしても鍛えられないゴールデンボールに直撃してしまった悲鳴だ。
両足がピーンと固まるほどに悲痛な叫びだった。
「ぶはは、笑えるぅ~」
大きく唇を切り鼻血を噴いた顔面より、震えるほど泣き叫び息子を押さえて転がる様子を見て、こんな奇跡が降り注いだ喜劇は二度と見られないとアリシアが指を指して笑う。もう一方の左手は、ぱしぱしと太股を叩くことに忙しそうだ。
耐えに耐えた屈辱に、あいつとあいつ、あとあいつとあいつも、それから、あいつにあいつ、あいつだってぶん殴ってやりたいわと、この十数年間で憤りを抱き続けてきた彼女の脳裏に、憂さ晴らししたい忌々しい顔面が次々に浮かんでくる。
反抗する気持ちを無理矢理抑え込まれていたのだから、湧き上がるマグマが全てを焼き尽くしてしまいそうだ。
「さぁいこぉ~っ、ですわぁ~!」
ようやく訪れたチャンスだと高ぶる気持ちに身を任せたい自分と、それでも破壊の限りに暴れ回ったとしてどうなるとどこか冷静に事を運ぼうとする自分、声を上げて笑っていると相反する気持ちが入り乱れてくる。
「ふはー!」
第一王子の行方に気を取られて、誰も気付いていない。
だが、息を吐きくるりと回ったアイシスの気持ちを表すように魔力が溢れていく。それは感じ取れるどころの話ではなく、目に映るかの如く渦を巻き始めるほどに濃密だ。
「なっ、なっ、なーーーっ!?」
「「…………」」
激変してしまった鳳凰殿の雰囲気に、スリンカは犠牲者サイバードを見て、加害者アイシスを見て、高価な第一王子の衣装を纏う者が地面を転がるところを確認して、あり得ないと叫び声を響かせた。
威圧しながら近付こうとしていた騎士二人は、女性二人が指し示す先を見て、暴力行為が起きたことを受け止めきれずに、そして、自分の下半身から駆け上がった恐怖という不快感に、無事を確かめるように大事なところへ両手を添えて言葉を失ってしまっている。
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