大陸を散策する聖女と滅ぶ王国~婚約破棄は引き金~

鷲原ほの

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本編

7. 感謝してほしいくらいだわ

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「サ、サイバード様ーーー!」

 悲劇のヒロインの如く駆け寄ろうとしたスリンカだって、震える足を上手く運べていない。へたり込まず一歩、二歩とゆるゆると踏み出すことが精一杯だった。

「ぐ、ぞっ! バイツ、どらべよ!」
「「……――ハ、ハッ!」」

 言葉が濁り聞き取れないサイバードの叫びに、言いたいはずの命令を察した騎士が目一杯に了解と声を張り上げた。
 しかし、縮こまる敗北感を必死に振り払い、加害者となった暴力的な偽聖女へ駆け寄ろうと動き出した瞬間、不可視の衝撃にいとも簡単に弾き飛ばされてしまう。

「うるさいなー、そこを動くな!」
「「なにをっ!? ――グバッ!」」

 振り向いたスリンカからは、怒鳴ったアイシスが左手を掲げた瞬間、金属の騎士鎧を着込んだ大男達が軽々と吹き飛んだように見えたはずだ。
 それは、普通ならあり得ない光景。
 力自慢が二人掛かりで片方ずつ開けていた木製扉が、軋みながら隙間を広げていく音からも、衝撃と攻撃性の高さが伝わってしまう。

「ヒィッ」

 おそらく、純粋な魔力を放出しただけで精鋭達を制圧できてしまう野蛮なアイシスの眼力に、一人だけ近場に残されてしまった彼女は悲鳴を堪えきれなかった。
 きっと、次は我が身なのだと。

「これまでこの大聖堂に監禁されて、どれだけ馬鹿にされて搾取されてきたか、この世界で目覚めてどれほどの怒りを抱いて暮らしてきたか、ずーーーっと反抗も出来ずに大人しくさせられていた分のお返しというわけよ」

 このような状況を生み出したのはお前達だと、腰の引けた相手を一瞥したアイシスが吐き捨てた。

「うふふ、顔を合わせれば次々に侮辱を言い放っていたお馬鹿王子のことを、たったのあれだけで許してあげるっていうんだからさ、ホント私の優しさに感謝してほしいくらいだわ」

 愚図だ、鈍間だと言われていた彼女の面影はどこにもない。怒りを乗せて言いたいことをはっきりと言いまくる様子に、この場の誰も豹変の答えを教えてくれない。
 それでも、何をされても表情を変えることがないなんて、大嘘の話だったと震えているスリンカは理解させられてしまう。
 ほぼ初対面の自分へ顔を向けたまま文句を言わないでほしい。理不尽な言葉を紡ぎながら、ゆっくりと魔力を練り上げていくアイシスが恐ろしくて仕方がない。

「ああ、そうそう……、私は協力しようとも思わないけど、あなたが聖女になりたいのならば、勝手になれば良いと思うわよぉ」

 ゆっくりと下がっていくスリンカを両目でしっかりと捉えて、薄ら笑いのアイシスが何かを確かめるように足元から視線を上げていく。

「ふーん、確かに男が好きそうな体付きだけど……」

 遠慮のない視線に晒されて、胸元を隠すようにスリンカがもう一歩下がる。

「けどねぇ……、ぷふふ、あなた程度の実力で、私の後釜が務まるかは疑問しかないわねー」
「な、にを……? ……――なっ!? ちょっと、ふざけるんじゃないわよ、祭り上げられただけの平民の小娘が――」

 格下だと侮辱していた相手から馬鹿にされたと認識した瞬間に、目を逸らしていたスリンカから怯えが消え去り、平民如きが許されないという自尊心が膨れ上がった。

「ぷぷぷ~」

 しかし、顔を上げて睨み付けようと、平手打ちしてやると動き始めたスリンカの目の前で、眩い光が弾けて広がった。

「なっ!?」

 動きを止めた彼女の前で、瞬時に判別できそうにない複雑に展開された魔法陣に、足下からすいーっとアイシスが飲み込まれていく。
 足裏から太股へ、腰から胸元へ、ゆらゆらと煽るように振る右手の先まで、正しい認識を教え込んでやると意気込んだ相手が消えていく。

「おっと、そうだ、そうだった!」

 首元を通り過ぎようとする魔法陣の動きを胸元まで逆再生させて、アイシスが右手のひらを遊ばせて簡単な魔法を行使する。

「クフフ、――《小さな回復》」

 それは癒やしの使い手が最初に覚えると言われている、初級の回復魔法。
 未だに不格好な姿で転がるだけのサイバードへ、弱々しい光の玉がゆらゆらと届けられる。
 ちなみに、難しい魔法でないという前提だったとしても、数メートル離れた状態での治療行使はそれなり以上にすごい行為である。
 だが、彼女の実力を示すかのように、それを一切感じさせない気楽さだったと資料には残されている。

「あーんなクズ男でも、人殺しになると寝覚めが悪いはずだからねぇ、きっと、……たぶん~」

 どうでも良さそうに喋っているが、さすがに出血死してしまうほど、激しい流血には見えていない。
 本気の全力全開でアイシスが右ストレートを繰り出していれば、サイバードの顔など弾け飛んでいた。それくらいの実力差が存在することは理解できていた。
 弱い相手の防御力に合わせ、すんごい手加減して顔が歪むほどの攻撃力に留めた。歯が折れて抜けない程度に、拳を痛めないことを心掛けた。
 そして、回復魔法を使用してわざわざ怪我の治療まで施してあげたのだ。
 十年という歳月、乙女の貴重な時間を奪い取り、奴隷のように扱き使われた仕返しと考えれば、感涙かんるいしてしまえるほどの優しさだろう。
 きちんと見合った治療魔法を掛けないと歪んだまま固定されてしまいそうなことを理解した上で、簡単な止血くらいの効果しかない初級魔法を選択したのだとしても、きっと、たぶん。
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