大陸を散策する聖女と滅ぶ王国~婚約破棄は引き金~

鷲原ほの

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本編

8. それでは皆様、ごきげんよう~

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「おほほ、それでは皆様、ごきげんよう~」

 魔法陣へまるっと飲み込まれてしまう前に、輝く笑顔を残してアイシスは軽やかな挨拶だけを送り届けた。見下ろされた相手を煽ることが分かっていて。

「クソがッ! おい! あいつを逃がすんじゃないっ!!」
「「――で、ですが!」」

 魔法の効果で傷口が閉じて痛みが和らいだから、声が通るようになったサイバードがさっそくと怒鳴り声を上げた。
 適性のある者なら使えるような初級魔法とは言え、経験値の違う聖女アイシスの《小さな回復》は、目に見える効果を狙い通りに残している。怒声を響かせて大きく口を開けても、赤い水滴が飛び散らないように、意識した通りの修復となっている。
 だが、魔法球で弾かれた衝撃の抜けていない騎士達は、転移陣の発動を見ているだけしか出来なかった。金属鎧の一部は歪み、背中も軋んでは上手く立ち上がれない。
 可能ならば、自分達も魔法の恩恵に与りたいくらいだった。

「言い訳するんじゃない、役立たず共が! あんな奴が高度な魔法を使って遠くまで跳べるはずがないんだ!」
「「確かに!」」
「何かしらのまやかしに違いない! さっさと周囲を捜して、俺様の前に引き摺ってこい! 分かったなーーー!!」
「「ハ、ハイーッ!」」

 悔しそうに拳を石材へ叩き付けるサイバードに、その怒りが向けられては敵わないと騎士達が廊下へ這い出ていく。
 何事だと、扉を動かして一人の少女が消えていくところを目撃していた外側の騎士まで、身体を支えるように踵を返した。その瞬間、第一王子の表情が歪んでしまったのは、揺れた下半身ボールから鈍痛が駆け上がったからか。

「サイバード様、治療魔法をお掛けしますから、動かないで下さいませ~」
「ああ、早くしろ!」

 ようやく駆け寄って来たスリンカに、股間を押さえて身体を横たえたサイバードが急がせる。
 手に伝わる感触から潰れたわけではないと思う。ころころとしているはずだ。
 それでも、王族として子孫を残すための象徴が、駄目になってしまうのではないかと恐怖に怯えてしまう。
 それから数分ほど、治療魔法が効いている光に身体を覆われていた第一王子が息を吹き返す。

「く、っそ、あのクソガキがーーー! 俺様が優しくしていれば付け上がりやがってー!」

 下着に収まるポジションを整えるように小刻みに跳び上がりながら、サイバードがぶり返した怒りを撒き散らした。そして、醜態を晒す原因となったガラス瓶を蹴飛ばして、台無しとなったお砂糖を踏むように開け放ったままの扉へ大股で歩き始める。
 もし、彼女がその場でただ姿を消しているだけだったとしたら、いつお前が優しさを見せたと、ふざけるのも大概にしろよと回復前の状態へ叩き戻されていただろう。後頭部へ飛び蹴りを繰り出していたかもしれない。
 顔を合わせる機会は多くなかったはずなのに、毎度挨拶するかのように侮蔑の言葉を浴びせられていたのだ。アイシスが爆発するまでの導火線は短くなりすぎている。

「王子である俺様を殴りやがったんだ! ガルリゲスに命令して、反逆者として指名手配してやるからなー!」
「ああっ、サイバード様まだです、お待ちになって~」

 下腹部の痛みは完全に引いているが、中途半端に血が止まった鼻にはまだ押し潰されたような歪さが残っている。これは、治療魔法を施していたスリンカが、殴られて腫れる唇などより、自分が頂戴する子種の心配をしていたことが偏りとして現れてしまった状態だ。
 これが聖女アイシスの治癒魔法、それも最高級の《治癒の息吹》であれば、ほんの一瞬にて完了してしまう。
 同じ治療魔法を用いても、瞬きするほどの時間で元通りとなっていただろう。平民如きに数分掛けて敵わないなんてことを、自尊心の高い侯爵令嬢は考えたこともないのだろう。
 ちなみに、人気のなくなった鳳凰殿には、暗くなった頃に修道士が確認しないまま戸締まりしたことで、明日の朝掃除まで白地に目立つ血溜まりが残り続ける。
 静寂を切り裂く悲鳴を響かせた見習い修道女は、人払いされたまま給仕用の台車を片付け忘れていたのだから、きっと自業自得だろう。


   ☆   ☆   ☆


 王宮へ駆け戻ったサイバード王子は、国王の留守を預かる最高権力者、宰相の執務室を真っ先に訪ねた。
 付き従う侯爵令嬢の治療魔法が完遂していないことで、明らかに殴られたと分かる痕跡を残したまま。

「宰相、入るぞ! 今すぐに、聖女だったアイシスを犯罪者として指名手配するんだっ!!」

 突然の入室を渋る騎士と押し問答のあと、許しを得る前にサイバードは用件を言い放った。
 しかし、視察の国王に代わる現状、もっとも情報が集約されるはずの宰相の執務室とは言え、つい先程の事案については報告が回っていない。
 何を言い出したのだという残念な相手を見るように、書類に目を通していた責任者が顔を上げて言葉を選ぶ。

「名前の挙がった聖女アイシスでございましたら、王都大聖堂にて大人しくしておるはずでしょう。何故、そのようなことを言われますのか……?」
「それは違うぞ! 先程、鳳凰殿にて話し掛けてやっている途中で、いきなり狂った様子を見せて俺様を殴り飛ばしやがった。そして、そのまま姿を消してどこかへ逃げ出したのだ。さっさと身柄を拘束するべきだ!」
「はぁ……」
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