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本編
18. そうだった、かもしれぬのぉ……
しおりを挟む首輪の拘束が解かれて自由に振る舞っているのだ、無理を強いることだって簡単なこととは思えない。王子の尊顔を戸惑いなく殴るような、沸点の低い反抗的な状態だろうから。
そして、もし近隣国家が関わっていた場合、ミフィル教の総本山が茶々を入れてくることは明らかだ。犯罪行為は見逃せないと、あらゆる影響力を行使するだろう。
いかに優れた聖女としてアイシスが知られていようとも、拐かして得られる利益とその後に降り掛かる火の粉が釣り合うとは思われなかった。彼等の功績に対する評価が低すぎるから。
「また、日が沈む間近という時間帯であったことから、その日は王都の出入りのみを急ぎ強化させました。平民の定期治療会が終わり、聖女の魔力も尽き欠けているだろうと判断したからです」
「うむ。……その上で、転移魔法なる高等技術を見せておるそうだからな」
街中に隠れている、そう考えることはおかしくないだろうとサイアントも頷いた。
空間を跳ぶような魔法は、どれだけ短距離であろうと必要な魔力量が膨大なことは知識としてある。当日及び、数日くらいならそのように動くことも理解できる。
ちなみに、この辺りですでに息子サイバードが付いてきていないこと、阿呆な表情で停止していることを視界の中に収めている。
「しかし、翌日教会にて聞き取りを行いましたところ、少々認識を改めなければなりませんでした」
「どういうことだ?」
「聖女の魔力量、その限界が把握されていないことが判明したためです。そもそも、彼女が転移魔法を使用できることすら誰も知りませんでしたから」
「そうか、自由となった身が我々の想像以上であったわけだな」
総魔力量はもちろん、偉大な魔法使いに師事していないにもかかわらず、状況的に初挑戦という段階で難解な魔法陣を展開させてしまったのだ。聖女と評されるだけの資質は、制限された中でも実力を高められるのだと改めるしかない。
「はい、首輪の制約がございますから、神聖魔法以外の使用を制限していたことも、後手を踏まされた原因と言えます」
「それは、のう……」
自由に使用させるわけにはいかないと、サイアントが渋い顔を見せた。
条件を緩めたことで、攻撃性を持たせた魔法を使用されては敵わない。治療させることだけを考えれば良いから、鳳凰殿では多くの王侯貴族が護衛から離れている。
尊き血のみが許される神聖な場所へ、信頼していたとしても一般人を踏み込ませるべきではないという、権力者の勝手な言い分が罷り通った結果だ。
そんな場所だから完全に丸腰となり、全体的に油断が生じているタイミングがあるのだ。僅かな悪意が致命傷となりかねない。
「長年仕えている修道女によると、先代の聖女を務められた正妃様は、その日に二度の治療会が終わったタイミングで、それぞれ二時間から三時間ほど休息を必要とされていたそうです」
「うーむ、そうだったか? そうだった、かもしれぬのぉ……」
顎を摩って王位を引き継ぐ前のことを思い出そうとして、そこまで少なかったかと上手く頭から引き出せない。
そもそも、わざわざ予定を確かめて会いに行くほど興味を持たなかったのだ、詳細を覚えているはずもない。
「そう思い返してみると恐ろしいことですが、聖女アイシスの一日に十五回までという治療会の制限は、どうも彼女の限界から決まったことではないようなのです。時折疲れた様子を見せていたことすら、演技だった可能性があるやもしれませぬ」
「そこまで計算できるとも思えぬが……、しかし、もしそうだとすれば王都からすでに逃げ出している可能性が高いというわけだな?」
たいした教育を受けていない中途半端な知識で思い付くだろうかと、ガルリゲスも半信半疑ではあった。
魔術書すら読破してしまうほど没頭していたことを知らないから。そして、転生者であることを知らないから、それほど知恵が回る印象は残っていない。
歴代の聖女も夢を見るような鈍い思考の状態で、逃げ出す機会を窺っていた可能性があったのだろうかと驚かされたくらいだ。
「ええ、そう判断しまして、一人きりの聖女が身の安全を確保できる街道沿い、見掛けた行商人辺りの聞き取りや、各街の治安部隊や冒険者ギルドにも情報収集を行うように指示をしております」
城門の出入りを厳しくしたところで、転移魔法で飛び越えられると意味がない。
毎日行使していた魔法は桁違いだった。魔力の回復すら、常識を疑った方が良さそうな相手だと考えを改めないといけない。
捜索の範囲を広げる段階も遅かったかと宰相は執務室で頭を抱えた。
「なにぶん特別な見た目とは言えませぬので、手当たり次第見て回ったとて簡単なことではございませんが、王都を離れたことで警戒を怠っておれば何かしら掴めるのではないかと考えております」
行方不明を公表していない以上、治癒魔法などを使用した形跡がないかと捜索範囲を広げているが、関わる人数が限られては発見に繋がると自信を持てていない。
お馬鹿王子を殴り飛ばしてまで逃げ出しているのだ、怪我人くらいなら見捨てられる心理状況かもしれない。聖女という存在が言われているほど、分け隔てなく慈しむ清らかさはないと知っているのだから。
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