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本編
2. 今日も終わりっと
しおりを挟む同じように、踊る光に癒されて切り傷が消えた者、咳き込む不快感から解放された者達が、喜びを感謝に変えていく。
「…………」
しかし、両手を広げたまま身動ぎしない、跪くような信徒達を眺める聖女の瞳に、喜びの感情は浮かんでこない。それ以上に、何かしらの感情に動かされてすらいないと言うべきか。
雪森ありさは、日本のある地方都市に産まれて、二十代半ばに病気を悪くして亡くなった。
彼女が、アイシスという名前で魔法が飛び交い、魔物の脅威に怯える異世界へ転生したのは十七年ほど昔のことになる。
生後半年くらいに、王都にある孤児院にて保護されたが、両親の存在はもちろん、玄関前で泣き声を上げるまでの記録は残されていない。
五歳になったとき、大聖堂で行われる祝祭の儀式で聖女としての素質を認められ、聖女見習いとして直ぐさま教会へ引き取られた。
七歳になったとき、過去最年少で一人前の聖女として認定されて、そのまま王宮へ移動して第一王子の婚約者という役割まで与えられた。
十歳になったとき、いつも通りに寝て起きたら、創世の三女神と交わした会話と、日本にて雪森ありさとして二十五歳まで生きた記憶が浮かんできた。
それから、十七歳になった現在まで、僅かながらの変化も起きぬまま大聖堂という鳥籠に閉じ込められて、同じ日課を繰り返す生活が続いている。
「…………ふぅ」
必要なことをやり終えたと腕の力を抜き、息を吐き出したアイシスから最後の輝きが離れていく。
彼女の日常は、今回のように一般向けの礼拝堂か、奥にある王侯貴族向けの礼拝堂で治癒魔法を使うことばかり。それは、この世界で三百八十日ある一年の間、一日も欠かさずに繰り返されている作業だ。
(今日も終わりっと)
第一王子の婚約者と決まった七歳まで、年に数日ほどの休息が与えられていたことすら朧気である。
ちなみに、聖女に備わるとされる能力が治癒魔法と区別して呼ばれる理由は、神聖魔法に属しており似ている回復魔法や治療魔法のように、固有の名前が付いた魔法が存在していることにある。
要請を受け取ったとき王侯貴族向けの礼拝堂だけで使う《治癒の息吹》は、個人を対象に指名することから効率が良い。身体の部位欠損や手遅れに思える重傷、致死率の高い病すら癒してしまう。
もし彼女が全力で事に当たった場合は、心臓を突き刺されるような致命傷だったとしても、魂魄が身体を離れていなければ治せてしまうほどの効果になるだろう。
この世界で存在しないはずの蘇生魔法に最も近い能力まで、苦行を続けさせられた聖女アイシスはすでに到達しているのである。
「治療を終えた方から、ゆっくりと退出して下さい」
立ち上がり女神像へ順に一礼する者が増えてきたところで、白色の生地に薄い緑色の縁取りの修道服を纏う女性達が出口へ誘導していく。
「…………」
一般向けの定期治療会が組まれた時間が終われば、今のように緩やかな呼吸を繰り返し、消失した魔力の回復に努めている。
または、礼拝堂と礼拝堂の中間地点にある、一部の関係者以外立ち入り禁止の部屋に籠もり、等身大の透き通る女神像へ祈りを捧げて、神聖王国を保護している退魔の結界をもっと強固な恩恵へ高めるために魔力を注いでいる。
雪森ありさの記憶が戻ってからしばらくは、寄贈の図書を読み耽る深窓の令嬢のような時間も確保できていた。終業後の楽しみにしていた、目的のために。
しかし、魔力の総量や変換効率が向上していることを把握されるたび、定期治療会の回数は日に二回から五回、七回、十回と増やされていった。そして、現在では最大十五回まで詰め込まれることがあるほど、大聖堂へ出入りする群衆は途絶えることがない。
他国の事情を慮る必要のないポシャント神聖王国の躍進には、途切れない歴代の聖女という存在は欠かすことが出来ない。そして、現在の治世、栄光は聖女アリシアの存在を抜きにして語ることは出来ない、はずなのだ。
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