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本編
11. 身柄を拘束するべきだ!
しおりを挟むもし、彼女がその場でただ姿を消しているだけだったとしたら、いつお前が優しさを見せたと、ふざけるのも大概にしろよと回復前の状態へ叩き戻されていただろう。後頭部へ飛び蹴りを繰り出していたかもしれない。
顔を合わせる機会は多くなかったはずなのに、毎度挨拶するかのように侮蔑の言葉を浴びせられていたのだ。アイシスが爆発するまでの導火線は短くなりすぎている。
「王子である俺様を殴りやがったんだ! ガルリゲスに命令して、反逆者として指名手配してやるからなー!」
「ああっ、サイバード様まだです、お待ちになって~」
下腹部の痛みは完全に引いているが、中途半端に血が止まった鼻にはまだ押し潰されたような歪さが残っている。これは、治療魔法を施していたスリンカが、殴られて腫れる唇などより、自分が頂戴する子種の心配をしていたことが偏りとして現れた。
これが聖女アイシスの治癒魔法、それも最高級の《治癒の息吹》であれば、ほんの一瞬にて完了してしまう。
同じ治療魔法を用いても、瞬きするほどの時間で元通りとなっていただろう。平民如きに数分掛けて敵わないなんてことを、自尊心の高い侯爵令嬢は考えたこともないはずだ。
ちなみに、人気のなくなった鳳凰殿には、暗くなった頃に修道士が確認しないまま戸締まりしたことで、明日の朝掃除まで白地に目立つ血溜まりが残り続ける。
静寂を切り裂く悲鳴を響かせた見習い修道女は、人払いされたまま給仕用の台車を片付け忘れていたのだから、きっと自業自得だろう。
☆ ☆ ☆
王宮へ駆け戻ったサイバード王子は、国王の留守を預かる最高権力者、宰相の執務室を真っ先に訪ねた。
付き従う侯爵令嬢の治療魔法が完遂していないことで、明らかに殴られたと分かる痕跡を残したまま。
「宰相、入るぞ! 今すぐに、聖女だったアイシスを犯罪者として指名手配するんだっ!!」
突然の入室を渋る騎士と押し問答のあと、許しを得る前にサイバードは用件を言い放った。
しかし、視察の国王に代わる現状、もっとも情報が集約されるはずの宰相の執務室とは言え、つい先程の事案については報告が回っていない。
何を言い出したのだという残念な相手を見るように、書類に目を通していた責任者が顔を上げて言葉を選ぶ。
「名前の挙がった聖女アイシスでございましたら、王都大聖堂にて大人しくしておるはずでしょう。何故、そのようなことを言われますのか……?」
「それは違うぞ! 先程、鳳凰殿にて話し掛けてやっている途中で、いきなり狂った様子を見せて俺様を殴り飛ばしやがった。そして、そのまま姿を消してどこかへ逃げ出したのだ。さっさと身柄を拘束するべきだ!」
「はぁ……」
ポシャント神聖王国の宰相、ガルリゲス・ドン・ゴンタレスは、相変わらず要領を得ないという困り顔を見せる。王子の主張するような出来事は、聖女なら起こり得ないという認識なのだ。
疲れた目を労るように瞼を閉じて首を振り、長くなり目を覆いそうな茶髪を右手で撫で上げる。そして、手にしていた書類を置いたところで、説明を行っていた行政官が視界から外れる。
「それで、大人しいはずの聖女は、何故、そのような暴挙に及んだのでしょうか?」
「そんなことは知らぬ!」
俺様に聞くなと舌打ちしたサイバードが、良いことを思い付いたと笑う。
「とにかく、役割を投げ捨て逃げ出した馬鹿女を捕まえろ! そして、あんな暴力女を、しかも見窄らしい平民を聖女などと祭り上げていたミフィル教の責任を追及するのも良いかもしれんなー!」
「いえ、教会には……」
何もしていない王子がいきなり聖女に殴られたとなれば、そういう噂になれば大なり小なり問題にはなる、かもしれない。
だが、その程度で組織の責任を追及するということにならないことをガルリゲスは分かっている。にやけるサイバードの思惑ほど、優位に事が進むはずもない。
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