12 / 21
本編
12. この場の発言をお許し下さい
しおりを挟む神聖王国の王都大聖堂は、ミフィル教の教会組織にて最大級の規模を誇る。
一般向けと王侯貴族向けの二つの礼拝堂から男女それぞれの修道院、ポーションの製作販売も行う治療院や聖女アイシスの育った孤児院まで多くの施設を抱えている。その敷地面積は大国に相応しい神聖王国の王宮に匹敵するほどで、教会内部における影響力は絶大だ。
しかし、各地で信仰されるミフィル教は、自治領を持つ総本山を頂点にする国家とは異なる組織だ。立派な王都大聖堂とて、各国の王都や大都市に築かれている数ある大聖堂の一つでしかない。
何かあれば王家と王都大聖堂が共倒れするほど結び付きが強かろうと、何代も教皇に選出されるほどの有力者が派遣されていようと、手に負えぬ無茶振りをして教会の本部組織が動くことは歓迎できない。
他国へ知られるほど、歴代最高と噂されるほどの聖女が、我慢できず反抗してしまうほどの愚行。そんな後ろ暗い行動の疑いとなれば、当代の教皇となった強欲爺から面倒なことを押し付けられかねない。
国王の息子であるから、権力者として偉いから思い通りに運ぶはずだと単純なサイバードの意気込みに、宰相が渋い顔を見せたのは彼等にも付け込まれるだけの弱みがあるからだ。
「しかし、小柄な聖女程度の反抗を、護衛の騎士が制圧できなかったのですかな? 今のところ、見当たらぬようですが……?」
王子が無茶な主張を続けないように、ガルリゲスは話を逸らしに掛かった。
実際に、王宮の移動にも付き従うはずの護衛騎士が、執務室の壁際に姿を見せないことは不自然だ。
宰相の疑問を受けて、開いたままの扉から廊下を確認した行政官が、走り寄る者も見当たらないと首を振る。
事の重大さを掴みかねているから、執務室には緊迫した雰囲気は流れないままだ。我が儘王子の戯れ言だと受け取った者もいるくらいに。
「あいつらには、あの暴力女の行方を捜させている。誰もいない鳳凰殿だからと距離を取らせていたのが失敗だったかもしれん」
安全なはずの鳳凰殿にいたのであれば、出入り口を見張らせていても不可解という話ではない。宰相や国王ですら、ゆっくりと祈りを捧げることだってある。
「なるほど」
感心するように頷くガルリゲスが驚かされたことは、王子が自らの行動を顧みるような発言をしたところだろうか。
ふて腐れるように、顔を背けながら言い放ったとしても成長と言えるかもしれない。本当は、あそこの激痛を思い出して、顔をしかめるほどの事情を聞き出されたくなかっただけだとしても。
それでも、ここまで耳を傾けていてもあの聖女が殴り掛かることはないだろうと、何かしらを誤魔化したい失態があったのだろうと宰相は疑いを残している。
「さっさと見付け出すために、手透きの騎士や警備兵を動かしたいと頼んでいるわけだ。野放しにするわけにもいかんと、ガルリゲスだって思うだろう?」
「なるほど、それは確かにそうですな」
あれだけ健気に働いている、否、従順に働かされている聖女がいなくなってしまうことは、宰相にとっても良いことではない。
書類仕事や面倒事が立て込むときなど、彼女の治癒魔法を眠気覚ましや疲労回復として用いているのだから、作業効率が著しく低下して破綻しかねない。
しかし、ガルリゲスの様子には、まだ本当にいなくなっていればという仮定の話をしている雰囲気が残る。普通に考えればいなくなるはずが、逃走できるはずがないという認識から、即座に捜索の指示を出そうという動きを見せない。
「……宰相閣下、オンオント侯爵の娘、スリンカ・オンオントと申します。わたくしにこの場の発言をお許し下さい」
一定の場所から動かなくなったサイバードの影に隠れ、彼に触れ治療魔法の行使を再開していたスリンカが並ぶように前へ出て頭を下げた。
10
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる