婚約破棄を喜ぶ聖女と滅ぶ王国~天下泰平の勘違い~

鷲原ほの

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本編

12. この場の発言をお許し下さい

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 神聖王国の王都大聖堂は、ミフィル教の教会組織にて最大級の規模を誇る。
 一般向けと王侯貴族向けの二つの礼拝堂から男女それぞれの修道院、ポーションの製作販売も行う治療院や聖女アイシスの育った孤児院まで多くの施設を抱えている。その敷地面積は大国に相応しい神聖王国の王宮に匹敵するほどで、教会内部における影響力は絶大だ。
 しかし、各地で信仰されるミフィル教は、自治領を持つ総本山を頂点にする国家とは異なる組織だ。立派な王都大聖堂とて、各国の王都や大都市に築かれている数ある大聖堂の一つでしかない。
 何かあれば王家と王都大聖堂が共倒れするほど結び付きが強かろうと、何代も教皇に選出されるほどの有力者が派遣されていようと、手に負えぬ無茶振りをして教会の本部組織が動くことは歓迎できない。
 他国へ知られるほど、歴代最高と噂されるほどの聖女が、我慢できず反抗してしまうほどの愚行。そんな後ろ暗い行動の疑いとなれば、当代の教皇となった強欲爺から面倒なことを押し付けられかねない。
 国王の息子であるから、権力者として偉いから思い通りに運ぶはずだと単純なサイバードの意気込みに、宰相が渋い顔を見せたのは彼等にも付け込まれるだけの弱みがあるからだ。

「しかし、小柄な聖女程度の反抗を、護衛の騎士が制圧できなかったのですかな? 今のところ、見当たらぬようですが……?」

 王子が無茶な主張を続けないように、ガルリゲスは話を逸らしに掛かった。
 実際に、王宮の移動にも付き従うはずの護衛騎士が、執務室の壁際に姿を見せないことは不自然だ。
 宰相の疑問を受けて、開いたままの扉から廊下を確認した行政官が、走り寄る者も見当たらないと首を振る。
 事の重大さを掴みかねているから、執務室には緊迫した雰囲気は流れないままだ。我が儘王子の戯れ言だと受け取った者もいるくらいに。

「あいつらには、あの暴力女の行方を捜させている。誰もいない鳳凰殿だからと距離を取らせていたのが失敗だったかもしれん」

 安全なはずの鳳凰殿にいたのであれば、出入り口を見張らせていても不可解という話ではない。宰相や国王ですら、ゆっくりと祈りを捧げることだってある。

「なるほど」

 感心するように頷くガルリゲスが驚かされたことは、王子が自らの行動を顧みるような発言をしたところだろうか。
 ふて腐れるように、顔を背けながら言い放ったとしても成長と言えるかもしれない。本当は、あそこの激痛を思い出して、顔をしかめるほどの事情を聞き出されたくなかっただけだとしても。
 それでも、ここまで耳を傾けていてもあの聖女が殴り掛かることはないだろうと、何かしらを誤魔化したい失態があったのだろうと宰相は疑いを残している。

「さっさと見付け出すために、手透きの騎士や警備兵を動かしたいと頼んでいるわけだ。野放しにするわけにもいかんと、ガルリゲスだって思うだろう?」
「なるほど、それは確かにそうですな」

 あれだけ健気に働いている、否、従順に働かされている聖女がいなくなってしまうことは、宰相にとっても良いことではない。
 書類仕事や面倒事が立て込むときなど、彼女の治癒魔法を眠気覚ましや疲労回復として用いているのだから、作業効率が著しく低下して破綻しかねない。
 しかし、ガルリゲスの様子には、まだ本当にいなくなっていればという仮定の話をしている雰囲気が残る。普通に考えればいなくなるはずが、逃走できるはずがないという認識から、即座に捜索の指示を出そうという動きを見せない。

「……宰相閣下、オンオント侯爵の娘、スリンカ・オンオントと申します。わたくしにこの場の発言をお許し下さい」

 一定の場所から動かなくなったサイバードの影に隠れ、彼に触れ治療魔法の行使を再開していたスリンカが並ぶように前へ出て頭を下げた。
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