婚約破棄を喜ぶ聖女と滅ぶ王国~天下泰平の勘違い~

鷲原ほの

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本編

13. 解呪できたということか?

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 通常時であれば、役職無しの侯爵令嬢が軽々しく発言できるような場所ではない。立ち入っていることすら咎められかねない。
 数回挨拶を交わさせてもらった程度の格上相手を前に、失礼があってはいけないと彼女の顔面は強張りまくっている。
 それでも、自分を侮辱した小娘を貶めてやりたいという気持ちが勝った。このまま逃げられるなんて許しがたい。
 ちなみに、彼女が使う回復魔法のせいで、注目を集めるサイバードの頭部がわずかに発光していたことが、多少軽妙な雰囲気にさせている可能性は排除できない。
 頬の痣が薄まっていたのだから、止めろとも言いにくかったわけで。

「ふむ……、オンオント侯爵家の令嬢は、殿下とは同い年だったか?」
「左様にございます」
「同行していて、何かしら変わったところを見たのかね?」

 王子よりは話が通じるかと、発言を許すようにガルリゲスは身体ごと向き直った。

「はい、あの女は狂ったように笑いながら、無防備なサイバード様に暴力を振るったのでございます。顔に怪我を負われ、その、急所を痛打された殿下を侮辱するように高笑いする、彼女の醜い性格は聖女に相応しいものではございませんでした」

 急所を痛打と聞いて、王子の顔が歪んだ。

「そうか」
「確か、そうでした! 大人しくしていたあの女が豹変したところから、聖女の証と言われる、貴重なマジックアイテムであると噂されている、黒色の首飾りが崩れ落ちるような状態になりまして、そこからさらに様子が」
「――は?」
「おかしくなりまして……」
「…………なん、と? そなたは今、聖女の装着していた首飾りが壊れたと申したかっ!?」

 滑らかになっていくスリンカから伝えられた情報に、明らかに余裕の表情が崩れた宰相の眼光が鋭さを増した。

「は、はい~。あの瞬間から、狂ったように魔力を高ぶらせているようにも感じられました。拘束に動いた護衛の騎士達を魔法で攻撃したのち、魔法陣に飲み込まれるようにその場から消えてしまったのです~」

 圧倒的強者から睨まれる形となったスリンカの返答は震え、それでも伝えておきたいことを端的に告げていく。
 彼女がマジックアイテムを使い潰すことで悪巧みを成功させたのだと、スリンカにはあり得ない実力差を埋める方法はそれしか考えられないと押して。聖女が身に付ける闇色の首輪に、そんな便利な効果などないことを知らないから。
 治療を施すくらいの余裕があったこと、会話が成り立っていたことはあえて省き、引きずり下ろすために危険性が増すような情報だけを取り出した。

「魔法を使って姿を消したのだから、このまま逃げられないように指名手配するべきだろう! 俺様を殴ったこと以外に、絶対にやましいことがあったから急いだに違いないっ!!」

 畳み掛けるならここだと、弱り気味だったサイバードの勢いが元に戻った。
 しかし、自らの思考を優先しているガルリゲスには、王子の言葉はあまり届いていない。

「そんなこと、ありえぬ、はずだろう……? 聖女が即座に攻撃魔法を使用したというならば、ただ寿命で壊れたと言うより、解呪できたということか? しかし……、いや、いかに優れた聖女とは言え、アレを嵌められた状態ではさすがに、――……」

 眉間に皺を寄せる宰相から独り言のように呟かれた言葉は、呪いを解くという不穏な単語。
 聖女アイシスが嵌めていた闇色の首輪、その正体は、契約者に従わせるための隷属の首輪だ。聖女という存在を効率良く使うために用いられてきた、神聖王国に都合の良い道具を生み出すためのマジックアイテムだ。
 この世界では、明確に使用が禁止されたマジックアイテムではない。手に負えない犯罪者を大人しくするなど、役立つ場面がないわけではないからだ。危険を伴う場所で使役するときに用いられることは多い。
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