婚約破棄を喜ぶ聖女と滅ぶ王国~天下泰平の勘違い~

鷲原ほの

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本編

15. はー、解放されたー!

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 確かに、大聖堂から出ることの少ない聖女達が、勝手に外出することなど聞いたことがなかった。少しでも神々に触れられる場所で暮らすことを選んでいると、勝手に勘違いされてきただけだとしても。
 首輪を嵌めて逃げ出さないように躾ることが、王族の婚約者という本来の用途であり、王子と聖女の婚約をただただ民衆から歓迎されていた時代の悪巧みだったという事情なのだから。
 ただし、感情の起伏が乏しくなり反抗的な姿勢などを制限されるわけだが、大聖堂の敷地内であれば自由な行動だってできた。いくつか、完全に把握されていない様式が残っているのかもしれない。
 命令される言葉にはぼんやりと従ってしまうが、完全に縛り物言わぬ人形にできるわけでもない。思考能力だって奪われていないし、違う人生を覚えている彼女には、それ故の葛藤や苦痛だってあったのだ。
 今までの聖女より長時間の休息を必要としなくなった聖女アイシスは、日中の時間を奪われても夜中に勉強する時間を生み出せた。与えられた粗末な私室を抜け出していたところで、押し付けられた職務へ間に合えば問題視されなかった。
 枕を濡らす隙間を惜しむように、いつかを信じて可能性を増やしてきた努力が実を結んだのだ。
 最上級の大聖堂という評価には、様々な書物を収めた図書館の存在も寄与している。数々の魔法理論を語った稀少な魔導書だって所蔵されている。預けられた孤児院が読み書きを教えられるだけの余裕があったことは、結果としてアイシスには良い方へ働き、神聖王国には悪い方へ働いたと言える。

「聡明な殿下がすぐに駆け込まれたというのでしたら、時間からして一般向けの祝福後だったと考えられます。そのような状態であるならば、早々に王都から出ていく者を見張らせましょう」

 様々な要素を考慮しながら、聖女アイシスを早急に保護するべきと言い換えた宰相が王都の警備兵へ命令を放つ。
 各方面の閉門時間が迫り、ただでさえ入場審査で忙しいところへ余計な仕事を増やしやがってと、城門の警備兵達は聖女を名指しして愚痴を揃えることになるだろう。

「うむ、見付け次第、俺様直々に罰を与えてやるぞ!」

 己の失態から繋がっていると理解できないサイバードは、駆けていく行政官を嬉しそうに眺め、手枷を嵌められて跪くはずのアイシスの姿を想像して愉悦に浸る。
 季節が移ろう猶予もなく、破滅の未来へ突き進んでいるとも知らずに――


   ☆   ☆   ☆


 与えられた情報から、持ち合わせた知識から宰相ガルリゲスが推測した聖女の行動範囲は、正解から程遠いものだった。
 鳳凰殿でサイバードが股間に這い寄りかねない暗い未来に怯えていた頃、アイシスが出現した場所はすでに自然に囲まれていた。

「転移魔法を見ていた者は……、……うん、どこにもいそうにないわね」

 きょろきょろと彼女が視線を送る先には、王都から王国各地へ整備された大街道。背後である北側には、少しの草地とこんもりとした森林が広がっている。
 知識から得た王都の範囲を超えて、往来の激しい街道筋を外して、無理のない距離を跳んだのである。

「はー、解放されたー! ……まさか、私が異世界に転生して聖女に、そして、王子から婚約破棄を突き付けられる役をする羽目になるなんてねぇ」

 過ぎ去った年月を思い返し、アイシスは大きく背伸びをした。本当に、窮屈な鳥籠から解き放たれたと認識した瞬間だろう。
 わずかに高台となるその場所からは、石畳が吸い込まれていく西大門と王都の外壁も遠くに確認できる。

「しかし、あれだけ大きな街なら、毎日毎日怪我人や病人が大聖堂へ押し寄せるわけね」

 米粒のような群衆や馬車が、日暮れを恐れるように王都へ急いでいる。
 城門の閉まる時間に間に合わなければ、通用口を利用させてもらうため余計な出費まで掛かる。野営するほど余裕のない冒険者だって、周辺の草原や森林を駆け回るような時間は終わっている。
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