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2章 新生活スタート
15 セシルの研究
しおりを挟む「ああ、カンザキくん。よく来てくれたね。」
セシルさんは、呼んでいた書類から顔を上げ、こちらに視線をやった。
マーナを引きずりながら入室して来た俺を視界に捉えると、キョトンとした顔をした。
「え、なにしたの。カンザキくん。」
「諸事情ありまして。」
「…聞かないでおくよ。
さあ、早速で悪いんだけど、移動しようか。研究が煮詰まっていてね。
早く取り掛かりたいんだ。」
セシルさんは魔法で辺りを整頓してから、部屋の隅の魔法陣の前に立った。
「おいで、カンザキくん。この転移の魔法陣から移動できるから。」
俺はマーナを放り、セシルさんに近づこうとした。
その腕をモフモフしたものが絡めとる。
「マーナ?」
「ここまで迎えにくる。何時に来ればいい。」
「マーナガルム様、カンザキくんはログハウスまで送りますからその必要はありませんよ。」
「…ふん」
納得はいっていなさそうだが、
セシルさんの言葉を聞き、尻尾は退けてくれた。
タロが俺を学校に行かせたくなさそうに擦り寄って来たのを思い出し、銀の髪を撫でつけた。
「マーナ、家で待ってて。」
こちらをチラリと一瞥し、
声に出す代わりに尻尾を一振りした。
タロとは違って素直じゃない反応にニヤニヤとしてしまう。
帰ったら骨でもあげてみようか。
またまた仰天しているセシルさんの前に立ち、いきましょうと転移を急かした。
転移だなんて、夢のような話だ。
憧れた魔法の一つが今体験できる。
「聞きたいことは色々あるけど…後でいいか。事前にテストしてもいいかな?」
「テスト?」
「持たざる者の君が、転移魔法に耐えられるかのテスト。」
あ、そうか。
グリフが魔法が効かないとかなんとかいってたっけ。
「君を取り巻く空気ごと転移させる事で、実現できるのではと仮説を立てているんだ。」
「空気ごと?」
「そう。やってみた方が早いかな。」
そう言いながら、セシルさんは白い石をポケットから取り出した。
「これは言わば魔力絶縁体。これには魔法は愚か、魔力でさえも影響しない。」
「へえ」
「こうして跳ね上げて転移すると…」
そう言いながらセシルさんは魔法陣に絶縁体を放り込む。
絶縁体が魔法陣のある地面に触れる直前、忽然と形を失った。
セシルさんに肩を叩かれ、机を見てみると、白い石が無造作に投げ出されていた。
「成功だね。」
悪戯っぽく笑い、俺に声をかける。
「じゃあ、僕が合図したらジャンプして魔法陣の方に飛び込んでおいで。
大丈夫。失敗しても四肢がバラける事はないから。」
(え、怖い怖い)
セシルさんは不穏な言葉を残して、魔法陣の真ん中に立つ。
「いくよ。…今だ!」
(え、合図のタイミング早くない?!)
ちょっと慌てつつも、魔法陣目掛けてジャンプした。
両足が宙に浮き、地面の魔法陣を見渡すことが出来た。
ー あれ、なんかこれ前にも似たような感覚を覚えた気が…
怪訝に思っていると、景色が変わった。
「ようこそ。私の研究室へ。」
「おお…」
あたりには魔法陣や鉄鍋、試験管と言った如何にも研究しています、といった風なグッズが並んでいる。
校長先生の研究室なんて、かなりレアなのではないだろうか。
ちょっと感慨深くなった。
「さて、まずは助手の仕事について説明していくね。」
「記憶がないので、どこまで役立てるか分かりませんが…」
「大丈夫、記憶は必要ないよ。私が借りたいのは君のその体質だからね。」
「体質?」
「そう。その魔力絶縁体ともいえる体質だよ。」
確かに、思い返すと魔法が効かないって何回か言われた気がするな。
もしかしたら、俺が異世界から来たことも由来しているかもしれない。
というよりそれ以外考えられないだろ。
折角魔法がある世界に来たというのに、自身が魔力がないこと、更には魔力を受け付けない身体であることで些か味気ないスタートを切っている。
昨日の時点で、魔力がないなどと言われ、魔法を使うことについては諦めていた。
ー これを機に魔法が使えるようになったりしないかなあ…
「私で力になれるのなら、喜んで。
具体的に何をすればいいんですか?」
「あ、その椅子に座ってて。
私の編み出した術式が、魔法絶縁体にも効果があるのかどうかの確認をするだけだから。」
セシルさんが指差したのは少し離れた位置にあるフカフカそうな椅子だった。
いや、それよりも、かなり興味を引くワードがあった。
「セシルさん、オリジナル魔法を作ってるんですか?!」
「ふふ、実はそうなんだ。
この学校でも私しか取り組んでいないんだけど、結構色々やってるよ。
例えば、相手の自由を一定時間奪う魔法とか、幻覚を見せる魔法とか…ね。」
(物騒なのしか出てこねえな!!)
セシルさんの穏やかな笑みとは真逆を行く物騒さに、心の中で猛烈にツッコミを入れてしまった。
セシルさん何するつもりなんだ…?
そこで重要かつ知りたくなかった事に気付いてしまう。
「も、もしや…私はこれからそのオリジナル魔法の餌食に…?」
「餌食とは言わないね。私の仮説では、この魔法はカンザキ君には効果なしだ。」
(それは仮説だから!もしかしたら掛かるかもだから!!)
それでも、無銭飲食してしまった罪悪感から、逃げようとは思わなかった。
あの世界で社畜を続けられたのも、
この妙な責任感の賜物だった。
「ハァ…あまり過激なのは遠慮したいです。」
「大丈夫!何かあっても私が回復するから。」
不安になりながらも、椅子に座る。
椅子の座り心地は抜群で、絶世のフカフカ具合だから何もかも許してやろう…。
「じゃあ、掛けていくね…」
*****
1時間半ほどたっただろうか。
何回も魔法をかけられ、その度に纏わり付くような冷気や熱気、痺れを僅かに感じた。
しかし、それらしい効果が現れることはない。
(セシルさんの仮説通りってわけだ。)
セシルさんは魔法をかけている間、ああでもないこうでもないとブツブツ独り言を呟いていた。
鬼気迫る表情に内心引いたのは内緒だよ。
「ふぅ、中級魔法といえど、さすがに1時間かけっぱなしは疲れるな…」
セシルさんは憂いのある表情で、眉間を解していた。
頭が痛いのだろうか?
俺も頭を使いすぎることがある。
そういう時は温かい物や甘い物で回復を図っていた。
「お茶、入れましょうか。」
「あ、ありがとう。そこの棚にハーブティーが入ってるんだ。
入れてもらっても大丈夫かな?、」
ー ハーブティー、ハーブティー…あった。
ガラス戸を開けると、それらしき瓶が見つかる。
動力源が魔力だというコンロを除き、茶器類は元の世界と同じようなものが使われていたから、手早く入れることができた。
未だに眉間のシワが治らないセシルさんに差し出した。
「…大丈夫、じゃないですね?」
「ハハ、ごめんね。いつもはこんな事ないんだけど、あまりに君が規格外だから止まらなくなっちゃった…」
恥ずかしそうな表情を浮かべるセシルさんの眉間に手を伸ばした。
「え?」
「ゆっくり休んだほうが良いですよ、辛そうだ。」
優しく撫で、少し力を入れてゆっくり刺激する。
「へ、あの…?!」
セシルさんは赤面しながらポカンとした顔をしていた。いわゆる放心状態だった。
ー やばい、またやってしまった。
「あ、すみません…つい。
でもホラ、取れましたよ。眉間のシワ。」
「あ、ありがとうございます…?」
パッと手を離し、素早く身を引くと
俺は茶器類の片付けを始めた。
セシルさんも我に帰ったのか、
周辺の片付けを始めた。
部屋を出るまで一度も振り返らなかったためその後どんな顔をしていたかは見ていない。
ちなみに、片付け最中のセシルさんは手を滑らせたり、机の角で小指を打ったりしていた。
…おっちょこちょいなのかな。
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