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泣き虫
しおりを挟む「なあ、そろそろ落ち着いた?」
「うぐっ……はい」
路地裏の隅で座り込んでから数分。
学生くんは未だに鼻をぐずぐず言わせているが、話せるくらいには持ち直したらしい。
「それで、どうしたの?急に泣き出すし、人に突進するほど急いでるし」
「うっ、すいません。俺、必死で……」
学生くんは、三崎 犬と名乗った。
犬と書いてケンか……そう言われてみると、確かに犬っぽいところあるかもしれない。
金色の髪とか、ちょっとタレ目なところとか、ゴールデンレトリバーっぽいかも。
「俺、大学の帰り道で急に穴に落ちたんです。で、気付いたら周りを変なフード被ったおっさんたちがめちゃくちゃ取り囲んでて……」
「うわぁ~そりゃ驚くね」
異次元な大穴に落ちて、起きたらフードの男に取り囲まれてるとか……
改めて考えると、災難すぎて同情するな。
「で、ですよね?!」
「っていうか俺、三崎くんが穴に落ちてくとこ見たよ」
俺がそういうと、三崎くんは仰天して鼻を啜るのをやめた。
「帰り道、すごい叫び声が聞こえたから見てみたら君が落ちてくとこだった。助けようとして、結局俺も落ちたんだけどね」
「俺を、助けようと……?」
「まあ、助けるっていうより警察に通報しようとしただけだけど。ごめんね、大した事出来なくて」
三崎くんの見開かれた目から、またポロリと雫が落ちた。
「俺を、助けようとして巻き込まれちゃったんすか?俺、おれぇ……!!」
また大泣きしそうに顔を歪ませた三崎くんの様子を察知して、俺は頭をポンポンと撫でる。
(今泣かれたら、また帰りが遅くなるからであって、三崎くんが可愛いワンコに見えたわけじゃないぞ!)
「三崎くん、俺は巻き込まれた後、近くの村で暮らしてるんだ。君は今どうしてるの?」
「ぅぐ……あのデッカい城で、暮らしてます」
三崎くんが指差す先を見てみると、あまり意識はしていなかったが、かなり大きい建物がある。
しっかりとした外壁が築かれ、装飾もかなり手が混んでいる。
雰囲気で言うと、スペインにある未完の教会似たような建造物だ。
(ものすごい権力の香りが漂ってくる……)
折角の機会だからと、俺は三崎くんに色々と聞いて見ることにした。
「周りの人から聞いたけど、魔王を倒せって言われてるのか?」
三崎くんは肩をビクつかせて、俺の顔をチラリと見た。
「はい、でも断わりました。俺、ただの一般人なんで」
「そっか、国王は驚いただろうね。異世界の人間なら魔王を倒せる的な認識なんだろ?」
「そうなんすよ。伝承?とか言ってたんですけど、王家だけに伝わる話があるらしくて。大昔、異世界から来た金の髪、黒の目をした人間が突如として現れて、建国の王を導いた?とからしいんっす」
「金の髪、黒の目……?まんま君のことじゃん」
「うっ、本当にそれって偶然なんですよ。この髪もブリーチしてるだけだし!」
三崎くんはうざったそうに髪の毛を摘み上げ、睨みつける。
(あ、やっぱりその髪染めてるのか)
条件が重なって、伝承とやらが再現されたと思われているようだ。
(勘違いされちゃって三崎くんも大変だ。というより、王家だけに受け継がれる話を俺が聞いちゃっても良かったのだろうか……)
「国王は魔王討伐を無理強いしてはこないの?」
「今は何とも言われてないです。でも、今後はどうだか……今は俺以外にも転移者がいるってわかって、ユウさんを探してるんです。そりゃもう必死っすよ」
予想もしてなかった被弾を受け、血の気が引いていく。
(そっか……俺、必死で探されてるのか)
「その隙を見て、今日逃げ出してきたんです。今はバレスさんに追っかけられてるんですけど」
「なるほど、バレスさんそれで店に来なかったのか。三崎くん、本当にありがとう」
「あれ、バレスさんと知り合いなんすか?」
三崎くんが不思議そうに問いかけてくるが、それを遮るように騒がしい足音が聞こえてきた。
もしかすると、近くで騎士団が三崎くんのことを探しているのかもしれない。
三崎くんもそれを察知したようで、声を潜めて話しかけてくる。
「ねぇ、ユウさん。俺のこと、ケンって呼んでください」
「……え?いいけど、どうしたの?」
「俺、ユウさんが助けてくれようとしてたって聞いて、本当に嬉しかったんす」
ケンは俺にガバッと抱きつくと、その勢いのまま、高らかに宣言した。
「今度は俺が、ユウさんのこと守りますから!!」
「えっ?!あ、うん?」
俺は突然のことに、とりあえず頷くことしかできなかった。
ケンは俺が頷いたのを認めると、サッと身体を離し、メイン通りを窺った。
近くには誰も居なかったようだ。
ケンは俺を振り返り、力強い声で俺に話しかけた。
「俺が城で奴らの気を引くんで、ユウさんは普段通り生活しててください」
「え、でもそれだとケンが……」
「俺、すぐ泣くし、あんま頼りにならないかもですけど、頑張ってみます。その代わり……」
ケンは俺の側に屈むと、はにかみながら俺の手を取った。
「たまにこうやって、話してくれると嬉しいっす!」
「ッ!」
「じゃ!また!!」
軽やかに別れの挨拶をすると、身を翻して通りに飛び出していった。
俺は放心状態でその姿を見送る。
(またああやって走るし……)
俺は内心そう愚痴りながら、その場に座り込む。
あんなこと言われたら……
「ちょっと、キュンとしてしまった」
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