麻紀の色々置き場

一ノ瀬麻紀

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ツイノベ

おもちゃの日

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「あーっ!」
突然お風呂場から聞こえてきた叫び声。
何事かと思い慌ててお風呂場へと足を運ぶと、片手に油性マジックを持った息子と、その隣でヘナヘナと座り込む妻(男Ω)の姿があった。
そして妻が指差す先には、文字のような絵のような、見ようによっては大作ともとれるようなものが描かれていた。

「なんでこんなところに油性がジックがぁ……」
がっくりと肩を落とす妻とは反対に、満面の笑みの息子。

「まーまー、じょーず?」
息子がどやーっと言いたげな顔で告げた言葉に、改めてそれを見ると、『ひ』と見えるような気がする。

「なぁ、これ、ひーくんが名前書いたんじゃないか?」
「え?」
俺の言葉にパッと顔を上げると「ほんとだ…」と小さくつぶやく。
最近文字に興味を持ち出した息子のために、いくつか知育玩具を買ってきて遊びに取り入れていたのだ。
おそらく自分の名前の頭文字である「ひ」を、覚えたてで披露したいと思って行動した結果が『お風呂場に油性ペンで名前(の一文字)を書く』という事だったんだと思う。

「紙に自分で初めて書いた時、すっごく褒めたんだよねぇ。…めちゃくちゃ感動したもん」
ニコニコでこちらを見る息子には、褒めて褒めてと振る尻尾が見える気がする。
妻は小さなため息を吐きながら、半泣きのままふにゃりと笑顔を見せた。

「ひーくん、上手だね。……でも、ママは宝物にしたいから、今度はお手紙にしてほしいな」
頭ごなしに怒るのではなく、こうやって相手の立場になって話せる妻を、人として尊敬するし、そんな素敵な相手が伴侶だなんて俺は幸せモノだと思う。

「んー?まま、おてがみ?」
大きく体ごと首をぐーんと傾げる息子。くっ…可愛すぎる。
「そう。パパとママに、お手紙書いてくれる?」
きゅっと息子の手を握るタイミングで、油性マジックを手から取り上げ、そっと隠す。

「おやつ食べてから、一緒に書こうか」
二人手をつなぎ、ニコニコと話しながら隣の部屋へと消えて行った。
そんな二人の後ろ姿を眺めながら、こんなにも平和で優しい時間が流れていることに感謝しつつ、妻との出会いを思い出していた。


俺達が出会ったのは、俺の親が経営しているオメガの保護施設だった。当時俺は、純粋に身寄りのないオメガを家族となる人へ紹介する場所だと思っていた。
…けれど実際には違っていて、もちろん中には家族として受け入れる人もいたけど、大半はオメガを愛人のような扱いにする目的の者が多かった。
いやそれでも、愛人ならまだマシだったのかもしれない。中には、『おもちゃ』同然の扱いの者までいたらしい。

俺の妻は引き取られた後、返品されたオメガだと、施設の奥の一室に閉じ込められていた。何が返品だ。人を人と思わない態度に、自分の親ながら嫌悪感しかなかった。
将来この施設を継ぐのだから隅々まで内情を知っておけと案内された、奥まったその部屋の片隅で、小さく蹲っていた妻を目にしたのが、最初の出会いだった。
身体は痩せ細り、光を失ったような虚ろな目だったのに、俺は釘付けになった。なんとかして助け出したいと、強く願った。

親を説得してやっと引き取ったのは、それから1年後のことだった。
毎日欠かさず会いに行くと同時に、この施設をどうにかしようと必死になって駆けずり回った。
妻が人並みに体重も増え笑顔も見せるようになった頃、クズみたいな俺の両親は交通事故にあってあっけなくこの世を去った。

そこからは、トントン拍子に事が運んだ。
施設を生まれ変わらせ、妻との結婚も叶い、程なくして待望の息子も誕生した。
おもちゃのように扱われた経緯もあってか、ヒートも不順だし、身体もダメージを大きく受けていて、子を授かるのは厳しいかもしれないと言われていたので、本当に嬉しかった。

そんな経緯があるから、こんな小さな事件だって、幸せだと感じることが出来る。

「パパも一緒に書こうよ~~」
「ぱ~ぱ~」
向こうの部屋から、最愛の妻と息子の呼ぶ声が聞こえていた。

「今行くよ」 
今度の誕生日プレゼントは何が良いだろうか。お風呂で遊べるおもちゃも良いかもしれない。怒らないとはいえ、流石に油性マジックはきついからな。
先程の困った顔の妻と、隣でドヤ顔をする息子を思い出し、クスッと笑う。ニヤけた顔のまま、二人の待つ部屋へと向かった。

おわり



✿✿

『おもちゃ』って言うと、腐った脳ではどうしてもねぇ?なかなか思いつかなくて苦労しました。
前半のお風呂場事件は実体験です(^_^;)私が某ノートにハマっている時に、お風呂場のあちこちに次女が油性マジックで『L』と書きまくり、一瞬だけ怒って後は笑って怒れなくなっちゃったのも良い思い出w

わかめちゃんがイラストを描いてくださいました。
めちゃくちゃ可愛いファミリーをありがとうございます♡

わかめちゃんのアルファポリスさんのプロフィールページはこちら↓↓

https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/966087810
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