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ツイノベ
雨の日
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一昨日から降り続いた雨がやっと止んで、一気に広がった青空。そして、空にかかった虹。
雨は嫌いではないけれど、車での移動手段を持たない僕にとっては、雨の日は少し窮屈に感じてしまう。
明日は夫がお休みだから車を出してくれると言っていたけど、明日の朝食分までは今日買ってしまいたい。
なんせ一昨日からの雨続きのせいで、冷蔵庫の中は空っぽだ。
雨上がりの匂いを感じつつ、グーンと大きく伸びをして、歩き出した。
暫く歩くと、結構な広範囲の水たまりが出来ていた。
あれだけ降り続けば、溜まるよなぁ……。
そう思いながら、水たまりの隅っこにしゃがみこんだ。
真っ青な空に掛かった虹が映し出され、風が吹くと水面が揺れる。
「別世界に繋がってそうだなぁ……」
僕は本を読むのが好きだ。毎晩寝る前に読むのが習慣になっている。
最近のお気に入りは、異世界転生とか転移とか。
この僕が別の人生を送るなんてありえないけど、物語の世界の中では、たくさんの人生を楽しみ放題だ。
「僕が異世界に転移するか、逆に転移者が現れるのか、どっちが楽しいかなぁ」
もちろん、道路に出来た水たまりだから、数センチ下はアスファルトだ。
向こうに行けるわけもないし、こっちにもやって来ない。
でも、妄想するだけなら楽しいよね。
んふふと笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
突如、前方からスピードを上げた車が近付いてきた。
一向にスピードは落ちることなく、あっという間に僕の近くまで来ていた。
まずい、このままだと、
頭から水たまりの水をバシャーンとかぶってしまう。
逃げるに逃げ切れないと判断した僕は、壁の方に向かって身を守るように小さくしゃがみこんだ。
けど、全身ずぶ濡れを覚悟した僕に、いつまでたってもその瞬間は訪れなかった。
……え?
おそるおそる顔を上げて周りを見渡すと、目の前にあったはずの壁はなくなっていて、近付いてきていたはずの車はどこにも見当たらなかった。
そして、目の前にあった水たまりの代わりに広がるのは、大きな湖。
「へっ……!?」
現状を理解できなくて、再びキョロキョロと見回した。
住宅街だったはずの場所は、沢山の木々に覆われた森。アスファルトの道路が伸びていたはずの場所は、木々の合間のけもの道。
空を見上げると、雨上がりの虹がかかっていたはずの空は、どんより曇った今にも雨が降り出しそうな空だった。
「……え? ここどこ? なんで?」
突然知らない場所へ放り込まれた僕は、『迷子になったら、そこから動かない』と、夫に言われたことを忠実に守り……というよりも、あまりにも様変わりした風景を目の当たりにし、そこから一歩も動けずにいた、というのが正解かもしれない。
どんどん暗くなっていく空と比例して、僕の心もどんどん暗くなっていく。
ますます心細くなって、今にも落ちそうになっていた涙が、ポロリと流れ落ちた。
僕と共鳴し合うように、空から降ってきた雨も頬を濡らす。
「どうしよう……」
一度降り出した雨は、量を増すばかりでとどまることを知らない。
このままここにいたら、きっと風邪をひいてしまう。
ちょっとだけ、向こうに行ってみようか。
そう思い一歩踏み出すと、全身を濡らしていた雨が、ピタリと止まった。
……あれ?
不思議に思って振り返ると、僕の頭上に傘を指した、金髪の男の人が立っていた。
「だっ……だれっ」
僕を雨から守ろうと傘を差し出してくれたのに、だれ…だなんて、ひどい言い草だ。
それでも僕は、警戒して一歩二歩と後ずさる。
雨に濡れても構わない。このまま走り出そう。
……そう思った瞬間、腕を掴まれた。
「風邪をひいてしまう」
やはり心配してくれているらしい。そう思うと一瞬気が緩み、そのまま引かれた腕に逆らうことも出来ず、胸の中に飛び込む形になってしまった。
「!!」
びっくりして固まってしまった僕のことを、嬉しそうに見てふんわり笑うと、ぎゅっと抱きしめてきた。
夫以外の胸に飛び込んだことなんてなかったし、そのまま抱きしめられることなんてもちろん初めてだ。
突き放そうとして胸に手を置いたけど、その手に力は入らず、弱々しく触るだけになってしまった。
だって、この人から香る匂いが、夫のものとそっくりだったから。
いや、そっくりとかいうレベルじゃない。本人だと断言できるほどだ。
「なん……で?」
顔を上げて抱きしめているその人を見ると、優しく微笑んできた。
さっきは動揺してちゃんと見なかったけど、髪色が違うだけで、顔も夫にそっくりだ。
どういうこと……?
金髪の男の人は一度僕を胸から離し、改めてお姫様抱っこをした。
「もういいだろう? 家に帰ろう」
そう言って頭を撫でてから、ゆっくりと歩き出した。
これも、夫のいつもの仕草と同じだ。
夫にそっくりな男の人に抱えられたまま、大人しく揺られていると、心地よいリズムでどんどん眠くなる。
この人なら、大丈夫だ……。
夢の中に吸い込まれるように、僕の意識はそこで途切れた。
「あっぶないな! あの車!」
僕の意識が戻ってきたのは、珍しく声を荒げる夫の声が聞こえてきたからだ。
あれ? 夫だ。
そっくりさんじゃなくて、本物の夫だ。
不思議に思って、ペタペタと夫を触りまくる。
「ん? どうした?」
僕を庇うように、傘と身体で水しぶきから守ってくれていた夫が、不思議そうに尋ねてきた。
上半身は守れたものの、足元は車の水ハネのせいでビシャビシャだ。
「……本物だ……」
そう確認したあと、安心したら急に笑えてきた。
ああ、きっと僕が見た夢だったんだ。
物語の世界に入りたいと願いすぎて、夢まで見ちゃったんだ。
「でも、なんで水たまりからの転移だったんだろ」
僕の独り言に、夫も訳が分からないというように聞いてきたから、さっきの体験を話してあげたんだ。
体験っていうのも変かな。僕の頭の中だけの大冒険だ。
「じゃあ次は、俺も一緒に転移したいな」
夫は笑うことなく、僕の話を真剣に聞いてくれた。
もしかしたら、短い時間だけど、本当に異世界転移を体験してきたのかもね。
そう考えると、胸が大きく高鳴った。
「今度は、魔法が使える世界が良いな」
僕は目を輝かせて、夫に伝えた。二人での転移なら、きっと楽しいはずだ。
次がいつかだなんてわからないけど、きっと僕は、再び冒険の旅に出ることだろう
(終)
✿✿
プロポーズの日の年の差夫夫。またまた登場。
雨は嫌いではないけれど、車での移動手段を持たない僕にとっては、雨の日は少し窮屈に感じてしまう。
明日は夫がお休みだから車を出してくれると言っていたけど、明日の朝食分までは今日買ってしまいたい。
なんせ一昨日からの雨続きのせいで、冷蔵庫の中は空っぽだ。
雨上がりの匂いを感じつつ、グーンと大きく伸びをして、歩き出した。
暫く歩くと、結構な広範囲の水たまりが出来ていた。
あれだけ降り続けば、溜まるよなぁ……。
そう思いながら、水たまりの隅っこにしゃがみこんだ。
真っ青な空に掛かった虹が映し出され、風が吹くと水面が揺れる。
「別世界に繋がってそうだなぁ……」
僕は本を読むのが好きだ。毎晩寝る前に読むのが習慣になっている。
最近のお気に入りは、異世界転生とか転移とか。
この僕が別の人生を送るなんてありえないけど、物語の世界の中では、たくさんの人生を楽しみ放題だ。
「僕が異世界に転移するか、逆に転移者が現れるのか、どっちが楽しいかなぁ」
もちろん、道路に出来た水たまりだから、数センチ下はアスファルトだ。
向こうに行けるわけもないし、こっちにもやって来ない。
でも、妄想するだけなら楽しいよね。
んふふと笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
突如、前方からスピードを上げた車が近付いてきた。
一向にスピードは落ちることなく、あっという間に僕の近くまで来ていた。
まずい、このままだと、
頭から水たまりの水をバシャーンとかぶってしまう。
逃げるに逃げ切れないと判断した僕は、壁の方に向かって身を守るように小さくしゃがみこんだ。
けど、全身ずぶ濡れを覚悟した僕に、いつまでたってもその瞬間は訪れなかった。
……え?
おそるおそる顔を上げて周りを見渡すと、目の前にあったはずの壁はなくなっていて、近付いてきていたはずの車はどこにも見当たらなかった。
そして、目の前にあった水たまりの代わりに広がるのは、大きな湖。
「へっ……!?」
現状を理解できなくて、再びキョロキョロと見回した。
住宅街だったはずの場所は、沢山の木々に覆われた森。アスファルトの道路が伸びていたはずの場所は、木々の合間のけもの道。
空を見上げると、雨上がりの虹がかかっていたはずの空は、どんより曇った今にも雨が降り出しそうな空だった。
「……え? ここどこ? なんで?」
突然知らない場所へ放り込まれた僕は、『迷子になったら、そこから動かない』と、夫に言われたことを忠実に守り……というよりも、あまりにも様変わりした風景を目の当たりにし、そこから一歩も動けずにいた、というのが正解かもしれない。
どんどん暗くなっていく空と比例して、僕の心もどんどん暗くなっていく。
ますます心細くなって、今にも落ちそうになっていた涙が、ポロリと流れ落ちた。
僕と共鳴し合うように、空から降ってきた雨も頬を濡らす。
「どうしよう……」
一度降り出した雨は、量を増すばかりでとどまることを知らない。
このままここにいたら、きっと風邪をひいてしまう。
ちょっとだけ、向こうに行ってみようか。
そう思い一歩踏み出すと、全身を濡らしていた雨が、ピタリと止まった。
……あれ?
不思議に思って振り返ると、僕の頭上に傘を指した、金髪の男の人が立っていた。
「だっ……だれっ」
僕を雨から守ろうと傘を差し出してくれたのに、だれ…だなんて、ひどい言い草だ。
それでも僕は、警戒して一歩二歩と後ずさる。
雨に濡れても構わない。このまま走り出そう。
……そう思った瞬間、腕を掴まれた。
「風邪をひいてしまう」
やはり心配してくれているらしい。そう思うと一瞬気が緩み、そのまま引かれた腕に逆らうことも出来ず、胸の中に飛び込む形になってしまった。
「!!」
びっくりして固まってしまった僕のことを、嬉しそうに見てふんわり笑うと、ぎゅっと抱きしめてきた。
夫以外の胸に飛び込んだことなんてなかったし、そのまま抱きしめられることなんてもちろん初めてだ。
突き放そうとして胸に手を置いたけど、その手に力は入らず、弱々しく触るだけになってしまった。
だって、この人から香る匂いが、夫のものとそっくりだったから。
いや、そっくりとかいうレベルじゃない。本人だと断言できるほどだ。
「なん……で?」
顔を上げて抱きしめているその人を見ると、優しく微笑んできた。
さっきは動揺してちゃんと見なかったけど、髪色が違うだけで、顔も夫にそっくりだ。
どういうこと……?
金髪の男の人は一度僕を胸から離し、改めてお姫様抱っこをした。
「もういいだろう? 家に帰ろう」
そう言って頭を撫でてから、ゆっくりと歩き出した。
これも、夫のいつもの仕草と同じだ。
夫にそっくりな男の人に抱えられたまま、大人しく揺られていると、心地よいリズムでどんどん眠くなる。
この人なら、大丈夫だ……。
夢の中に吸い込まれるように、僕の意識はそこで途切れた。
「あっぶないな! あの車!」
僕の意識が戻ってきたのは、珍しく声を荒げる夫の声が聞こえてきたからだ。
あれ? 夫だ。
そっくりさんじゃなくて、本物の夫だ。
不思議に思って、ペタペタと夫を触りまくる。
「ん? どうした?」
僕を庇うように、傘と身体で水しぶきから守ってくれていた夫が、不思議そうに尋ねてきた。
上半身は守れたものの、足元は車の水ハネのせいでビシャビシャだ。
「……本物だ……」
そう確認したあと、安心したら急に笑えてきた。
ああ、きっと僕が見た夢だったんだ。
物語の世界に入りたいと願いすぎて、夢まで見ちゃったんだ。
「でも、なんで水たまりからの転移だったんだろ」
僕の独り言に、夫も訳が分からないというように聞いてきたから、さっきの体験を話してあげたんだ。
体験っていうのも変かな。僕の頭の中だけの大冒険だ。
「じゃあ次は、俺も一緒に転移したいな」
夫は笑うことなく、僕の話を真剣に聞いてくれた。
もしかしたら、短い時間だけど、本当に異世界転移を体験してきたのかもね。
そう考えると、胸が大きく高鳴った。
「今度は、魔法が使える世界が良いな」
僕は目を輝かせて、夫に伝えた。二人での転移なら、きっと楽しいはずだ。
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