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獣人王子×藤の樹霊、年下×年上、敬語攻め、純愛、戦記パート長め、長編ダイジェスト
政略婚が幸福な恋に辿り着くまで(2)
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そうして日々はすぎた。
近づく繁殖期に、王子がそわそわとし始めた頃である。
父王が、末の王子をも引き連れて、遠征に向かうと決めたのは。
「族長殿。すまぬな、新婚を引き離すようで悪いが」
「ずいぶんと急なことで……」
「そのようなこともある。では、繁殖期にはお主の夫を返せるとは思うのでな、帰ったら遠慮なく励むがよい」
「父上ッ!!」
「ガッハッハ」
まるでデリカシーのない父に王子は怒りつつ、王命とあらば仕方なく王について遠征に向かうこととなった。
出立の日、無事に帰れるように、と妻は頬にキスを落とした。そのため上機嫌に父に帯同した王子に、父王が親子の気安さでちょっかいをかけるのは早かった。
「どうだ、族長殿は」
「良い方ですよ。色々とご教授いただくことも多くあります」
聞いてきたくせに、父の表情は白けていた。なんなんだ。王子はさすがに内心で憤慨した。
「……わからん奴だな。儂は、まぐわったか聞いておるのだが?」
「父上ッ、そのようなことを」
「あやつが良い男などというのはわかっておる。友人としてはともかく、妻として愛せるか聞いている」
父王の距離感は親子のものだったが、施政者として聞いている。側室が必要ならば、いま申せと。
だから、王子は嘘偽りなく答えることにした。
「あの方からは……まぐわいがしつこすぎると、もう何度もお説教を頂きました」
「おお……ほう、ほう」
「父上。繁殖期にはこのように呼びつけることはよしてください。あの方の夫として励みますので」
「ほ~う、随分と、雄の顔をするようになった」
「妻に、雄にしてもらいましたので」
「そうかそうか」
王は満足そうに喉で笑って、息子の背を叩いた。
「良き良き!ならば励め!この度の遠征、期待しておるぞ!」
「はい」
親子が笑っていたのは、その頃までだった。
獣人王と末の王子が、消息を絶ったとの報が本国にもたらされたのは、それから数日後のことだった。
ここに、白の森の族長がいるのを、知っていたのだろう。
獣人の国とも、白の森とも敵対する鉄の国の勢力が、獣人王の失踪に攻め時と攻勢を仕掛けてきて、その晩のことである。
末の王子の屋敷は、その一部隊に包囲されていた。
「主が不在の時にこんな大勢で押し入るとは、鉄の国には客人としての節度はないのか?」
「白の森の樹霊よ。わかっているだろう。我が国に降れ、そうすれば白の森に残った民には手を出さない」
部隊長らしき男が、樹霊の佳人に決断を迫る。見た顔だった。何度か強引に白の森に攻め込もうとして、追い返した将だ。
本格的に鉄の国に攻め込まれれば、白の森には対抗しきれないとわかっていた。だから、獣人王と手を結んだ。
「そうしてお前たちの鉄のため、体を燃やせ、と?お断りだ。そもそも夫の許しなしに、屋敷を出るわけには行くまい」
「夫……はは、夫か!獣人王も、その末息子も死んだぞ。それでも操を立てるか?」
「……」
「無策に本国に攻め入っただけだとでも思っていたのか?」
「……だとしたら尚更。俺が、この国を支えねばならない。この国は我が森の友、我が民のもう一つの故郷となる地。……そして、我が夫が生まれ育ち、帰ってくる家だ」
樹霊の佳人は、鉄の部隊長の言う話など信じてはいなかった。だが、確かめる術がないのも確かである。
だから、告げた。
例え、その通りにあの純朴な夫が死んでいたとしても、揺らぐことはない、と。
「ははっ!白き森の尊き長老よ、汚らしい獣に雌穴を使わせて、情でも移ったか?」
「……私の夫を、そのように侮辱するな。」
「ああ、ほんとうに臭い、臭い。まったく鼻の曲がる獣の匂いだ。お前の夫は、さぞや醜く汚い獣なのだろうな。私がその獣臭い雌穴を使ってやって、匂いを落としてやろうか?」
樹霊の佳人の喉から、低い笑い声が上がる。夫の前では聞かせたことのない、冷淡な響きを纏って。
「……はは、美しい獣が躾けたこの穴が、お前などで満足できるわけがないだろう。手下どもがいなければ大口も叩けぬ臆病者が」
「ははっ、負け惜しみを」
「交わる時にも、手下に手伝わせるのではあるまいな?」
「なんだと…っ!」
鉄の部隊長の顔色が変わる。
余程、性的からかいが癪に障ったと見える。ならば自分からそのような話を持ち出さねばいいものを。
樹霊の佳人はせせら笑った。
「その貧弱そうな体で腰を振るったところで、射精する前に足腰が砕けるだろう。いや、それとも、それほどに『早い』のか?」
「言わせておけば……っ!」
「ならば私の穴など使わずとも、木の股で十分だろう。紹介してやろうか。例えばあの木など、いいのではないか?それにあの木には、小さな動物の巣穴もある、お前のような『小さい』男には、あるいはそれで十分かもしれんな」
「……っ殺すッ!殺すッ!もう殺すッ!!このペドの獣姦野郎!!命乞いしてから股を開いても遅いッ!!」
畳み掛けるような佳人の挑発に、鉄の部隊長は顔を真っ赤にして剣を抜いた。
そうして、真っ直ぐな突撃でもって、白の森の族長へと、駆け寄る。
「ーー舐めるなよ、小僧。私を誰だと思っている」
部隊長が、室内から、中庭へと一歩踏み出した途端、である。
その土の中から、何本もの蔓が生え出て、部隊長の体を絡みとり、宙に吊るした。
「白き、森の、長老……ッ!!きさ、貴様……ッ!!」
「術師の前では挑発に乗るな、と教えられなかったか?」
蔓の数は増え続ける。部隊員たちはおろおろとその様を見つめるだけだ。佳人は部隊長を見る隊員たちの視線から、さほど人望はなさそうだ、と見抜いていた。
「お、ァ、ア、ぉ、ぁっ、ぐぅ……」
「股を開いて命乞いでもしてみるか、小僧」
「ころ、ころさないで、ころさないでください、なんでも、なんでもしますから……!股、股も開きます…っ開きます……っ!」
「はは。……使うわけがないだろうが、汚らわしい」
冷徹に言い放った佳人に、部隊長は顔を真っ青にする。
「殺しはしない、捕虜として使い道がありそうなのでな。……だが、少しでも妙な動きをしてみろ。お前の穴という穴を、私の茨で可愛がってやる」
「は……はひっ……」
「鉄の国の兵士たちよ。このまま撤退しろ。そして本隊に伝えろ。これ以上攻めるというなら、白の森の、茨の王が相手になると」
冷たく言い払って、樹霊の佳人は去っていく鉄の国の兵士たちの背を見つめた。
鉄は、樹霊の天敵である。一筋でも傷を負えば燃えるように痛み、命を落とすことさえある。故に獣人の国と結んだ協定。森の若い娘を犠牲にするわけにはいかないから、自ら友好の証としてその身を差し出した。
だからどんなに自分が術師としては長けていても、物量で押されては打つ手がない。樹霊の佳人は思案して、一つ献策をしようと、獣人王の皇太子に会うため、屋敷の守りを召使いたちに任せ、その足で大地を踏みしめ駆け出した。
なんだ、あれは。
度重なる鉄の国の刺客の凶刃をくぐり抜けた獣人王とその末の王子が見たのは、巨大な茨で囲われた、王都城下町の姿であった。
「ち、父上!?ご無事で!!」
「おお、息子たちよ、そちらも無事だったか」
「ええ……末っ子も無事だったか!」
「はい、兄上……あの、あれは……」
ほとんど確信で、末の王子は尋ねた。
気配が、愛しいあの人のものだったので。
「お前の嫁さんだよ。民は守り抜くから、敵を追い払ってくれって。……そこまで言われて、尻尾を垂らす訳にはいかないだろ?」
「大した嫁だよ、大事にしろよな!!」
「もちろん、もちろんです!」
言って、兄たちは大きな獅子に姿を変えて駆け出した。ならばそれに続かんと、末の王子もまた、その姿を獅子に変え、敵を殲滅せんと駆け抜ける。
「あっ、族長の旦那さん、行っちゃった!」
「獣人王さま、お手伝いに来ました!」
獣人王の元に、二人の樹霊が駆け寄ってくる。
「おお、来てくれたか。白の森の若者たちよ」
「もちろん!族長だけに負担かけさせられないですからね!」
「獣人王さま、本当に、族長を大事にしてくれる旦那さんにしてくれたんでしょーね」
「うむ、勿論だ。我が息子ながら中々の甲斐性のようだぞ」
年若い樹霊たちに深く頷いて、獣人王もまた、巨大な獅子の姿となって駆け出した。
戦の結果は、鉄の国の敗走となった。
「よし、各自部隊を率い、帰還する!急ぐことはない、隊列を乱さず、怪我人に合わせて帰還せよ!」
「はっ」
「ああ、末の。お前だけは疾く帰れ。この戦の最大功労者を労うのは、夫のお前しかおるまい」
「はい、父上!お気遣いありがたく頂戴します!」
「ワッハッハッ!まったく新婚に相応しい熱烈さよ!」
父王に背を押され、末の王子は茨が覆う城下町へと駆け出す。
はやく、はやく帰らなければ。
これほどの大きな術を使って、術師に何の負担もないなどとは思えなかった。
だから一秒、一瞬でも早く。
そうして、茨の目前に立つ。愛しいあの人の、気配がした。
「開けて、ください。……ただいま帰りました」
帰還の言葉に、愛しき妻の名前を密やかに続けて呼ぶ。そうすれば、花が綻ぶように茨はほどけて、道が開いた。
駆ける。相手は自分よりよほど諍いになれた年長者とわかっているのに、その体が、魂が、一筋でも傷ついてはいやしないかと心配になる。
どうか無事で、安寧でいてくれと祈る、愛だった。
愛している。あの佳人を。
「おか、えり……」
必死で駆ける王子を引き留める声があった。
その声は、小さく、風に吹き飛ばされそうなもの。
だが、聞き逃すはずがなかった。
愛しい、妻の声を。
「……っご無事で……!」
王子は妻に駆け寄る。その姿は王子の知るものとは大きくかけ離れていた。灰白色の、色の抜け落ちた髪。いつもより三十は老けたような顔。
だが、そんなことは大した問題ではなかった。愛しい妻が、無事で、生きている。
「生き、て、いる……。夢、夢ではない、な……?」
「父上と共に刺客に追われましたが、どうにか。……あなたも、無事でよかった。……我が国の民を、守って頂き、ありがとうございます」
「大したことを、したわけではない……。ふふ、ふ……生きて、いるな、旦那様……」
妻の乾いた手が伸びて、王子の頬を撫でた。そうして、妻からの口付けがあった。乾いた唇。だが、待ち望んでいた、初めての、妻からの唇への口付けだった。
「……すまない、このような姿で、このようなことを。少々法力を使いすぎて枯れた。ひと月もすれば直る……、それまで身を隠すから、離縁だけは待ってくれ」
樹霊の佳人は、そう言って顔を、腕で隠した。そうすると、佳人の藤色の目は完全に隠れてしまう。
「何を、仰っているんです。……隠さないで、愛しい人。愛しています。あなたの夫に、口付けをさせてください」
「……君は……、本当に、困った旦那様だな」
「はい。だから、あなたのような年上の妻に導いて頂かないと」
「……どうぞ、旦那様」
ゆっくりと、困った顔で笑って、王子の妻は腕を下ろした。綺麗だ。王子は何度目かも分からぬほどに見惚れて、そうして、愛しい妻に口付けた。
鉄の国の侵攻から、二ヶ月ほどたち、末の王子は困惑していた。
獣人の国と鉄の国で停戦調停をすることになったのはいい。喜ばしいことだ。
だが、そのために使わされた大使が問題だった。
「ああ♡ああ♡お久しゅうございます長老様っ♡私めに、仕置きをっ♡仕置きをしてくださいっ♡」
「あの、嫁御殿」
「放っておいていい。勝手にそうなった」
「ああっ♡つれないところも素敵ですっ♡獣っ♡獣がお好きでしたらっ♡私も獣になりますっ♡わんっ♡わんっ♡」
何があってこうなったんだ。すっかり元の姿に戻った妻を横目で見ながら、王子は戸惑った。
大使は、元々は侵攻の小部隊を率いていた部隊長だという。それも、自分の館へと侵攻し、その際には妻と直接的に一戦構えたという。
その男がなぜ、このような有様に。
「嫁御殿…………………」
「……無様な振る舞いを私の夫に晒すな。場を弁えろ」
「あひぃっ♡♡♡♡キ、キクぅ……っ♡♡♡♡」
「弁えろ、と言っている。聞こえなかったか。元より下劣な感性とは思っていたが、豚にも劣る知性の蛆虫に成り果てたか」
「ぶひぃぃい♡♡♡」
「……………やはり、殺すか……………」
「嫁御殿、それはまずいです。停戦調停ですので。あの、そちらも話が進みませんので、どうか落ち着いて本題に移っていただけたらと」
ゆら、と妻から本気の殺意を感じ取って末の王子は言葉で止めた。
妻から沸き立つ殺意があまりに歴戦の、研ぎ澄まされたものに過ぎて、少々気圧されたものの、それが自分に向くことはないと、過信めいた信頼をしている。
「では………ごほん、特使として、お招きありがとうございます!それでは停戦の調印の準備を進めさせていただきますね~!」
またゆら、と殺意が立ち上ったが、妻もまた長たる男である。
大使の珍奇な振る舞いに度々苛立ちつつも、しかと王子の伴侶として見届人を務めきり、最後には温厚に停戦を祝う言葉で、調停の幕を下ろした。
近づく繁殖期に、王子がそわそわとし始めた頃である。
父王が、末の王子をも引き連れて、遠征に向かうと決めたのは。
「族長殿。すまぬな、新婚を引き離すようで悪いが」
「ずいぶんと急なことで……」
「そのようなこともある。では、繁殖期にはお主の夫を返せるとは思うのでな、帰ったら遠慮なく励むがよい」
「父上ッ!!」
「ガッハッハ」
まるでデリカシーのない父に王子は怒りつつ、王命とあらば仕方なく王について遠征に向かうこととなった。
出立の日、無事に帰れるように、と妻は頬にキスを落とした。そのため上機嫌に父に帯同した王子に、父王が親子の気安さでちょっかいをかけるのは早かった。
「どうだ、族長殿は」
「良い方ですよ。色々とご教授いただくことも多くあります」
聞いてきたくせに、父の表情は白けていた。なんなんだ。王子はさすがに内心で憤慨した。
「……わからん奴だな。儂は、まぐわったか聞いておるのだが?」
「父上ッ、そのようなことを」
「あやつが良い男などというのはわかっておる。友人としてはともかく、妻として愛せるか聞いている」
父王の距離感は親子のものだったが、施政者として聞いている。側室が必要ならば、いま申せと。
だから、王子は嘘偽りなく答えることにした。
「あの方からは……まぐわいがしつこすぎると、もう何度もお説教を頂きました」
「おお……ほう、ほう」
「父上。繁殖期にはこのように呼びつけることはよしてください。あの方の夫として励みますので」
「ほ~う、随分と、雄の顔をするようになった」
「妻に、雄にしてもらいましたので」
「そうかそうか」
王は満足そうに喉で笑って、息子の背を叩いた。
「良き良き!ならば励め!この度の遠征、期待しておるぞ!」
「はい」
親子が笑っていたのは、その頃までだった。
獣人王と末の王子が、消息を絶ったとの報が本国にもたらされたのは、それから数日後のことだった。
ここに、白の森の族長がいるのを、知っていたのだろう。
獣人の国とも、白の森とも敵対する鉄の国の勢力が、獣人王の失踪に攻め時と攻勢を仕掛けてきて、その晩のことである。
末の王子の屋敷は、その一部隊に包囲されていた。
「主が不在の時にこんな大勢で押し入るとは、鉄の国には客人としての節度はないのか?」
「白の森の樹霊よ。わかっているだろう。我が国に降れ、そうすれば白の森に残った民には手を出さない」
部隊長らしき男が、樹霊の佳人に決断を迫る。見た顔だった。何度か強引に白の森に攻め込もうとして、追い返した将だ。
本格的に鉄の国に攻め込まれれば、白の森には対抗しきれないとわかっていた。だから、獣人王と手を結んだ。
「そうしてお前たちの鉄のため、体を燃やせ、と?お断りだ。そもそも夫の許しなしに、屋敷を出るわけには行くまい」
「夫……はは、夫か!獣人王も、その末息子も死んだぞ。それでも操を立てるか?」
「……」
「無策に本国に攻め入っただけだとでも思っていたのか?」
「……だとしたら尚更。俺が、この国を支えねばならない。この国は我が森の友、我が民のもう一つの故郷となる地。……そして、我が夫が生まれ育ち、帰ってくる家だ」
樹霊の佳人は、鉄の部隊長の言う話など信じてはいなかった。だが、確かめる術がないのも確かである。
だから、告げた。
例え、その通りにあの純朴な夫が死んでいたとしても、揺らぐことはない、と。
「ははっ!白き森の尊き長老よ、汚らしい獣に雌穴を使わせて、情でも移ったか?」
「……私の夫を、そのように侮辱するな。」
「ああ、ほんとうに臭い、臭い。まったく鼻の曲がる獣の匂いだ。お前の夫は、さぞや醜く汚い獣なのだろうな。私がその獣臭い雌穴を使ってやって、匂いを落としてやろうか?」
樹霊の佳人の喉から、低い笑い声が上がる。夫の前では聞かせたことのない、冷淡な響きを纏って。
「……はは、美しい獣が躾けたこの穴が、お前などで満足できるわけがないだろう。手下どもがいなければ大口も叩けぬ臆病者が」
「ははっ、負け惜しみを」
「交わる時にも、手下に手伝わせるのではあるまいな?」
「なんだと…っ!」
鉄の部隊長の顔色が変わる。
余程、性的からかいが癪に障ったと見える。ならば自分からそのような話を持ち出さねばいいものを。
樹霊の佳人はせせら笑った。
「その貧弱そうな体で腰を振るったところで、射精する前に足腰が砕けるだろう。いや、それとも、それほどに『早い』のか?」
「言わせておけば……っ!」
「ならば私の穴など使わずとも、木の股で十分だろう。紹介してやろうか。例えばあの木など、いいのではないか?それにあの木には、小さな動物の巣穴もある、お前のような『小さい』男には、あるいはそれで十分かもしれんな」
「……っ殺すッ!殺すッ!もう殺すッ!!このペドの獣姦野郎!!命乞いしてから股を開いても遅いッ!!」
畳み掛けるような佳人の挑発に、鉄の部隊長は顔を真っ赤にして剣を抜いた。
そうして、真っ直ぐな突撃でもって、白の森の族長へと、駆け寄る。
「ーー舐めるなよ、小僧。私を誰だと思っている」
部隊長が、室内から、中庭へと一歩踏み出した途端、である。
その土の中から、何本もの蔓が生え出て、部隊長の体を絡みとり、宙に吊るした。
「白き、森の、長老……ッ!!きさ、貴様……ッ!!」
「術師の前では挑発に乗るな、と教えられなかったか?」
蔓の数は増え続ける。部隊員たちはおろおろとその様を見つめるだけだ。佳人は部隊長を見る隊員たちの視線から、さほど人望はなさそうだ、と見抜いていた。
「お、ァ、ア、ぉ、ぁっ、ぐぅ……」
「股を開いて命乞いでもしてみるか、小僧」
「ころ、ころさないで、ころさないでください、なんでも、なんでもしますから……!股、股も開きます…っ開きます……っ!」
「はは。……使うわけがないだろうが、汚らわしい」
冷徹に言い放った佳人に、部隊長は顔を真っ青にする。
「殺しはしない、捕虜として使い道がありそうなのでな。……だが、少しでも妙な動きをしてみろ。お前の穴という穴を、私の茨で可愛がってやる」
「は……はひっ……」
「鉄の国の兵士たちよ。このまま撤退しろ。そして本隊に伝えろ。これ以上攻めるというなら、白の森の、茨の王が相手になると」
冷たく言い払って、樹霊の佳人は去っていく鉄の国の兵士たちの背を見つめた。
鉄は、樹霊の天敵である。一筋でも傷を負えば燃えるように痛み、命を落とすことさえある。故に獣人の国と結んだ協定。森の若い娘を犠牲にするわけにはいかないから、自ら友好の証としてその身を差し出した。
だからどんなに自分が術師としては長けていても、物量で押されては打つ手がない。樹霊の佳人は思案して、一つ献策をしようと、獣人王の皇太子に会うため、屋敷の守りを召使いたちに任せ、その足で大地を踏みしめ駆け出した。
なんだ、あれは。
度重なる鉄の国の刺客の凶刃をくぐり抜けた獣人王とその末の王子が見たのは、巨大な茨で囲われた、王都城下町の姿であった。
「ち、父上!?ご無事で!!」
「おお、息子たちよ、そちらも無事だったか」
「ええ……末っ子も無事だったか!」
「はい、兄上……あの、あれは……」
ほとんど確信で、末の王子は尋ねた。
気配が、愛しいあの人のものだったので。
「お前の嫁さんだよ。民は守り抜くから、敵を追い払ってくれって。……そこまで言われて、尻尾を垂らす訳にはいかないだろ?」
「大した嫁だよ、大事にしろよな!!」
「もちろん、もちろんです!」
言って、兄たちは大きな獅子に姿を変えて駆け出した。ならばそれに続かんと、末の王子もまた、その姿を獅子に変え、敵を殲滅せんと駆け抜ける。
「あっ、族長の旦那さん、行っちゃった!」
「獣人王さま、お手伝いに来ました!」
獣人王の元に、二人の樹霊が駆け寄ってくる。
「おお、来てくれたか。白の森の若者たちよ」
「もちろん!族長だけに負担かけさせられないですからね!」
「獣人王さま、本当に、族長を大事にしてくれる旦那さんにしてくれたんでしょーね」
「うむ、勿論だ。我が息子ながら中々の甲斐性のようだぞ」
年若い樹霊たちに深く頷いて、獣人王もまた、巨大な獅子の姿となって駆け出した。
戦の結果は、鉄の国の敗走となった。
「よし、各自部隊を率い、帰還する!急ぐことはない、隊列を乱さず、怪我人に合わせて帰還せよ!」
「はっ」
「ああ、末の。お前だけは疾く帰れ。この戦の最大功労者を労うのは、夫のお前しかおるまい」
「はい、父上!お気遣いありがたく頂戴します!」
「ワッハッハッ!まったく新婚に相応しい熱烈さよ!」
父王に背を押され、末の王子は茨が覆う城下町へと駆け出す。
はやく、はやく帰らなければ。
これほどの大きな術を使って、術師に何の負担もないなどとは思えなかった。
だから一秒、一瞬でも早く。
そうして、茨の目前に立つ。愛しいあの人の、気配がした。
「開けて、ください。……ただいま帰りました」
帰還の言葉に、愛しき妻の名前を密やかに続けて呼ぶ。そうすれば、花が綻ぶように茨はほどけて、道が開いた。
駆ける。相手は自分よりよほど諍いになれた年長者とわかっているのに、その体が、魂が、一筋でも傷ついてはいやしないかと心配になる。
どうか無事で、安寧でいてくれと祈る、愛だった。
愛している。あの佳人を。
「おか、えり……」
必死で駆ける王子を引き留める声があった。
その声は、小さく、風に吹き飛ばされそうなもの。
だが、聞き逃すはずがなかった。
愛しい、妻の声を。
「……っご無事で……!」
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「生き、て、いる……。夢、夢ではない、な……?」
「父上と共に刺客に追われましたが、どうにか。……あなたも、無事でよかった。……我が国の民を、守って頂き、ありがとうございます」
「大したことを、したわけではない……。ふふ、ふ……生きて、いるな、旦那様……」
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獣人の国と鉄の国で停戦調停をすることになったのはいい。喜ばしいことだ。
だが、そのために使わされた大使が問題だった。
「ああ♡ああ♡お久しゅうございます長老様っ♡私めに、仕置きをっ♡仕置きをしてくださいっ♡」
「あの、嫁御殿」
「放っておいていい。勝手にそうなった」
「ああっ♡つれないところも素敵ですっ♡獣っ♡獣がお好きでしたらっ♡私も獣になりますっ♡わんっ♡わんっ♡」
何があってこうなったんだ。すっかり元の姿に戻った妻を横目で見ながら、王子は戸惑った。
大使は、元々は侵攻の小部隊を率いていた部隊長だという。それも、自分の館へと侵攻し、その際には妻と直接的に一戦構えたという。
その男がなぜ、このような有様に。
「嫁御殿…………………」
「……無様な振る舞いを私の夫に晒すな。場を弁えろ」
「あひぃっ♡♡♡♡キ、キクぅ……っ♡♡♡♡」
「弁えろ、と言っている。聞こえなかったか。元より下劣な感性とは思っていたが、豚にも劣る知性の蛆虫に成り果てたか」
「ぶひぃぃい♡♡♡」
「……………やはり、殺すか……………」
「嫁御殿、それはまずいです。停戦調停ですので。あの、そちらも話が進みませんので、どうか落ち着いて本題に移っていただけたらと」
ゆら、と妻から本気の殺意を感じ取って末の王子は言葉で止めた。
妻から沸き立つ殺意があまりに歴戦の、研ぎ澄まされたものに過ぎて、少々気圧されたものの、それが自分に向くことはないと、過信めいた信頼をしている。
「では………ごほん、特使として、お招きありがとうございます!それでは停戦の調印の準備を進めさせていただきますね~!」
またゆら、と殺意が立ち上ったが、妻もまた長たる男である。
大使の珍奇な振る舞いに度々苛立ちつつも、しかと王子の伴侶として見届人を務めきり、最後には温厚に停戦を祝う言葉で、調停の幕を下ろした。
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