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抱えられるもの、抱えられないこと 4 #ルート:S

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IFストーリーです。

※ジークムントルートになります。
ジークムント=Sigmundと書くらしいので、ルート:Sという表記にしました。

抱えられるもの、抱えられないこと1及び、カルナークとシファルの閑話以降の話です。


******


「…………どうしよう」

震えてしまう。そんなつもりもないのに、勝手に震えてしまうのを止められない。

「またやっちゃった」

頭の中にある言葉が、言うつもりないのに口をついてしまうことが多いあたし。

口に出すつもりがなかった、あの人の名前。大好きな人。

ううん、違うよね。

――大好きだった人、だ。

きっとあたしはもう、あの場所へ戻れない。

なんとなくわかってしまったからさ、戻る術を探してくれる人はこの世界にはいないんだってことを。

そして、自分にはその手段を探せるわけがないということも。

肌で感じる、まさしく感覚に近いもの。それが、まだ答えを知りたくないのに期待をぶった切ってくれる。

この世界には、この世界だけを護る方法しか存在しないし、この世界の人たちだけを護ろうとする人ばかりだよとも。

味方はいそうでいないんだって、諦め半分で思いはじめつつあった。

カルナークは、あたしのことを好きだの可愛いだの言ってくれるけど、じゃあ味方かって言ったら微妙だ。

好きだったら何でもしてくれるんでもないだろうし、浄化よりもあたしを優先してほしいなんて願えない。

「ジーク……は」

と言いかけて、口を噤む。

さっきまで、この部屋で、自分が“なにを”してしまったのか。

罪悪感がズシンと重たく圧しかかる。

どうしても我慢が出来なかった。あの人たちに言われたこと、されたことを消したかった。

それと、縋りたかった。

柊也兄ちゃんに似たジークに、聖女のニセモノのあたしが偽りのその場限りの柊也兄ちゃんを抱きしめたくなった。

元いた場所じゃそんなことしたくても、本人を目の前にしたら出来る気はしない。

でも、ジーク相手だったらもしかしたら? なんて、後から考えたら失礼なことをしようとした。

きっと甘えてしまったんだ。ジークの普段の優しさに、心のどこかで甘えても許されるって思ってたんだ。

チャラいけど、優しくて、あったかくて、ストレートに気持ちを伝えてくれて、でも本音を隠している時もあって、どこか……。

(寂しそうな人、だったのに。あたしが傷つけてしまったかもしれない。ジーク、今まで見たことがない表情かおしてた。そう……させてしまったんだ)

覆水盆に返らず、だっけ。

時間は遡れない。やってしまったことは、取り返せない。

教会の人たちは、あたしが教会との勉強よりもカルナークとの訓練を優先したのが面白くなさそうだった。

それも、すこし難しそうな言葉をあえて使って、あたしに敬意を払いつつも嫌味を言っていた気がした。

どうせ教会はそんな扱いですよって言われているようで、こっちは喚ばれてきただけなのになって悲しくなりもした。

聖女のあたしの気持ちなんて、きっと誰も理解しようとは思ってくれない。

最終的にみんな、自分たちの方を優先するのでしょ?

(……なんて思っていたのはあたしなのに、結果的に自分の気持ちを優先したばかりにジークを傷つけてしまった)

床にへたり込む。

ドクンドクンと、いまだに心音が激しく鳴り続けている。

震える右手で、そっと自分の唇に触れてみる。

さっき、ジークにキスされた場所に……。

初めてのキス。本当に触れただけのキスで、女の子に慣れていそうなジークの顔が近づいた時は、今よりも心臓がバクついた。

「あたしが子どもだから、あんなキスにしたのかな……」

ジークが触れた唇の感覚が消えない。

そのキスは、単純かもしれないけれど、あたしの頭の中にあった柊也兄ちゃんの色を塗りつぶしてしまう。

自分についた傷に立ち向かうことは出来なかったけど、顔を上げるための勇気をくれた人。

あの夜、柊也兄ちゃんと味わったお好み焼きの味は忘れていない。

公園で泣いていた時に、そばにいてくれて、あたしの言葉を待ってくれた人。

あの人なりに、あたしを大事にしてくれていたんだって今なら思える。たとえ、お兄ちゃんの妹なだけなんだとしても、だ。

うぬぼれだって言われてもいい。愛されていなかったかもしれないけど、好かれてはいた気がするんだ。

それだけ思いが残っていたはずの人を、唇だけで目かくしされてしまった。

そもそも、だよね? きっと。

柊也兄ちゃんは、柊也兄ちゃんで。ジークは、ジークで。

互いに、代わりにはなれない。それぞれの存在だったのに。

自分に都合よく、ジークを抱きしめながら脳内変換しようとした。

(その罰が――あんな形で与えられただけだ)

謝らなきゃと思うのに、立ち上がれない。

最後に見た、ジークの苦しそうな顔が頭の中から消えない。

ズキンと頭の上の方に痛みが走る。

頭頂部の頭痛ってなんの痛みだったっけ。

「……はぁ」

涙が勝手に出てきてしまう。泣いたって、現状はなにも変わらないのに。

聖女じゃないのに、聖女と言われ。聖女のふりして、聖女の訓練をする。

ジークはあたしは聖女だって言ってくれたけど、喚びたかった聖女じゃなかったかもしれない。

聖女の色持ちじゃないけどっていいながら話してくれたことが、今はまだ情報不足すぎて気持ちの置き場に悩む。

自分はニセモノだってどこかで思ってるのに、まわりからは聖女のくせに! みたいに責められて。

なんだっけ、こういうの。

「ああ…理不尽だ」

召喚されてしまったものは、どうしようもない。浄化しようがしまいが、何の役目もなくなったって戻れない。

聖女だろうが、聖女じゃなかろうが。こっちに責任はないはずなのに、出来なきゃ責任はあたしにかかるはず。

「理不尽……すぎない?」

――――と、ここまで考えて、鼻先がツンとして、喉の奥が絞まるような感覚に陥る。

“あたし”という人を、誰が見てくれるんだろう。知ろうとしてくれるんだろう。

カルナークが好きなのは魔力なんだし、さっきのジークだって柊也兄ちゃん扱いされたことへの態度だよね。

キスされても、あのキスにきっと……。

「意味はなかったんだよね? ジークにとって、相手があたしだから…なんて……わけない、よね」

自虐だなぁと思えば思うほど、涙がじわりと浮かんでは消えていく。

泣いていいなんて、誰も言ってくれないよ。この場所では。

聖女として、浄化をして。

泣いてる暇なんかないくらいに、胸の奥でも頭の中でも、だぁれにも甘えないで、頼らないで。

“独り”で向き合え。

そう突き放されている気がした。

元いた世界も、この世界も、あたしには優しく出来ていない。

味方はいない。

敵は、もしかしたら自分次第。

味方に出来る敵がいるのかもしれない。あの、教会の人たちが多分そうだ。

(どんな味方になるかは、さておき)

そのうち16になるあたし。

ずるがしこくなんて生きたことはない。…つもり。

けれど、知り合いもいないこの場所で生きるためには、自分に嘘をついてでも味方を作らなきゃ生きられない。きっと。

(明日、カルナークとの訓練の後に、教会の方に話をしに行ってみよう)

どっちかを選べないなら、八方ブスなりにどっちにもいい顔を振りまくしかないや。

遠くに見える鏡を眺め、大きくため息をついた。

(間違っても八方美人だなんて思ってないよ)

誰かに笑われたわけでもないのに、勝手に自分を責めてしまう。縮こまっていく自分を知っている。

どこにも自信を持てる場所がないもの。見た目も性格もなにもかも。

(せいぜい、カルナークがいう魔力がいい悪い程度の良さしかないよ。あたしには)

人とも上手にかかわれなかった。その傷が、いまだに何度も進もうとする自分の足を引っ張る。

自覚しても、この国で、世界で、上手くやれているかなんてわからない。誰も上手だなんていうわけじゃないしね。

今までしてこなかったコミュニケーションを、ここに来てたった一人で練習の成果を出さなきゃいけなくなった。

しかも、友達になれるわけでもない相手に対して。

こういう時にお兄ちゃんがそばにいたらって、心底思う。

教会も、ジークたちとも、仲良しこよしは難しそうだ。多分、ね。

(笑わなきゃ。笑って、みんなのバランスを取って……、空気を読んで…)

胃がチクンと痛んだと同時に、また頭の先の方でジクジクと嫌な痛みがする。

「…………ツラぃや」

ぼつりと呟くと、お腹が鳴った。

でも、行けない。あんなジークを見た後に、あんなことをジークにしたままで…なんて。

這うようにして、ソファーまで向かう。

ベッドまで行く元気は、今日は品切れ。

「ごめんね…本当に」

届くはずのない言葉を宙に飛ばし、手を祈る形に結ぶ。

届くはずがないと知りながらも、届けと祈る。

(ジークはジーク、だよね。あたしがあたしで在ってほしいように)

人は鏡みたいだなんて思いながら、夜は更けていった。



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