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祈りに近いモノ、その名は 5 #ルート:S

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IFストーリーです。

※ジークムントルートになります。
ジークムント=Sigmundと書くらしいので、ルート:Sという表記にしました。

抱えられるもの、抱えられないこと1及び、カルナークとシファルの閑話以降の話です。


******


禁書庫のことは気になるけれど、きっとこっちのほうが優先すべきことだ。

シファに部屋まで送ってもらってから、ナーヴくんとのことを思い出していた。

瘴気が歩いていると言われた、あの言葉の意味をずっと考えてみたけれど、どうしてもわからなくて。

あたしは聖女で、瘴気を浄化“する側”の人間として召喚された……はずでしょ?

鏡の前に立ち、自分の姿を映してクルッと回ってみてもどこがおかしいのか見つけられない。

コンタクトを外して髪の色を元に戻せば、色的には瘴気の色に近いかもしれない。

でも、そのことはナーヴくんには伝えられていないはずなんだけど、そんな色だけで瘴気扱いされるものなの?

と、ここまで思ってから、そういえばそうだったと思い出す。

この世界に召喚された初日に、金髪に淡いピンクの瞳=聖女の色持ちだって言われたんでした。

ナーヴくんに黒ばっかりのあたしの色を明かしていないとしても、ナーヴくんが特別な目を持っててそれを見透かしている……?

「はあ…。ここで悶々としていたってどうしようもないや」

ドアを開け、こっそり廊下に出る。

この世界じゃ特にこんな時間に異性の部屋に訪問すること自体、ダメだって話だから。

この間のラベンダーの時だって、薬っていう緊急性が高いことじゃなきゃ入室を断るつもりだったってシファに言われたもんね。

小さく2回ノックをして、彼がドアを開けるのを待つ。

控えめに開けられたドアの隙間から、足音を消すように入っていく。

「ひな」

あたしより少しだけ高い彼の身長。ちょっとだけ視線を上げれば、すぐに視線が合う。

「何もしないから、約束するから、誰にも邪魔されないために……鍵をかけてもいいか?」

カルナークとの訓練の後に送ってくれたり、薬を調剤してくれたり。彼とかかわっていく中で知ったことがある。

(シファは、必ずあたしの気持ちを聞いてからその先を決めてくれる。ダメならダメで、ちゃんと説明してくれる。シファなりに、大切にしてくれている。いっつも…。そして、きっと今も)

信じられるものがあるなら、信じてしまおう。

誰にも甘えないと思っていたけれど、その決意は簡単に揺らいでしまう。

それは自分の弱さゆえなんだと思うけれど、それ以上に差し出される手が本当に優しくて暖かい体。

だからあたしは、シファに微笑んでみせて。

カチャリと、自分の手で鍵をかけた。静かな部屋に金属音がやけに響いて、いつもよりドキドキした。

「じゃあ、こっちにおいでよ。特別な薬草茶を淹れてあげるから」

先に行くシファの背中を追い、ソファーに腰かける。

お湯が沸く音に、コポコポとお茶を淹れる音。いろんな薬草の匂い。

普段どれだけ緊張しているんだろうと思えるほどに、この場所のいろんなものを五感で感じて癒されている自分を知る。

「……はい。熱いから気をつけてね。なんなら、生活魔法ですこし冷ますことも出来るけど?」

以前一緒にお茶を飲んだ時に、ものすごくフーフーしてたのを忘れてくれていない。

「お願いします…」

ソーサーごとカップをシファの方に少しずらすと、淡い緑の空気がふわりとカップを包み込んで小さな風を生む。

「こんなもんかな?…はい」

優しい風に冷まされた薬草茶は、あたし好みのあたたかさ。

「……っくん。ふ…、美味し」

一口飲んで感想を伝えると、微笑んだシファの顔がいつもより幼くみえた。

「じゃ、時間も時間だから、早速話をしようか」

そういって、珍しく隣に腰かけてくるシファ。

女の子に免疫がないから、極力ある程度の距離を保ってからとか言ってたんだけど。

(話しているうちに免疫が出来たのかな?)

と呑気に考えていたあたしは、次の瞬間フリーズしてしまう。

「…ひな」

短くあたしの名を呼んだシファが、ソファーにあったあたしの左手を取り両手で包み込む。

そのまま掲げて、シファのおでこに重ねられたままくっつけられて……。

シファは目を閉じて、その姿は祈りのよう。

(……え? え? 一体なにをされているの? あたし。ちょっと待って、これって何かの儀式?)

混乱して、シファに何かを言わなきゃと思うのに口が動いてくれない。

ただパクパクと打ち上げられた魚みたいに、口を開け閉めしてるだけ。

顔が熱い。…いや、体中が熱い。

シファに女の子への免疫がないように、あたしにだって免疫はない。

よく知っている人相手なら、多少の触れあいは照れもしなかったけど。

(ふわぁああああああっっ!!!!!!)

きっと頭からフシューーーーって湯気が出ている! マンガだったら、きっとそう!

手を離すことも出来ず、銅像になったあたしはシファが動くのを待つしかない。

(だ、誰か!)

そう思った瞬間、カルナークがシファと一緒だと気づくんじゃないかと思いついた。

盗聴と盗撮してるんだから!

(……???? あれ? カルナーク、寝てるのかな)

シファとやってることは、カルナークを行動させるには十分だと思うんだけど。

「来ない…?」

急に冷静になって、思わず声に出た。

呟いてから首をひねったあたしと、おでこに手をあてたままのシファが目を開きそのまま視線が合う。

「…ぷ」

「ぷ?」

目が合った瞬間、シファの口からもれたその音から、一気にシファが大笑いする。

「ぷっはははははっ」

って。

きょとんとしたまま、目の前で大笑いするシファを見ているしか出来ず。

「はー…おっかしい。なんて表情かおしてんの? ひな」

普段静かに話す彼のイメージとは違う笑い方に、目を何度もパチパチする。

「……うん。これは間違いないや。効果ありだ」

何かに対してうなずき、重なっていた手を解放してくれる。

「ごめんね、ひな。話の前に、ちょっとした実験だったんだ。今のは」

説明をしながらシファのポケットから、一枚の紙が取り出される。

「これはね、魔方陣。ちなみに、ナーヴ作だよ」

暇になった手でその紙を開けば、三重の円が描かれて、その線と線の間に文字がたくさん書かれている。

パッと見では、ランダムに書かれた文字ばかりで、並んだまま読んでも意味が分からないんだろうな。

そういった勉強をしたことがある人じゃないとわからないはず。

なんとなくそう思えたのに、脳内に言葉が浮かんで、無意識でその言葉が口を吐いた。

「――認識阻害?」

同じ色に見える文字の色が、うっすら三色に色分けされているようで。色別にその文字を読んでいくと、文章が頭に浮かんだ。

「認識阻害じゃない? これって」

理解が出来たような気がして、嬉しい気持ちのままにシファに話しかけた。

「シファ?」

笑顔で答え合わせを求めたあたしに、シファは目を見開いて驚きの表情をしていた。

「まさか一発で読めるなんてね」

って。

「書いた本人にしかわからないようになってるのに、聖女の能力?」

そういいはじめて、小さくうなって。

「いや…それだけじゃないのかな。でも…こういうには属性が関係しているから…」

いつもの研究中の顔つきになってしまう。

よくわからないけど、どことなく楽しそうに見える。

(しょうがないなぁ)

と思いつつ、「ね。合ってる?」と聞けば、うなずくシファ。

「で、実験だかは終わり?」

改めて聞けば「うん」と返してくる。

立ち上がり、いつものように向かいの席に位置を取り、「じゃあ」と話を切り出した。

そんな始まり方をしたこの夜が、浄化のキッカケのひとつになる。

この国を、世界を、ナーヴくんを蝕む瘴気が、すぐそこまで近づいていた。



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