望郷の満月

とまと屋

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二話

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 この先、頻繁にこの地を訪れることは難しいだろう。だからその夜、私はひたすら祖父の墓に話しかけた。仕事のこと、若者の流行のこと、食べ物のこと。音楽、娯楽、スポーツ。会えなかった歳月を埋めるように。
 そして次の日、私は祖父の部屋にいた。
「おじいちゃんの部屋、久しぶりだなあ」
 本棚には難しそうな本がズラリと並び、棚の上にはなにに使うかわからない道具が、埃を被っているけれど、綺麗に手入れされた状態で置かれていた。本当、懐かしい。
 もう一度、ここに来れるかどうかわからない。街が砂に埋もれる前に、なにか形見が欲しかった。
 車で来ていたのなら遺品整理として多くの物を持ち出せたんだろうけど、あいにくとバス停まではサイクルだ。リュックに入れても負担にならず、だけどこれだ、という物にしたい。
 時間がかかりそうだね。
「しっかし、おじいちゃんは何の仕事をしてたのかなあ……」
 鉱山の街だっただけに、祖父の家にも炉やバーナー、その他よくわからない古い機械や道具が残されていた。
 だけど、私は祖父が仕事をしていたところを見たことがない。まだ両親との仲も良好だった頃、何度か訪れたことがあったけれど、その時の祖父は仕事を必ず休んでいたから。

『おじいちゃんの仕事をしてるところ、見せて』

 そうお願いしたこともあったけれど、祖父は、今日はお前たちをもてなすのが仕事だから、と言って決して仕事は見せてくれなかったな。
 机の上にはメモの束と本が積まれていた。なんとなく、メモに目を通してみる。

『Rプラグ×2  修繕完了』
『レーンケーブル×100m  通電テスト問題なし』
『T安定素子×500g  劣化確認。要交換』

「……うん、わからない」
 そういえば、祖父の知り合いが色々と変わった、なにに使うのかわからない機械を持ち込むところを何度か見たことがある。多分それらなんだろうけど、私には無縁なものだろうな。
 机から本棚に視線を移す。あー、昔、勝手に本を取ろうとして怒られたっけ。

『読みたい本があれば、じいちゃんが取ってやる。だから勝手に取ろうとするんじゃないぞ』

 怒られたことがショックで、わんわん泣いた私を必死になだめる祖父の姿を思い出した。
 結局、あの時以来、本を読もうとはしなかったんだけど……。
「これだったっけ?」
 本棚にずらりと並ぶ本は機械工学やら素材工学、果ては物理学など難しいものが並んでいる。だけどその中に一つだけ、毛色が違う本がある。子供に読み聴かせるようなおとぎ話の本が。
 そうだ。私はこれを読もうとして怒られたんだっけ。
 本なら持ち帰るにも荷物にならないわね。
 そう考えて、その本に手を伸ばした。

 ガコン。

「え?」
 本を抜き出すと同時に壁が開いた。隠し部屋!?
「え、ちょ……そんなテレビドラマみたいな……」
 壁際に積みあがった荷物をどけて中を覗けば、地下に続く階段があった。電気がきていないのか、中は真っ暗だ。
 え……。これ、見ちゃっていいものなの? 隠してあったからには、見られたくないものだよね。
 だけど、うん。地下というなら、祖父がこの地にしがみついていた理由があるのかもしれない。
「……ごめんね、おじいちゃん。ちょっと見させて」
 リュックからマグライトを取り出し、私は地下探索に乗り出した。


 階段は途中で折り返しながら、予想より長く続いてる。どれくらい下りたのかな、外の暑さが嘘なくらいにひんやりしてきた。
「……戻った方がいいのかな」
 終わりが見えない階段に、興味を不安が上回りかける。でも、ここまで来てね……。
 よし、次の踊り場。せめてあそこまでは行こう。そう決意して足を踏み出す。
 ……どうやら決意は報われたみたい。ライトの先には窓のついた扉があったのだ。
 扉の向こうから音はしない。鍵はかかっておらず、そっと開けると、機械くさいというか油っぽいにおいが鼻を刺激してきた。
「……なに、ここ」
 奥を照らしてもなにも見えない。ライトの光が届く範囲に見えるものがないってこと?
 足元は……金属の床と手すり。壁際にライトを向けると、あ、スイッチがある。スイッチと言っても部屋の電気を点けるようなものじゃなくて、レバー式のでっかいスイッチだけれど。
 なんのスイッチかわからないけど、他に手がかりもない。ええい、ヤバそうだったらすぐに切ればいいのよ。えいやっ!

 ドドドドド……。

 スイッチを入れた途端、地下に爆音が!
「え、なに? これ切った方がいい……って、眩しいっ!」
 スイッチを切ろうかどうか迷った瞬間、突然の閃光が闇に慣れた私の目を眩ませた。
 壁に寄りかかり、目が明るさに慣れるのを待つ。その間にも爆音は続き、排気ガスのような臭いが漂ってきた。ひょっとしてこのスイッチ、発電機のだった?
 薄く目を開ければ、天井に設置された無数の大型照明によって闇が一掃されていた。そして目にはいってきたものは────。
「……なに、これ」
 目の前の光景が理解できない。ええと、一つずつ確認しよう。
 まず私のいる場所。ここは地下の壁に張りつくように設置された、キャットウォークのような通路だ。遠く反対側の壁付近にも手すりが確認できるから、キャットウォークはぐるりと地下を一周しているのかもしれない。
 その地下は……相当に広い。反対側の壁まではせいぜい五~六十メートルくらいだと思うんだけど、左右に目をやると端がよく見えない。軽く百メートルは超えてるんじゃないかしら。
 天井には無数の、かなりの出力を持つライトが多数。武骨な鉄骨の梁が縦横に走り、大型のフックのついた、太い鎖がいくつもぶら下がっている。そして下は────。
「……銀色の……葉巻?」
 そうとしか形容できない、銀色に輝く鉄の塊が鎮座していた。一部内部が露出していたり、扉のようなものが開いていたり。あちこちにケーブルやチューブが繋がっていたりして、なにか大きな機械なんだと思うけれど、これがなんなのか私にはまったく理解できない。
 ただ、この巨大な金属の塊が、祖父をこの地に縛りつけていた「なにか」なのだと、理屈でなく理解した。
 どうしよう。どこかに下に下りる梯子なり階段なりあると思うけれど、あの金属の塊に触れたとして私に理解できるとは思えない。だけど、祖父がずっとこだわってきたであろう「アレ」について知りたいとも思う。
「……やっぱり行こう」
 このままなにもわからないまま帰るのは嫌だ。
 通路を進む。どれくらい歩いただろう、手すりが途切れた場所があり、そこに小さな、古い階段があった。
 足元を確かめつつ階段を下りる。錆びているのか、時々ミシミシいうのはやめてえっ。
 必要以上に脚の筋肉が緊張して、階段を下りきった時には脚がガクガクした。バス停までサイクルを漕がなきゃいけないのにぃ。
「……どうしたものかな」
 目の前の金属の塊を見て思わず呟く。知りたいとは思ったけれど、こんな未知の物をどうやって……。あれ?
 階段の陰になっていてすぐに気づかなかったけれど、机と棚がある。ちょうど通路の下なので天井の明かりは届かないけれど、机の上には電気のスイッチがある。
 スイッチを入れると照らし出される机。そこに置かれた何冊かのノート。一冊は開いていて、そこに記された文字は……。
「おじいちゃんの字……」


◇  ◇  ◇

●4月13日

 電圧が安定せず。電装系のケーブルに負荷。
 やはり120SPタイプでは無理があるようだ。せめて250が欲しいが難しいか。
 儂も歳だ。せめて今年中に飛び立てなければ帰還も

◇  ◇  ◇

 読める文字はそこまでで、急に文字が乱れてその先は判読できない。ページをまたぐように線が走り、その先の床にはペン先が潰れたペンが落ちていた。
 日付は、祖父の訃報が届いた少し前だ。つまり……。
「この日記を書いている途中で、おじいちゃんは倒れた……?」
 私はノートを取り上げると、最初から目を通してみることにした。
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