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第二章
【9】ご指名です!
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※殺人現場になったお店は、結構な高確率で潰れます。
「ジェラさん、殺しは困る」
真っ先に我に返ったアーノルドが、きわめて真っ当な意見を述べた。
(ジェラさん? あれ、ジェラさん? ……怖っ。美形過ぎるし、多分現代には存在しないレベルの高位の魔法使いのような気がする。なんだろう、伝説級の……)
ぞくぞくとした寒気に襲われて、エルトゥールは両腕で自分の体をかばうように抱いた。
直視できない。
エルトゥールだけではなく、リーズロッテもまた、ジェラさん(?)の暴走を食い止めるべく足にしがみつきながらも、目をぎゅっと瞑っていた。微かに震えているようにも見える。
(わかる。怖い)
「殺しは困るの意味がわからねえな。生かさず殺さず、か? 半殺しって加減が難しいぞ」
「追い出すだけで良い、流血沙汰は勘弁だ。なぜなら片付けが面倒くさい!」
「それなら大丈夫だ。血を流さないで殺す方法ならたくさんある。一瞬で……、いや、何らかの苦しみはあった方がいいのかな。死んだほうがマシな思いをしてから死なせたほうがいいか? どう思う、リズ」
突然水を向けられたリーズロッテは、びくっと肩を震わせた。
少しの間、身動きもしないまま固まっていたが、意を決したようにジェラさん(?)の足から離れると「わああああ」と叫びながらエルトゥールの元まで走って来て、腰にしがみついた。
「怖いよぅ!」
「わかる! 顔が凶器だよ! あんなの夢に出てきたら怖くて泣いちゃう!」
ひしっとリーズロッテを抱きしめながら、エルトゥールも全力で同意をする。
美形も度が過ぎると悪夢、という本音をもって。
本当はエルトゥールとしても、おそらくジェラさん(?)の魔導士としてのヤバさをひしひしと感じているであろう、聖女・リーズロッテと語り明かしたいところだが、人目があるのでできなかったのだ。そのくらいの理性は残っていた。
代わりに、わかりやすく恐ろしい顔面について絞って話題にしたのだが、当然本人は大変面白くない顔をしている。
「おい、お前。好き勝手言ってくれてるな。店員は殺すなってリズが言うからやめたけど、俺はいつでも殺せるんだぞ」
殺気をはらんだ美声に脅されて、エルトゥールは暴漢に対峙したときより明らかに弱気になりかけたが、アーノルドがため息交じりに口を挟んだ。
「落ち着けよ、ジェラさん。いま魚の炭火焼すぐ作るから。腹減って気が立ってるんだ。間違いない。空腹がおさまれば、殺気もおさまるから。座って待ってな」
「さかな」
度の過ぎた美形が、その一言にぴくっと反応を示した。
それから「急げよ」と言いながら、のそのそとカウンター席の方へと歩いていく。
途中、騒ぎを起こした男たちとすれ違うときに、低い声で「食べ終わってもまだそこにいたら、絶対殺す」と宣言するのは忘れなかった。
ひ、ひいいいいい、と声を上げ、男たちはバタバタと我先に走り出す。
「ドノヴァン! そいつら勘定まだだ! 食い逃げは許すなよ!」
「了解!」
アーノルドが入口そばのスタッフに向けて、声を張り上げる。男たちは数人のスタッフに取り押さえられ、財布を出すように言われていた。
黒の二席に腰かけたジェラさん(?)は、くるっと振り返ると、エルトゥールにしがみついているリーズロッテに目を向けた。一番の席をぽんぽん叩いて、招いている。
「リズ。遅くなった。ご飯食べよう。さかな」
大輪の暗黒色の薔薇が咲き誇るかのような、艶やかな笑み。
「リズさん、ご指名ですけど……どうしますか?」
(ものすごく怖いお誘いだけど、断るのも怖いような……)
他人事としてしみじみ思いをはせていたエルトゥールのエプロンを引っ張り、リーズロッテは「エルさんも」と小声で言った。
「私はまだ仕事が……、あ、あそこまで送るくらいなら」
いつものように、椅子にのせるまでならしますよ、というつもりで申し出つつ、リーズロッテをしがみつかせたまま一歩踏み出す。
その瞬間、足にびりりと痛みを感じて、その場に崩れ落ちかけた。
いつの間にかすぐ横に来ていたアーノルドに、腕を掴まれる。
「エル。お前なぁ……、無理するから。足、痛めているだろう。ったく、あんな男たちとやり合おうとするなんて、自分をなんだと思っているんだ」
「アル、怒らないで。えっと、足は……足は痛いね。うん」
おそるおそるもう一度力を入れてみて、痛むのを確認。
あはは、と笑うもアーノルドの表情は険しい。
アーノルドは、その厳しい顔つきのまま、視線をリーズロッテに向けて声をかける。
「リズ。ジャスティーンたちが来るまでまだ少し時間がある。あれは見た目はいつもと違うけどジェラさんみたいだし、側にいれば安全だ。あそこの席で、食べて待っていられるか」
「……わかりました。けどエルさんも。立っていられないなら、仕事できないですよね。わたしと一緒に」
きゅっと、小さな手がエプロンを掴む。
アーノルドは「わかったから、先に行ってて」とリーズロッテに言った。
エプロンから手を離して、歩き出した背を見送ってから、エルトゥールに向き直る。
「エルに怒っているわけじゃなくて、自分に怒ってる。遅くなって悪かった」
「そんなことないよ、すごく助かりました。ごめんね、私も、待てなくて、勝手なことをした。もう少し冷静に対応していれば、もっと時間を稼げたかもしれないのに。私の態度が、彼らを挑発したのかもしれません」
神妙な様子のアーノルドにつられて、反省会。
思った以上に落ち込んでいるアーノルドに動揺して、エルトゥールは言葉を探すも、うまく声をかけられない。
無言になったアーノルドは、エルトゥールの背に腕を回して胸に抱き寄せた。
ふわりと香辛料の混じり合った匂いが立ち上り、温もりに包まれる。
数秒。
(……えーと? あれ?)
うまく頭が回らないで固まるエルトゥールであったが、アーノルドはそれ以上何をするでもなく、何を言うでもなく、そうっと体を離した。
改めて自分の腕にエルトゥールの手をかけさせる。
「エルの食べる分も用意するから、あそこの二人と俺の仕事が終わるまで食事をして待ってて。何が食べたい? 好きなものを作るよ」
「嬉しい! この足だったら、今日は本当の『足手まとい』ですもんね。少し早いけど、仕事は上がらせてもらいます。オーダーはどうしましょう。アルの作る料理は全部美味しいから、全部食べたいな」
「なんだそれ。『何でもいい』じゃなくて『全部』? 本当に作るぞ。食えよ」
笑いを交わして、連れ立ってカウンター席に向かう。
足に力を入れないように、エルトゥールはアーノルドに少し寄りかかるような形になっていたが、危なげなく受け止められてエスコートされた。
カウンター席では、人型のジェラさんに黒の一を譲り、二に座らせてもらったリーズロッテが、自分の隣の三番を手でぽんぽん叩きながらエルトゥールを待っていた。
「ジェラさん、殺しは困る」
真っ先に我に返ったアーノルドが、きわめて真っ当な意見を述べた。
(ジェラさん? あれ、ジェラさん? ……怖っ。美形過ぎるし、多分現代には存在しないレベルの高位の魔法使いのような気がする。なんだろう、伝説級の……)
ぞくぞくとした寒気に襲われて、エルトゥールは両腕で自分の体をかばうように抱いた。
直視できない。
エルトゥールだけではなく、リーズロッテもまた、ジェラさん(?)の暴走を食い止めるべく足にしがみつきながらも、目をぎゅっと瞑っていた。微かに震えているようにも見える。
(わかる。怖い)
「殺しは困るの意味がわからねえな。生かさず殺さず、か? 半殺しって加減が難しいぞ」
「追い出すだけで良い、流血沙汰は勘弁だ。なぜなら片付けが面倒くさい!」
「それなら大丈夫だ。血を流さないで殺す方法ならたくさんある。一瞬で……、いや、何らかの苦しみはあった方がいいのかな。死んだほうがマシな思いをしてから死なせたほうがいいか? どう思う、リズ」
突然水を向けられたリーズロッテは、びくっと肩を震わせた。
少しの間、身動きもしないまま固まっていたが、意を決したようにジェラさん(?)の足から離れると「わああああ」と叫びながらエルトゥールの元まで走って来て、腰にしがみついた。
「怖いよぅ!」
「わかる! 顔が凶器だよ! あんなの夢に出てきたら怖くて泣いちゃう!」
ひしっとリーズロッテを抱きしめながら、エルトゥールも全力で同意をする。
美形も度が過ぎると悪夢、という本音をもって。
本当はエルトゥールとしても、おそらくジェラさん(?)の魔導士としてのヤバさをひしひしと感じているであろう、聖女・リーズロッテと語り明かしたいところだが、人目があるのでできなかったのだ。そのくらいの理性は残っていた。
代わりに、わかりやすく恐ろしい顔面について絞って話題にしたのだが、当然本人は大変面白くない顔をしている。
「おい、お前。好き勝手言ってくれてるな。店員は殺すなってリズが言うからやめたけど、俺はいつでも殺せるんだぞ」
殺気をはらんだ美声に脅されて、エルトゥールは暴漢に対峙したときより明らかに弱気になりかけたが、アーノルドがため息交じりに口を挟んだ。
「落ち着けよ、ジェラさん。いま魚の炭火焼すぐ作るから。腹減って気が立ってるんだ。間違いない。空腹がおさまれば、殺気もおさまるから。座って待ってな」
「さかな」
度の過ぎた美形が、その一言にぴくっと反応を示した。
それから「急げよ」と言いながら、のそのそとカウンター席の方へと歩いていく。
途中、騒ぎを起こした男たちとすれ違うときに、低い声で「食べ終わってもまだそこにいたら、絶対殺す」と宣言するのは忘れなかった。
ひ、ひいいいいい、と声を上げ、男たちはバタバタと我先に走り出す。
「ドノヴァン! そいつら勘定まだだ! 食い逃げは許すなよ!」
「了解!」
アーノルドが入口そばのスタッフに向けて、声を張り上げる。男たちは数人のスタッフに取り押さえられ、財布を出すように言われていた。
黒の二席に腰かけたジェラさん(?)は、くるっと振り返ると、エルトゥールにしがみついているリーズロッテに目を向けた。一番の席をぽんぽん叩いて、招いている。
「リズ。遅くなった。ご飯食べよう。さかな」
大輪の暗黒色の薔薇が咲き誇るかのような、艶やかな笑み。
「リズさん、ご指名ですけど……どうしますか?」
(ものすごく怖いお誘いだけど、断るのも怖いような……)
他人事としてしみじみ思いをはせていたエルトゥールのエプロンを引っ張り、リーズロッテは「エルさんも」と小声で言った。
「私はまだ仕事が……、あ、あそこまで送るくらいなら」
いつものように、椅子にのせるまでならしますよ、というつもりで申し出つつ、リーズロッテをしがみつかせたまま一歩踏み出す。
その瞬間、足にびりりと痛みを感じて、その場に崩れ落ちかけた。
いつの間にかすぐ横に来ていたアーノルドに、腕を掴まれる。
「エル。お前なぁ……、無理するから。足、痛めているだろう。ったく、あんな男たちとやり合おうとするなんて、自分をなんだと思っているんだ」
「アル、怒らないで。えっと、足は……足は痛いね。うん」
おそるおそるもう一度力を入れてみて、痛むのを確認。
あはは、と笑うもアーノルドの表情は険しい。
アーノルドは、その厳しい顔つきのまま、視線をリーズロッテに向けて声をかける。
「リズ。ジャスティーンたちが来るまでまだ少し時間がある。あれは見た目はいつもと違うけどジェラさんみたいだし、側にいれば安全だ。あそこの席で、食べて待っていられるか」
「……わかりました。けどエルさんも。立っていられないなら、仕事できないですよね。わたしと一緒に」
きゅっと、小さな手がエプロンを掴む。
アーノルドは「わかったから、先に行ってて」とリーズロッテに言った。
エプロンから手を離して、歩き出した背を見送ってから、エルトゥールに向き直る。
「エルに怒っているわけじゃなくて、自分に怒ってる。遅くなって悪かった」
「そんなことないよ、すごく助かりました。ごめんね、私も、待てなくて、勝手なことをした。もう少し冷静に対応していれば、もっと時間を稼げたかもしれないのに。私の態度が、彼らを挑発したのかもしれません」
神妙な様子のアーノルドにつられて、反省会。
思った以上に落ち込んでいるアーノルドに動揺して、エルトゥールは言葉を探すも、うまく声をかけられない。
無言になったアーノルドは、エルトゥールの背に腕を回して胸に抱き寄せた。
ふわりと香辛料の混じり合った匂いが立ち上り、温もりに包まれる。
数秒。
(……えーと? あれ?)
うまく頭が回らないで固まるエルトゥールであったが、アーノルドはそれ以上何をするでもなく、何を言うでもなく、そうっと体を離した。
改めて自分の腕にエルトゥールの手をかけさせる。
「エルの食べる分も用意するから、あそこの二人と俺の仕事が終わるまで食事をして待ってて。何が食べたい? 好きなものを作るよ」
「嬉しい! この足だったら、今日は本当の『足手まとい』ですもんね。少し早いけど、仕事は上がらせてもらいます。オーダーはどうしましょう。アルの作る料理は全部美味しいから、全部食べたいな」
「なんだそれ。『何でもいい』じゃなくて『全部』? 本当に作るぞ。食えよ」
笑いを交わして、連れ立ってカウンター席に向かう。
足に力を入れないように、エルトゥールはアーノルドに少し寄りかかるような形になっていたが、危なげなく受け止められてエスコートされた。
カウンター席では、人型のジェラさんに黒の一を譲り、二に座らせてもらったリーズロッテが、自分の隣の三番を手でぽんぽん叩きながらエルトゥールを待っていた。
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