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【第一章】
【3】
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社交界デビューをまさに数日後に控えたその日、リーザは突然思い出した。
自分が最強の女王オルガであった前世を。
(あっぶなかったですわ……!! このままだと前世と同じルートに入るところでした……!!)
物心ついたときから、体を動かす遊びが好きだった。王家の末の姫として生まれたリーザに対し、「女の子なのですから、もっと女の子らしく」とたしなめる者もいなかった。
世情は安定しており、政略結婚の必要姓も薄い。しいていえば、国内の裕福な貴族と縁組ができれば、生涯変わらぬ生活水準で暮らしていけるだろう。両親である国王夫妻はそのように考えていたので、リーザに必要以上に干渉し、うるさく言うことがなかったのだ。嫁ぎ先が見つからないなんてことは万が一にも無いと安心しきっていたし、それどころかよほどの相手ではない限り本人の希望であれば認める心づもりでいた。
そのくらい、リーザはのびのびと育てられていた。期待をかけられていないとも言えたが、愛情は感じられたのでリーザは変に拗ねることもなかった。
好きなだけ体を鍛え、剣を振り回し、馬に飛び乗って弓を射て、超人の名をほしいままにして迎えた十六歳、まさに最強の道を突き進んだ前世を思い出したのだ。
オルガは、現在のリーザの倍の年齢に達した頃、最強で超人のまま「もう強い弱いどうでもいいから甘やかしてくれる伴侶がほしい」と毎晩ひそかに枕を涙で濡らしつつ戦場に散ったのだった。
「もうあんな人生はこりごりよ。何が『私より強い男はいないのか! ガッハッハッハ』よ。悪夢だわ。今生では可憐で華奢で守りたくなるような美女になるのよ。ええ、ここで間違えてはいけない。可憐で華奢で守りたくなるような美女は、騎乗で矢を射ない、剣で叩き落さない」
前世、最後の瞬間――
四方から矢を射られ、数本叩き落としたものの避けきれなかった何本かがぐっさりと自分の体に刺さった。
リーザは思い出しながら、細い指で喉をさする。どこが致命傷だったかはわからないが、額や首に命中した感覚までまざまざと思い出してしまった。
(前世よ。遠い時代。もう矢を射掛けられることなんてない。備えなんて必要ない。だけどどうしても胸騒ぎがするの)
か弱い乙女であって良いのか。一に鍛錬、二に模擬試合。平和な世の中とて、最低限突然の実戦にひるまないよう腕に覚えがあってしかるべきではないか。今生では王位継承権からは遠くおそらく玉座に座ることはないが、王族の生まれである。何があるかわからないではないか。
その気持ちに、リーザはなんとかふたをしようとした。
最強の女王オルガとなるまでに費やした時間、流した血は多かった。人生の大部分を鍛錬と実戦に捧げてようやく比類なき強さまでたどりついたのだ。その過酷さを覚えている。
前世のオルガは、美しい淑女たちが噂話に興じ、今はどんなドレスが流行りでどこの化粧水が肌に良くて女のどんな態度に男は弱いかを語り合っているのを「軽薄な」と鼻で笑い飛ばしていた。男とは拳でわかりあえ、筋肉は裏切らないと思い込んでいた。
「あ~~~~あれはあれで信念として一貫していたけど! 思い出すだけで視野が狭く恥ずかしいマッチョ~~~~!!」
実際にオルガは努力のひとであったが、その分噂話に興じる時間はなく、またそのような行為を軽薄なと笑い飛ばした手前「私もまぜて」とも言い出せなかったがゆえに、かなりの情報惰弱でもあった。コンプレックスだった。美しく着飾り笑いさざめく彼女たちのようになりたいとは思わずとも、うっすらとした憧れを抱いていた。生まれ変わってまた自分が女だったら、今度は遠巻きにしていないでそれを楽しんでみたいという気持ちはあった。
そしていま、オルガはリーザとして生まれ変わったのだ。
リーザは、午後の光の注ぐ中、自室の壁鏡の前で自分の姿をじっくりと見てみた。
輝くようなプラチナブロンドに、ぱっちりとした青い目。睫毛は長く鼻筋は通っていて濡れたような色合いの朱唇は小さく可憐である。全体的に筋肉質な印象はないものの、引き締まった体つきで腰は折れそうなほど細い。その割に胸はしっかりとした質感があり、どんなドレスも着こなせそうなスタイルだった。
それは、成長の過程を含めて何年も「そういうもの」として見慣れた容姿であるが、オルガの記憶を通して見るととてつもなく新鮮で血流が良くなるほどの感動があった。
「完璧美少女だわ……。信じられないくらい」
社交界デビューにあたり、さらに磨き抜いて飾りたてればどんな相手の目をも釘付けにすることだろう。
この姿で手が擦りむけるのも構わず木登りをしたり、無茶な乗馬をしていたのがいまや信じられない。無茶に無茶を重ねたあげく、勝手に命の危険があるような場面に陥り、何度かくぐり抜けてきたはずだ。思い出すだけで、叫びながら走り回りそうになる。
「もう絶対に、シーツを柱に縛ってバルコニーから抜け出すなんて無意味な冒険はしない。落ちたらきっと死んでいたわ。暴れ馬を追いかけて『元気がよくていいわね! 私が躾けるわ!』なんて言って飛び乗るのも言語道断よ。あれも振り落とされたら死んでいたわ。いま私が生きている、それだけでもうとんでもない奇跡じゃない……!」
せっかく華奢で可憐で守りたくなるような美少女に生まれ変わったのだ。
リーザは決意した。前世の自分がこだわり抜いた「強さ」に関しては、もうやりきったものとして一度忘れるものとする。
今回は、その粘り強さと諦めの悪さをすべて可憐道に注ぐのだ。可憐の道は甘くない。
そして、やがて跪いて愛を乞う求婚者が引きも切らず列を成す人生になるように、今から不断の努力をするのだ。
まったくモテなかった前の人生の後悔を胸に、今度は「選ぶ側」として君臨したい。
その思いから、縁談はずばっと断った。
「アチェロ公爵家の跡取り? 良縁ですね。でも私は親の連れてきた相手となんとなく添い遂げるのではなく、自分自身のたゆまない努力によって勝ち取った良縁にこそ心が惹かれるのです。これから婚活に粉骨砕身、全精力を注ぎますので、その見合いは不要ですわ」
言っていることは完全にマッチョなオルガそのものであったが、リーザは本気で女の中の女たるふわふわと柔らかくていい匂いがしてほんのりと甘い砂糖菓子のような生き様を夢見ていた。
末の姫に過度な期待はせず、甘やかしてたいていの願いを叶えてきた両親は「なるほどそれならば」と縁談を引っ込めた。
こうしてリーザは、脇目も振らずに可憐道を極めることに邁進することとなった。
* * *
自分が最強の女王オルガであった前世を。
(あっぶなかったですわ……!! このままだと前世と同じルートに入るところでした……!!)
物心ついたときから、体を動かす遊びが好きだった。王家の末の姫として生まれたリーザに対し、「女の子なのですから、もっと女の子らしく」とたしなめる者もいなかった。
世情は安定しており、政略結婚の必要姓も薄い。しいていえば、国内の裕福な貴族と縁組ができれば、生涯変わらぬ生活水準で暮らしていけるだろう。両親である国王夫妻はそのように考えていたので、リーザに必要以上に干渉し、うるさく言うことがなかったのだ。嫁ぎ先が見つからないなんてことは万が一にも無いと安心しきっていたし、それどころかよほどの相手ではない限り本人の希望であれば認める心づもりでいた。
そのくらい、リーザはのびのびと育てられていた。期待をかけられていないとも言えたが、愛情は感じられたのでリーザは変に拗ねることもなかった。
好きなだけ体を鍛え、剣を振り回し、馬に飛び乗って弓を射て、超人の名をほしいままにして迎えた十六歳、まさに最強の道を突き進んだ前世を思い出したのだ。
オルガは、現在のリーザの倍の年齢に達した頃、最強で超人のまま「もう強い弱いどうでもいいから甘やかしてくれる伴侶がほしい」と毎晩ひそかに枕を涙で濡らしつつ戦場に散ったのだった。
「もうあんな人生はこりごりよ。何が『私より強い男はいないのか! ガッハッハッハ』よ。悪夢だわ。今生では可憐で華奢で守りたくなるような美女になるのよ。ええ、ここで間違えてはいけない。可憐で華奢で守りたくなるような美女は、騎乗で矢を射ない、剣で叩き落さない」
前世、最後の瞬間――
四方から矢を射られ、数本叩き落としたものの避けきれなかった何本かがぐっさりと自分の体に刺さった。
リーザは思い出しながら、細い指で喉をさする。どこが致命傷だったかはわからないが、額や首に命中した感覚までまざまざと思い出してしまった。
(前世よ。遠い時代。もう矢を射掛けられることなんてない。備えなんて必要ない。だけどどうしても胸騒ぎがするの)
か弱い乙女であって良いのか。一に鍛錬、二に模擬試合。平和な世の中とて、最低限突然の実戦にひるまないよう腕に覚えがあってしかるべきではないか。今生では王位継承権からは遠くおそらく玉座に座ることはないが、王族の生まれである。何があるかわからないではないか。
その気持ちに、リーザはなんとかふたをしようとした。
最強の女王オルガとなるまでに費やした時間、流した血は多かった。人生の大部分を鍛錬と実戦に捧げてようやく比類なき強さまでたどりついたのだ。その過酷さを覚えている。
前世のオルガは、美しい淑女たちが噂話に興じ、今はどんなドレスが流行りでどこの化粧水が肌に良くて女のどんな態度に男は弱いかを語り合っているのを「軽薄な」と鼻で笑い飛ばしていた。男とは拳でわかりあえ、筋肉は裏切らないと思い込んでいた。
「あ~~~~あれはあれで信念として一貫していたけど! 思い出すだけで視野が狭く恥ずかしいマッチョ~~~~!!」
実際にオルガは努力のひとであったが、その分噂話に興じる時間はなく、またそのような行為を軽薄なと笑い飛ばした手前「私もまぜて」とも言い出せなかったがゆえに、かなりの情報惰弱でもあった。コンプレックスだった。美しく着飾り笑いさざめく彼女たちのようになりたいとは思わずとも、うっすらとした憧れを抱いていた。生まれ変わってまた自分が女だったら、今度は遠巻きにしていないでそれを楽しんでみたいという気持ちはあった。
そしていま、オルガはリーザとして生まれ変わったのだ。
リーザは、午後の光の注ぐ中、自室の壁鏡の前で自分の姿をじっくりと見てみた。
輝くようなプラチナブロンドに、ぱっちりとした青い目。睫毛は長く鼻筋は通っていて濡れたような色合いの朱唇は小さく可憐である。全体的に筋肉質な印象はないものの、引き締まった体つきで腰は折れそうなほど細い。その割に胸はしっかりとした質感があり、どんなドレスも着こなせそうなスタイルだった。
それは、成長の過程を含めて何年も「そういうもの」として見慣れた容姿であるが、オルガの記憶を通して見るととてつもなく新鮮で血流が良くなるほどの感動があった。
「完璧美少女だわ……。信じられないくらい」
社交界デビューにあたり、さらに磨き抜いて飾りたてればどんな相手の目をも釘付けにすることだろう。
この姿で手が擦りむけるのも構わず木登りをしたり、無茶な乗馬をしていたのがいまや信じられない。無茶に無茶を重ねたあげく、勝手に命の危険があるような場面に陥り、何度かくぐり抜けてきたはずだ。思い出すだけで、叫びながら走り回りそうになる。
「もう絶対に、シーツを柱に縛ってバルコニーから抜け出すなんて無意味な冒険はしない。落ちたらきっと死んでいたわ。暴れ馬を追いかけて『元気がよくていいわね! 私が躾けるわ!』なんて言って飛び乗るのも言語道断よ。あれも振り落とされたら死んでいたわ。いま私が生きている、それだけでもうとんでもない奇跡じゃない……!」
せっかく華奢で可憐で守りたくなるような美少女に生まれ変わったのだ。
リーザは決意した。前世の自分がこだわり抜いた「強さ」に関しては、もうやりきったものとして一度忘れるものとする。
今回は、その粘り強さと諦めの悪さをすべて可憐道に注ぐのだ。可憐の道は甘くない。
そして、やがて跪いて愛を乞う求婚者が引きも切らず列を成す人生になるように、今から不断の努力をするのだ。
まったくモテなかった前の人生の後悔を胸に、今度は「選ぶ側」として君臨したい。
その思いから、縁談はずばっと断った。
「アチェロ公爵家の跡取り? 良縁ですね。でも私は親の連れてきた相手となんとなく添い遂げるのではなく、自分自身のたゆまない努力によって勝ち取った良縁にこそ心が惹かれるのです。これから婚活に粉骨砕身、全精力を注ぎますので、その見合いは不要ですわ」
言っていることは完全にマッチョなオルガそのものであったが、リーザは本気で女の中の女たるふわふわと柔らかくていい匂いがしてほんのりと甘い砂糖菓子のような生き様を夢見ていた。
末の姫に過度な期待はせず、甘やかしてたいていの願いを叶えてきた両親は「なるほどそれならば」と縁談を引っ込めた。
こうしてリーザは、脇目も振らずに可憐道を極めることに邁進することとなった。
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