骨太の愛は見果てぬ夢で終わらせない

有沢真尋

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【第一章】

【4】

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 貴族の男というのは、大体にして芸事も鍛錬もたしなみ程度と心得ており、けっして血道を上げて励んでいる姿を他人に見せようとはしない。
 それでいて、いざ人前で披露しようものならばその出来に関して「玄人はだし」だとか「プロも形無しで真っ青ですな」という称賛を得るのを当然と考えている節がある。そうでなければならない、カッコ悪いと。それで食べていこうという気概があるわけでもないのに、称賛だけは譲れない虚栄心。

「究極の贅沢というものよね。怠惰に生き片手間にやっていても、庶民には到底及びもつかない才覚があると見せびらかしたいだなんて」

 頑張っているところを見られるのは恥ずかしいだなんて見栄っ張りの極み、リーザには理解できない。前世のオルガにも理解できることではなかった。そんな曖昧で繊細な高慢さに気を遣うよりも「今日はうっかり五時間も走り込みをしてしまった、ガッハッハ」「さすがです女王陛下、私は三時間で音を上げましたのにワッハッハ」「ガハハ」「ワハハ」と言い合っているほうがよほど清々しいと考えてしまう。オルガの単純明快な思考は、今生のリーザの中にあっても健在であった。

 そんな性格であるからにして、自分をふわふわの砂糖菓子にする決意から約二年、絶世の乙女として男性たちからモテることには成功したものの、見事に飽きた。
 会話がつまらない。誰も彼もが、砂糖菓子には蜂蜜でもかけておけばいいと考えている節がある。極甘なセリフは胸焼けするほど囁かれた。率直な感想として、鬱陶しいという思いが勝った。

(たまに機智に富んだ会話を仕掛けてくる男もいるけれど、それはそれでいけ好かないのよね。面白い俺に似合いのおもしれー女を探しているだけなのがすぐにわかるんだもの。私はあなたの人生を楽しくするために存在しているわけじゃないのよ)

 前世のオルガはモテてみたいと思っていたし、甘やかされたいとも思っていたが、いざその立場になってみると思っていたのと何か違う。
 すべてを手に入れることはできないという言葉を、身を持って実感していた。
 おそらくリーザは望みすぎているのだ。骨太の愛など、見果てぬ夢。

「どうしても気に入る相手がいないというのなら、お前が最初に却下してみたアチェロ公爵の嫡男はどうだ。本格的な行き遅れになる前に、一席設けて会ってみては」

 父王から再打診があったのは、リーザがすっかりふてくされて夜会にも舞踏会にも参加しなくなった頃であった。

「アチェロ公爵家のルネ様……? そういえば、一度もお会いしたことがないように思います」

 記憶の隅にその名前はあったが、今の今まで忘れていた。会わなかったからだ。
 適齢にして釣り合いとして申し分ないと見合いの席が計画されていたのは知っているが、リーザは会いもせずに断り、その後社交界で本人と顔を合わせることもなかったのだ。

「その……ルネは少々変わったところがある青年で」

 おもしれー男枠……!
 ここでリーザは大いに警戒した。だいたい、そういう男の最大の関心事は自分自身である。
 しかし、相手を警戒するあまりに父王にそっけない態度を取るのはいけない。ひとまず、話題に無関心ではないと示すために質問で先を促した。

「具体的には、どのように」
「ううむ……。それが、なぜか突然筋肉に目覚めたとかで、脇目も振らずに鍛錬を始めたそうで。社交の場にもとんと出てこない有り様で」
「なにそれ大変好みでございますわ。いえ、なんでもありません」

 一瞬、記憶の奥底からオルガの亡霊が現れて何かを口走った。リーザは顔の前で扇子を開いてほほほと笑いつつ、目だけは鋭く父王を見据えて「それはつまり?」とさらに質問を重ねた。

「自分より強い女性に『相手にならない』と求婚を蹴られないために、最強の戦士にならねばという妄想に取り憑かれているとかで。いや、それ以外は実に非の打ち所のない青年なんだ。私も会ったことがあるので知っている。弁舌さわやかで頭のキレもよく、見た目も美人で知られた公爵夫人にそっくりで麗しい。腕力がゴリラなだけだ」

 リーザは興奮で血が沸き立つのを感じつつ、頬を染めて視線をさまよわせた。

(弁舌さわやかで麗しく鍛錬を欠かさないゴリラですって? そんな都合の良い男がこの世にいるかしら?)

 そわそわしてきた。絶対に会ってみたい。
 一方で、にわかに不安に襲われた。
 ルネなる青年は、この平和な時代に強い女を娶る気満々らしい。そのために肉体を鍛えているとあらば、なんらかの比喩ではなくそのままの意味なのであろう。
 リーザは、砂糖菓子のような華奢で可憐な乙女になるべく、努力をしてきた二年を思う。その間、過度な筋肉がつくようなことと危ない行為は避けてきた。
 二年前の自分ならいざ知らず、いまとなってはルネの描く女性像に合致しないのではないだろうか?

「とても……とても素敵な縁談だと思うのですけれど、私はその方のお眼鏡にかなう自信がありませんわ」
「何を言う。リーザは、どこに出しても恥ずかしくない娘だ。自信を持ちなさい」
「だって、私はそこまで強くないんですもの。きっと負けてしまいますわ。そんな弱い女には、失望しかないでしょう」

 父王は黙った。そんなことはない、というひとことが空虚であると知っている顔だった。その顔を見てリーザは、ルネがまさに「筋金入り」なのだと悟った。娘に甘く優しい父が「お前の可愛さにはどんな男だっていちころだよ」という浮ついた言葉さえ言えなくなるほど。

(ぞくぞくしますわ。そんな男の中の男がこの国の、まさにすぐそばにいたなんて。しかも、私が強権を発動すれば婚約者に指名することもできるかもしれないですって……!?)

 だがそれはリーザの望むところではない。そんな形で相手を歪めていいはずがないからだ。

「わかりました。早速、体を鍛えるところから始めます」
「待てリーザ。お前は自分で思っているほど、弱くない。ゴリラと素手で戦っても、いい勝負になるはずだ。いまのままでいい、いまのままのお前で一度ルネに会ってみたらどうか」
「勝たなくてもいいんですか?」
「いい勝負ができればルネも納得するだろう。そんな姫君は国内探してもお前以外にいるはずがないのだから」

 言い返そうとしたリーザであるが、そこでぐっと言葉を呑み込んだ。

(オルガの悪い癖が出ているわ……! 勝ち負けにこだわりすぎる! そのあげく前世では「私より強い男がいない」と泣きを見ることになったじゃない。今生ではそのこだわりを捨てるのよ、捨てるの……。ゴリラに華を持たせるくらい、やってやれないことはないはずよ!)

 腕力で恋愛しない。大切なのは相手がどんな人柄であるのか、まずはそれだけだ。

「わかりましたわ。ぜひルネ様にお会いしたいと思います。私は縁談に前のめりであると公爵家にお伝えくださいませ」

 リーザは、笑って父王に告げた。

 * * *

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