骨太の愛は見果てぬ夢で終わらせない

有沢真尋

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【第一章】

【5】

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 ルネにとってその見合いは、気が進まないものだった。
 王家の末の姫リーザとの婚約は、一度断っている。その後、華奢で可憐で絶世の美女であるという噂は聞き及んでいたが、ルネの胸には響かなかった。

(あまりにもオルガ様と違いすぎる。きっとその方はオルガ様ではない。オルガ様以外の女性に時間を使っている場合ではないのに)

 そう思いながらも会うことを承諾したのは、王家が権力に物を言わせてきたからではない。単純な興味である。かつてオルガがフレデリクにそっと愚痴っていたことを思い出したからだ。男が好きなのは華奢で可憐で守りたくなるような美女である、と。
 オルガの夢見た美女像の完成形がどのようなものか、後学のために見ておこうと思い直したのである。
 そして「たいしたことなかったですよ」と言うつもりであった。リーザに対しては甚だしく不誠実であるが、ルネが心から慕っているのはオルガただひとりであるから、他の女性を前にしてもよろめかない自信があったのである。

 その自信は、リーザ本人に会って脆くも崩れ去った。
 美しく結い上げた金髪、可憐な顔立ちを引き立てる上品なメイク。完璧なプロポーションでドレスを着こなした姿はまさに美を極めた奇跡のような乙女であったが。
 それよりも何よりも。

(わかる……! すごく鍛えてる……! 動きが玄人過ぎる! 磨き抜かれた筋肉でしかありえないたしかな足運び! お辞儀の角度! っは~~~~~~~~。これはすごい)

 筋肉の発する熱量を感じずにはいられない。
 王宮の中庭にて顔を合わせたルネは、呆然としてリーザに見惚れた。
 これにはアチェロ公爵も国王もにっこりである。「あとは若い二人で……」と言い残して立ち去った。もちろんその場には侍女や護衛兵が残されたが、全員が若い二人の出会いを盛り上げるべく完全な影に徹して呼吸すらも殺していた。
 リーザはしずしずと進み出て、ルネを見上げて自分の口で名乗りを上げた。

「父王が公爵家とのさらなるつながりをとお考えであることは数年前から聞いてはいたのですが、お目にかかるまでにずいぶん日が過ぎてしまいました。リーザと申します」

 ルネは感極まって顔を真っ赤にし、目をうるませながら答えた。

「私も長い間重い腰をあげず、とんだご無礼を。これほどの筋肉とは知らず……」
「筋肉」

 あっ、とルネは口元をおさえる。うっかり思ったことをそのまま口走ってしまった。

「骨太な女性が好きなんです。戦場ですべてを薙ぎ払うような」
「……変わった趣味だと言われませんか?」

 窺うようにリーザに見上げられて、ルネはドキドキとしながら「はい」とかすれ声で答える。

「自分でもそうかなと思うことはありますが、好きなものは好きなんです。前世からずっと」
「前世……」

 リーザの瞳の奥で、感情が激しく揺れ動く。めまいがしたように、額を手でおさえた。ふらりと、その体が傾いだ。

「失礼、大丈夫ですか?」

 みだりに触れてはいけないとわかっていたが、見過ごすわけにもいかずにルネはとっさにその体を支える。
 触れ合った瞬間、前世の記憶は今までにないほど鮮明になった。リーザと再び目を合わせたとき、不意に確信した。

「オルガ様……!?」
「なんですって!?」

 リーザの目が、驚愕に見開かれる。それは脈絡無く不思議なことを言われたという顔ではなく、むしろ正確に事態を把握したがゆえの驚きに見えた。

(この方が、オルガ様なんだ)

 ルネは顔を紅潮させ、リーザに告げた。

「前世からずっとお慕いしておりました」
「ルネ様は、前世からの私の知り合いなのですか?」

 一方のリーザは、オルガであったことを否定しないまでも、疑わしげな様子でルネを見ていた。

(私が誰なのか、オルガ様にはわからないのだ……!)

 ショックを受けつつも、ルネは一世一代の告白に踏み切る。

「オルガ様は、いつも『私より強い男でなければ』と言っていましたね。前世の私は、もしかしたら勝てるかもしれないと思いつつ、あなたを怪我させることを恐れるあまりに勝負を挑むことはありませんでした。あなたが『私より強い男と出会っても、その男の好みの女が私とは限らないのでは?』という真理にたどりつき、枕を涙で濡らすようになってから何度も『ぜひともまずは私と手合わせを』と喉元まで出かかっていたんですが」

「待て。お前は何者だ。どこでその話を聞いた?」

 リーザの声は一段低いものとなっており、言葉遣いは前世のオルガそのものだった。眼光は恐ろしく鋭く、静かな殺気が全身から漂っている。

(オルガ様だ! あの頃のままの!)

 興奮しながら、ルネは饒舌に語った。

「いつもあなたの傍らで聞いておりました。『華奢で可憐で守りたくなるような美女でなければ愛されない』という愚痴も。私がいるじゃないですかと思いながら」

「殺されたいらしいな」

「滅相もない。今生こそはあなたと愛し合いたいだけです。あなたを守れるくらい強い男になったつもりなんです」

 無言のまま、オルガが拳を叩き込んできた。それをルネは紙一重でかわす。続けざまに足払いをしかけられたものの、危なげなく飛んでやり過ごした。

「少しはやるらしいな」

 青い目に物騒な光を宿して、リーザはルネだけを見つめて言った。

「お褒めに預かり光栄の極みです。さらに認めて頂くために、反撃しても?」

 背筋にぞくぞくとした快感が走るのを感じながら薄笑いを浮かべ、ルネが尋ねる。
 なお、突然殴り合いを始めた若い二人を前に、モブに徹していた周囲は大慌てで「ご乱心だ! お止めしろ!」など叫んで人を集めたり二人を取り囲んでいたが、もはや拳でわかりあうと決めた二人にその声は届かない。

「してもいいが、まずは名を名乗れ! お前はいったい誰なんだ!」

 ルネはオルガに出会っただけでわかったのに、オルガはどうしても思い出せないらしい。
 ふっと、ルネは寂しげな笑みを浮かべた。

「そうですね。私もあの頃とはずいぶん変わりましたから、無理もないことです」

 そしてその場に跪き、両手もついて四つん這いの姿勢となる。

「思い出しませんか?」

 うっと怯んだ様子で、オルガであるところのリーザは一歩引いた。しかし、ルネは構わずに叫んだ。

「いつもあなたとともにあったフレデリクですよ! 忘れるなんて水臭い! さあ、この背に乗ってください! ともに戦場を駆けた日々を思い出して!」

 たじろいだ様子であったオルガだが、このひとことですべてを悟ったかのように目を見開き「フレデリク――!?」と叫んだ。

「ほ、本当にフレデリク? 生まれ変わっているということは……あなたも」
「ええ、死にました。おそらくオルガ様と同じタイミングで。そしていまこうして生まれ変わったのです。あなたの愛馬のフレデリクですよ。さあ、乗り心地を確かめてみてください!」

 言われたリーザは歩み寄り、地面に四つん這いとなっている青年ルネの背にまたがり、涙を浮かべながらその首筋を撫でた。

「ああ、フレデリク……。またあなたに会えるなんて」
「ええ、ええ。思い出しましたか? 陛下のフレデリクですよ。陛下がお望みながら、今生でも好きなだけこの背に乗ってくださいね」

 二人の周囲では騒ぎが大きくなり、国王も公爵も呼び戻されてその場に戻ってきていた。
 そして、恍惚とした顔で馬になっているルネとその背にまたがる王女の姿を目にして黙り込んだ。見なかったことにした。その場にいた者たちにも「他言無用」と言い含めた。
 公爵が、ぼそりと呟く。「息子は、自分より強い女性についにめぐりあったようですな……」と。
 およそ余人の理解の及ぶ光景ではなかったが、見合いは大成功のうちに終わった。



 やがて、若い二人の婚約は大々的に発表された。婚約者時代の二人は仲睦まじく、これぞ美男美女の理想のカップルと社交界の話題をさらう。
 その仲の良さのまま、結婚した。
 まことしやかに、二人はときどき馬と女王の役割演技で会話を交わしているらしいという噂が立ったものの、真偽は不明のままとなった。
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