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【第二章】
【2】
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エラリーは目を伏せ、可憐な唇や肩を震わせて言った。
「下剋上です……っ。お、おそれながらルネ様は、リーザ様と結婚した暁には女王の地位につけるという密約を結んでいるのではないでしょうかっ」
「密約ならこんな簡単にバレるようなことはしないだろう」
リーンハルトは即座にエラリーの疑念を却下し、「考えすぎだ」と流そうとした。だが、エラリーはそれで誤魔化されてはくれない。
「だってあんな……あんな見たこともない……ルネ様は、見たこともない格好をなさっておいでだったんですよ」
「待て。何を見た?」
話の内容や妹とその婚約者の所業より、深刻な顔で言うエラリーの精神状況が心配になり、リーンハルトは思わず聞き返す。
エラリーは唇を噛み締めて黙り込んだものの、意を決したように顔を上げて言った。
「あれはまるで、服従のポーズでした。間違いなく、ルネ様はリーザ様に心酔し、服従しています。ルネ様は、この国の玉座にふさわしいのはリーザ様なのだと確信しているのです。このままでは、ルネ様とリーザ様はリーンハルト様の敵となることでしょう……っ」
「……ああ、まあ。それはそれで困るだろうなぁ……」
筆頭公爵家の次期当主と、王位継承権持ちの姫君が結託して叛意を抱いているというのがもし本当ならば、見過ごすことはできない。
だが、二人のひととなりを知っているリーンハルトは半信半疑であった。
とは言っても、顔色が悪くなるほど国の未来や兄妹の今後を思って心を痛めているエラリーのことを思うと、笑い話で終わらせることはできそうもなかった。
エラリーは、切々と訴えかけてくる。
「リーンハルト様とリーザ様が睦まじい兄妹であったのは、私もよく存じ上げております。元凶はルネ様なのでしょう。野心を抱き、リーザ様に良からぬことを吹き込んでいるのでは……。そうに違いありません!」
自分の考えに取り憑かれてしまったエラリーは、うっすらと瞳に涙を浮かべている。
王妃教育の賜物で、普段あまり感情の動きを見せない「塩」な彼女にここぞという二人きりの場面でこんな表情をされてしまうと、リーンハルトとしてはたまったものではない。
立ち上がって抱き寄せそうになったが、気合で衝動を押し込めた。
なんとか気を紛らわせようと、話を続けた。
「ルネのことは俺も知っているが、そんな男ではない。たしかに本人がその気になれば王家転覆できる実力はあるだろう、しかしあいつは争い事を何よりも嫌っている。ましてやそこに、自分の婚約者となったリーザを巻き込もうなんて考えているはずがない。そういう奴なんだ」
「ではどうして、リーザ様を『女王陛下』などとお呼びになるんですか? 服従のポーズをとりながら」
「その服従のポーズというのは一体なんだ。エラリーは、何を見てしまったんだ?」
ことの発端は、エラリーが見てしまった「何か」なのだろう。その思いから、リーンハルトは問いただす。
すると、エラリーは恥じらうように視線をさまよわせて、リーンハルトから目を逸らしたまま答えた。
「リーザ様の下になっていました」
「下? どういう意味だ?」
「そのままの意味です……。筆頭公爵家の次期当主と王家の姫であればどちらが上とも下とも言われぬ力関係でしょうに、ルネ様はまるで自分はリーザ様の臣下であるかのように振る舞っていました……っ」
んん? とリーンハルトは首を傾げた。普段は優秀で聞かれたことにはすらすらと過不足なく答えるエラリーなのに、今日はどうにも奥歯にものが挟まったような言い方をする。
具体的にどのような状況を目撃したのか、リーンハルトにはさっぱり伝わってこない。
「どうもわからないな。臣下のような振る舞いということは、婚約者であるエラリーが、俺の下で秘書官として働いているようなこの状況も該当すると思うのだが」
「それは意味が全然違います。いえ、その、リーンハルト様の疑問ももっともだとは思うのですが、あのお二人の上下はもっと直接的なものなのです!」
エラリーの反論から、どうも話が噛み合っていないことだけはリーンハルトもわかった。
その伝わらなさに、エラリーもまた歯がゆい思いを抱いているようで、長い睫毛を伏せて開け放たれたドアの方をちらっとうかがってから、リーンハルトに目を向けてきた。
「その……具体的に試してみたほうが……リーンハルト様にもわかっていただけるのかと思うのですが」
「なるほど?」
ドアを気にするようなことなんだな? と胸騒ぎを覚えつつ、リーンハルトは椅子から立ち上がった。
「鍵をかけたほうがいいか? 誰かに見られたら困るんだろう?」
「下剋上です……っ。お、おそれながらルネ様は、リーザ様と結婚した暁には女王の地位につけるという密約を結んでいるのではないでしょうかっ」
「密約ならこんな簡単にバレるようなことはしないだろう」
リーンハルトは即座にエラリーの疑念を却下し、「考えすぎだ」と流そうとした。だが、エラリーはそれで誤魔化されてはくれない。
「だってあんな……あんな見たこともない……ルネ様は、見たこともない格好をなさっておいでだったんですよ」
「待て。何を見た?」
話の内容や妹とその婚約者の所業より、深刻な顔で言うエラリーの精神状況が心配になり、リーンハルトは思わず聞き返す。
エラリーは唇を噛み締めて黙り込んだものの、意を決したように顔を上げて言った。
「あれはまるで、服従のポーズでした。間違いなく、ルネ様はリーザ様に心酔し、服従しています。ルネ様は、この国の玉座にふさわしいのはリーザ様なのだと確信しているのです。このままでは、ルネ様とリーザ様はリーンハルト様の敵となることでしょう……っ」
「……ああ、まあ。それはそれで困るだろうなぁ……」
筆頭公爵家の次期当主と、王位継承権持ちの姫君が結託して叛意を抱いているというのがもし本当ならば、見過ごすことはできない。
だが、二人のひととなりを知っているリーンハルトは半信半疑であった。
とは言っても、顔色が悪くなるほど国の未来や兄妹の今後を思って心を痛めているエラリーのことを思うと、笑い話で終わらせることはできそうもなかった。
エラリーは、切々と訴えかけてくる。
「リーンハルト様とリーザ様が睦まじい兄妹であったのは、私もよく存じ上げております。元凶はルネ様なのでしょう。野心を抱き、リーザ様に良からぬことを吹き込んでいるのでは……。そうに違いありません!」
自分の考えに取り憑かれてしまったエラリーは、うっすらと瞳に涙を浮かべている。
王妃教育の賜物で、普段あまり感情の動きを見せない「塩」な彼女にここぞという二人きりの場面でこんな表情をされてしまうと、リーンハルトとしてはたまったものではない。
立ち上がって抱き寄せそうになったが、気合で衝動を押し込めた。
なんとか気を紛らわせようと、話を続けた。
「ルネのことは俺も知っているが、そんな男ではない。たしかに本人がその気になれば王家転覆できる実力はあるだろう、しかしあいつは争い事を何よりも嫌っている。ましてやそこに、自分の婚約者となったリーザを巻き込もうなんて考えているはずがない。そういう奴なんだ」
「ではどうして、リーザ様を『女王陛下』などとお呼びになるんですか? 服従のポーズをとりながら」
「その服従のポーズというのは一体なんだ。エラリーは、何を見てしまったんだ?」
ことの発端は、エラリーが見てしまった「何か」なのだろう。その思いから、リーンハルトは問いただす。
すると、エラリーは恥じらうように視線をさまよわせて、リーンハルトから目を逸らしたまま答えた。
「リーザ様の下になっていました」
「下? どういう意味だ?」
「そのままの意味です……。筆頭公爵家の次期当主と王家の姫であればどちらが上とも下とも言われぬ力関係でしょうに、ルネ様はまるで自分はリーザ様の臣下であるかのように振る舞っていました……っ」
んん? とリーンハルトは首を傾げた。普段は優秀で聞かれたことにはすらすらと過不足なく答えるエラリーなのに、今日はどうにも奥歯にものが挟まったような言い方をする。
具体的にどのような状況を目撃したのか、リーンハルトにはさっぱり伝わってこない。
「どうもわからないな。臣下のような振る舞いということは、婚約者であるエラリーが、俺の下で秘書官として働いているようなこの状況も該当すると思うのだが」
「それは意味が全然違います。いえ、その、リーンハルト様の疑問ももっともだとは思うのですが、あのお二人の上下はもっと直接的なものなのです!」
エラリーの反論から、どうも話が噛み合っていないことだけはリーンハルトもわかった。
その伝わらなさに、エラリーもまた歯がゆい思いを抱いているようで、長い睫毛を伏せて開け放たれたドアの方をちらっとうかがってから、リーンハルトに目を向けてきた。
「その……具体的に試してみたほうが……リーンハルト様にもわかっていただけるのかと思うのですが」
「なるほど?」
ドアを気にするようなことなんだな? と胸騒ぎを覚えつつ、リーンハルトは椅子から立ち上がった。
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