骨太の愛は見果てぬ夢で終わらせない

有沢真尋

文字の大きさ
8 / 8
【第二章】

【3】

しおりを挟む
「そうですね。でも鍵をかけると、中で何をしているのだと思われてしまいます。私たちはまだ婚約者であって、二人でいるのもあまり良くないでしょうに、仕事のタイミングでこうして二人きりになることはありますね。そのときに、ドアを閉めて鍵までかけてしまうと……」

 言わんとすることはわかる。エラリーは男性の姿をし、普通なら男性に割り当てられるような仕事をこなしてはいるが、中身はれっきとした未婚のご令嬢だ。リーンハルトとは婚約中で多少の目溢しもあるとはいえ、それをあてこんでひとに勘ぐられるようなことは厳に慎まなければならない。

「では、あのドアは開けたままにして、続きの間の方へ行くというのは? ドアから誰かが入ってきても、死角となっているからすぐに見られることはない」

 続きの間は、リーンハルトの個人的な蔵書を集めた小さな図書室となっている。本の劣化を防ぐために窓からの採光は最小限で薄暗く、調度品といえばソファや燭台を置くテーブルがあるだけの部屋だ。必要な資料を探していただけと言い逃れができる部屋で、二人でこもって怪しいことをしていたと思われる可能性はさほど高くない。

「そうですね……。私もそのほうが安心です」

 エラリーは答えるなり、颯爽と歩き出す。その後ろに続く形で、リーンハルトは一緒に続きの間へと足を踏み入れた。
 薄暗い部屋の中程まで進んでから、エラリーは覚悟を決めたような顔で振り返る。

「では、実践しますので、どうぞリーンハルト様もお付き合いくださいね?」
「わかった」

 緊張しながら答えたリーンハルトの前で、エラリーはすっとしゃがみこみ、床に手をつこうとした。考える前にリーンハルトの体が動き、一緒にしゃがみこんでエラリーの手首を掴む。

「……っ!?」
「倒れたのかと思った」

 驚いて目を見開いているエラリーに言うと、慌てた様子で「違います」とエラリーが反論した。

「これはルネ様のなさっていたことを真似ているだけです。ルネ様はこうして四つん這いとなり、背にリーザ様をのせて言っていたのですよ。女王様、と」

「……………………」

 リーンハルトは言葉を失い、押し黙った。
 その態度に傷ついたように、エラリーはさらに目を見開いて言い募る。

「嘘ではないのです! どうしても言葉にしにくい体勢でしたので、こう実践しているわけでして……。私には説明のつかないあれは、下剋上以外には考えられないのです!」

「その……俺の妹が我が麗しの婚約者殿をずいぶんと悩ませたようで、悪かった。兄として謝る」

「謝っていただくためにこのようなことをしているわけではありません! 私は心配しているんです! リーンハルト様はこの行為に、下剋上以外のどんな意味があるとお考えですか?」

「正直、俺にもわからない。だが、ルネには何か意味があるんじゃないか? 下剋上以外の。たぶん」

「わかりません! どうすればわかりますか? 私の頭が鈍いみたいで申し訳ないです。やっぱり、一度試してみるべきではないでしょうか。私がここで四つん這いになりますので、リーンハルト様は私にまたがってみてください」

「だめだ。それは絶対にだめだ。受け入れられない」

 涙目で訴えてくるエラリーに、リーンハルトは断固として言い返した。この一線は守らなければという真摯な気持ちでいっぱいだった。
 一方で、唇を噛み締めて悔しがっているエラリーを見ていると、自分がいじめてしまっているような後ろめたさで心がじくじくと痛む。
 このままではいけないと思い、リーンハルトから提案をした。

「エラリーに俺が乗ったら、体格差で潰してしまうだろう。ここはひとつ俺が下になるから、エラリーが俺の背に乗ってみろ。それなら実践してもいい」

「そんな……、私がリーンハルト様に乗ったら、それこそ下剋上ではありませんか! とんでもないです! リーンハルト様が私に乗ってください!」

「無理だ。お前は何を言っているんだ。いいから、エラリーは余計なことを考えないで俺に乗るんだ。ほら、誰かが来る前に早く」

 この話は長引かせてはいけない、早急に終えてしまおう。その一心で、リーンハルトはその場に四つん這いになり、エラリーを見て命じた。

「乗るんだ」
「……できません」
「いいから、やると言ったのは自分だろう。つべこべ言わずにやってみるんだ。俺に乗れ! エラリーが上になるんだ!」
「そんなのもう下剋上ですよ……」

 泣きそうになりながらも、生真面目なエラリーはそれ以上命令に逆らうことなく、立ち上がってリーンハルトの背を足でまたいだ。乗りますよ、と言いながら。
 背中にエラリーの重みとぬくもりを感じながら、リーンハルトは呻いて思わず呟いてしまった。

「これはなんというか、下剋上ではないが婚前交渉のようなものだな……」

 その次の瞬間、きゃあっと悲鳴を上げながらエラリーが飛び上がる。
 口元を手でおさえ、信じられないものを見るような目でリーンハルトを見て言った。

「申し訳ありませんっ。これは婚前交渉でしたか」
「待て。違う。いまのはたとえだ。してない、未遂だ。俺がお前の上に乗っていたら危なかったがぎりぎり防いだ。……聞け、エラリー!」

 話している最中に、エラリーが走り出したのでリーンハルトは慌てて追いかけた。
 
「なんということをしてしまったのでしょう、いまから陛下と父上に報告に参ります!」
「何をだ!? 何を報告する気だ!? あれは婚前交渉ではない、ただのお馬さんごっこだろう! あれで子どもはできないっ」

 とんでもないことを言い合いながら廊下を走る二人を、何人かの王宮仕えの者が目撃した。
 それからまことしやかに「どうもお馬さんごっこは高貴な方たちの間ではやっているらしい」という噂が囁かれたとかなんとか。



 エラリーとリーンハルトは、予定を早めてそれから間もなく盛大な結婚式を挙げた。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

dragon.9
2025.11.10 dragon.9
ネタバレ含む
2025.11.10 有沢真尋

dragon.9さま

感想ありがとうございます!!
フレデリク、自己肯定感高めなので(主がとても大切にしていたのでしょう)あんまりしゃべれないとか気にしてなさそうです……(*´∀`*)

たぶん周囲はちょっと変わってるって思ってますけど結婚後は「夫婦のことは夫婦にしかわからないんだな」ってみんな見てみぬふりをしているのではないかと……

解除
小判鮫
2025.11.10 小判鮫
ネタバレ含む
2025.11.10 有沢真尋

小判鮫さま

感想ありがとうございます!!
この夫婦のことはこの夫婦しかわからないけどきっと幸せなんだろうな~ということで!(*´∀`*)

解除

あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。

藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。 どうして、こんなことになってしまったんだろう……。 私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。 そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した…… はずだった。 目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全11話で完結になります。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国西方騎士団で治癒師として働くソフィアには、魔導騎士の恋人アルフォンスがいる。 平民のソフィアと子爵家三男のアルフォンスは身分差があり、周囲には交際を気に入らない人間もいるが、それでも二人は幸せな生活をしていた。 そんな中、先見の家門魔法により今年が23年ぶりの厄災の年であると告げられる。 厄災に備えて準備を進めるが、そんな中アルフォンスは魔獣の呪いを受けてソフィアの事を忘れ、魔力を奪われてしまう。 アルフォンスの魔力を取り戻すために禁術である魔力回路の治癒を行うが、その代償としてソフィア自身も恋人であるアルフォンスの記憶を奪われてしまった。 お互いを忘れながらも対外的には恋人同士として過ごす事になるが…。 番外編始めました。 世界観は緩めです。 ご都合主義な所があります。 誤字脱字は随時修正していきます。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。