聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~

有沢真尋

文字の大きさ
13 / 34
【第三章】

……にゃん

しおりを挟む
 振り上げた拳から、凄まじい光が迸る。
 真昼の明るさの中にあっても、そこに強烈な光が集中しているのが視認できるほどに。

(強い。それなのに、眩しく目を射ないのは、これが魔法の光だから……!?)

“リズの耳に何きかせてんだよゴミカス。死ねよ”

 聞き覚えのある声。
 蠱惑的で、官能に訴えかけるような美声が。
 とてつもなくガラの悪いセリフを口走っていた。

(声の温度が、違う……!)

 極寒。凄まじい冷気に襲われた錯覚に、リーズロッテは思わず両腕で自分の体を抱きしめた。それほどに、冷ややかで。
 ガラが悪い。

 命を奪うことに、少しの躊躇もなさそうな声。
 一体、どんな表情をしているのか。
 半透明の人影の向こうで、デヴィッドが腰を抜かしたように石段に座り込んだのが見えた。

“穿ち貫け 七色の光の王 ライトニング……”

 圧倒的な輝きを放つ光が、かの人の拳の中で矢の形状になり、その先がデヴィッドに向けられる。

(と……止める!? さすがに殺すのはやりすぎじゃなくて!?)

 硬直しながらリーズロッテは思考を巡らせ、目の前の相手に手を伸ばそうとした。
 その指はすうっと半透明のローブに吸い込まれる。
 声が、ふっと力を失って消えた。
 暗い色のローブがみるみる間に透き通り、フードをかぶったそのひとがリーズロッテを振り返る。
 そのときには足元だけでなく、頭部もほとんど消え失せていて、わずかに鼻筋と恐ろしく整った唇だけが見えた

“力が出ない……にゃん”

 一瞬、自分が「止めなければ」と思ったせいで、魔力が発動し、相手の姿をかき消すほど強く作用してしまったのかと。
 跡形もなく滅びてしまう? と、最悪の予想が駆け巡って動揺してしまったリーズロッテであったが。

 冷気一転、凄絶な色香すらまとった美声で弱々しげに甘えるように鳴かれて、それまでとは別の意味で固まる。
 にゃんと言われましても。

(……猫の擬態してた。この期に及んで。『にゃん』って語尾だけ猫にしてた。人間語と猫語まざっててなんかすごくエセ感ばくはつの。ジェラさん。ジェラさんよね?)

 言いたいことが多すぎて、逆に一言も口がきけないリーズロッテの前で、透明な人影は完全に消え失せた。
 数秒後、緊張がとけきらないまま、リーズロッテは肩ではーっと大きく息をする。
 同時に、周りのざわめきが急に意識にのぼってきた。

 ――聖女さまだっけ、あの子。
 ――伯爵令嬢だよ。
 ――魔法使えるの? 
 ――すごい光。
 ――光? そんなの見えなかった。
 ――何があったんだ?

 いっせいに押し寄せてくる声。
 痺れたように立ち尽くしたままそれを聞いていたリーズロッテは、かなり情報が錯綜していることに気づく。

(光が見えていないひともいる。少しでも見えるかどうかは、魔力のある無し? あれは魔法の光だった。それと……)

 おそらく、あのローブの人物が見えていたひとは、この場には自分以外いないのでは、という直感があった。
 光が見えたひとにも、その源はリーズロッテと誤認されている節がある。
 それは目の前のデヴィッドも同じらしい。
 何か凄まじい圧力によって転んでいたはずだが、すでに立ち上がっていて、リーズロッテに爛々とした好奇の目を向けていた。

「すばらしい。長らく魔法が使えないと言われていた話は、いったいなんだったのか。君はやはり、『聖女』の器の持ち主か」

(いまのは、わたくしでは)

 自称猫で、カフェスタッフによれば「聖獣」の仕業だと思います、と言いたかったが、デヴィッドを前にすると情けないほどに足がすくんで声が出てこなかった。
 そのリーズロッテの左横に、誰かが立った。

「女生徒にみだりに近づかないように、ヘイレン卿? 先日はランパード伯爵家でお会いしましたね。たしか、あのときのお話ですとクララ嬢との件を進めていたのではなかったですか。相手を間違えていますよ」
「殿下」

 前に進み出てリーズロッテをかばうように立ったのは、黒髪の後ろ姿。第三王子のアーノルド。デヴィッドが、一歩ひいたのが視界ぎりぎりに見えた。
 一方、右隣にもよく知った気配。
「お待たせ、リズ。一緒に昼食にしよう」
 見るだけで心強くなるような、美貌の持ち主。いまは女性の姿をしているジャスティーン。

「殿下におきましては、何か誤解があるようですが。当家がランパード家のとの縁談を進めているのは事実ですが、私から申し込んでいるのはリーズロッテお嬢さんです。クララお嬢さんと、というのは手違いであって」

 デヴィッドの耳障りな言い訳に対し、ふっと、アーノルドが息を吐いた気配があった。
 答えた声は平坦であり、感情は特にのせられていなかった。

「そうなんですか。これは失礼した。その件、いま一度確認しておきます。ところで、ここは学校です。卒業生が大きな顔をしているのは、それほどかっこよくないですよ。嫌がる在校生に馴れ馴れしくしているのも、どうかと思います。稀に、そういう先輩がいないこともないですけど。後輩にしか相手にされなくて、自分の居場所が卒業した学校以外どこにもないのかな、と心配になるんですよ。ご健勝ですか?」

 さらさらっと言ったアーノルドに対し、ジャスティーンが「殿下、本当のこと言い過ぎ。相手の立場も少しだけ考えてあげたら、殿下は王族なんだし」と感じの良い口調で意見を述べた。爽やかさにごまかされかけたが、特にデヴィッドをフォローする内容ではない、とリーズロッテは鋭く気づいてしまった。

「リーズロッテお嬢さん」

 言われっぱなしだったデヴィッドが、アーノルドの体を避けるように上半身を傾けて、リーズロッテに切実なまなざしで訴えかけてきた。
 その瞬間、アーノルドとジャスティーンの放つ空気が変わった。

「帰れと言われないと、わからないのか。女生徒へのつきまといは、問題行為だ。学校に訴え出るなんて、中途半端なことでは終わらせないぞ。今のうちに去れ」

 叩きつけるように言い放ったのは、アーノルド。
 その気迫にさすがに分の悪さを悟ったらしく、デヴィッドは「では、また改めて」と言って歩き出した。
 すれ違いざま、その目がリーズロッテを捉える。視線を感じたリーズロッテは、返事をすることなく、体を強張らせてやり過ごした。

「大丈夫だった? 何もされていない? まさか構内まで入り込んでくるとは」

 ジャスティーンに、優しく声をかけられる。
 リーズロッテは呼吸を整えて笑みを作り、「大丈夫」と答えた。

「リズ狙いというのを、思いの外はっきり言ってきたな。この後はどんな手段に出てくるかわからない。リズ、身辺は本当に気をつけた方が良い」

 デヴィッドが消えた方向に目を向けながら、アーノルドは考えながら言う。

「手段?」
「今は外道だと認識されているけれど、昔あった方法だ。射止めたい相手を手篭めにして、既成事実をたてに『もう婚姻は成ったも同然。自分と結婚する以外にない』と脅す。『娘が傷物にされたとしても、責任をとってくれるなら』と、婚約が成ったこともあるとか」

 包み隠すことなく言うアーノルドに、リーズロッテは笑みを強張らせつつ、「わたくし、子どもよ」と言った。
 アーノルドとジャスティーンは渋い表情で顔を見合わせる。
 話を継いだのはジャスティーンであった。

「そんな方法で相手を手に入れようとするような輩には、禁忌なんかない」

 だから、くれぐれも身の周りには気をつけて、と懇願するように続けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...