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【第三章】
光あれ
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“待ってたにゃ。お腹が空いていたにゃん……!!”
夕方。
リーズロッテがカフェ・シェラザードに行くと、萎れきった聖獣ジェラさんが待ち構えていた。
聞きたいことも言いたいこともたくさんあったリーズロッテだが、その弱々しい姿に言葉を飲み込む。
気の毒に思い、意識して優しく声をかけた。
「もしかして、わたくしが来ない間は何も食べていないの?」
“メシ係が何か持ってくるけど。皿に口をつけて勝手に食べてろって出されても嫌に決まってる、にゃん。俺はリズに手ずから食べさせて欲しいんだ……にゃん”
「『にゃん』は、無理しないで。とってつけたような猫擬態感がすごくて、話に集中できないわ」
よよよ、と泣き崩れるかのようにうなだれたジェラさんに対して、リーズロッテは率直に言った。
料理は、顔なじみとなった店員の「エルさん」にオーダー済み。エルというひとは、初日に子どもの外見であるリーズロッテを無下にせず、丁寧に対応してくれた店員で、以来リーズロッテ担当のようになっている。
待ちながら、リーズロッテはジェラさんの様子をうかがう。猫の姿は透明になることもなく実体感があり、今すぐに消えてしまう様子はない。
(いきなり切り出しても、シラを切るかもしれないわね……!)
ひとまず、先日、朝起きたらジェラさんが突然いなくなっていた件を話題にすることにした。
「わたくしもなかなか来られなかったけど、あなたもあの時以来、部屋に来ることもなく全然姿を見せなかったわね。ここから離れるのに、力を使うの?」
“うん。もう少し、魔力が回復しないと、安定しない”
吐息にすら官能を漂わせる、美声。囁きの音量なのに、騒がしい店内でも、リーズロッテにははっきりと聞こえる。おそらくそれは本物の音声ではなく、魔力を介しているから。
深緑色の双眸が、じっとリーズロッテを見つめてきた。目を逸らせなくなる。
全身が痺れたように身動きもできず、頭の芯がぼうっとした。
「お待たせしましたー。網焼きハンバーグと鶏の手羽、イワシのフライです。熱いのでお気をつけて」
ジェラさんとリーズロッテの間の不可解な空気が、その一言で霧散する。
カウンターの奥から「エルさん」が次々と皿を並べていくところだった。
店員と客の距離感を掴みかねているリーズロッテは「ありがとう」と控えめに言って、頭を下げる。二人分用意されたフォークの一つを手に取り、イワシを刺してジェラさんに差し出した。
ひげをピンとさせ、はぐっと一口で食べると、ジェラさんは瞳に満足げな光を宿す。はふぅ、とひげまでうっとりさせてもぐもぐ咀嚼。
そのご満悦な様子を見て、フォークでイワシをもうひとつ刺しながら、リーズロッテは話を再開した。
「今日、学校に来た? ひとの姿で」
はぐはぐはぐ。
ごっくん。
“うんにゃ?”
(……どっち!!)
食べる合間に中途半端な返事をされて、リーズロッテは心の中で叫んだ。
「“力が出ないにゃん”って言って消えちゃった、なぞの透明人間が。見えたのはおそらく、わたくしだけ。魔法の……、あなただと思ったのだけど。あれが本当の姿なの?」
にゃ、と前足で鶏手羽の皿を示されて、リーズロッテはナイフとフィークで肉をこそげ取り、フォークに刺して差し出した。
大変嬉しそうにそれを一口で食べてから、ジェラさんは晴れやかに言った。
“こうやってリズに食べ物をもらって、一緒のベッドで寝させてもらって、できるだけ近くに置いてもらえたら、本当の姿を取り戻せる。だから、今晩も行くよ”
「それでどうして、魔力が回復するのかしら」
“むしろそれでどうして回復しない? 好きな相手と食事して、一緒に寝るって最高の癒やしだぜ”
まるで耳元で囁かれたかのような感覚があり、顔を上げると、猫が見ていた。
猫である。まごうことなき。
つやっつやの毛並みの、いささか大きい、猫。慈しむように、目を細めている。
(猫に、好きって言われてる……)
はからずも見つめ合ってしまい、だんだん顔が赤くなってくるのを感じて俯いてやり過ごそうとした。
相手は猫、それもかなり得体のしれない、と自分に言い聞かせる。
考え違いでなければ「好き」は告白の類だとは思うのだが、猫だからカウントしなくてもいいはず。
猫、猫。念じ続けているうちに、ふっと昼間自分をかばうように目の前に立った、暗いローブをまとう背の高い後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
(猫じゃなかったら?)
振り返る。顔の見えない男。いまは実体がない。彼がもしこの先、魔力のすべてを取り戻す日がきたら――
“食べよう”
ジェラさんの要求に従って、食事をその口に向かって差し出しながら、リーズロッテはその考えを打ち消そうとした。
たとえ彼が実体をもつ人間であっても、自分は子どもの身。何もあるはずがない。告白されても、恋にはならない。
食事を終える頃、ジャスティーンが迎えに来た。
カウンターの上からジェラさんは見送っていたが、その夜、予告通り追いかけてきて窓の外から呼びかけてきた。
“一緒に寝よう!! にゃん”
もちろん、猫の姿で。
* * *
数日おきに、シェラザードで食事をした。
ジェラさんは、その晩は必ず部屋に現れた。
そんなある日、異変が起きた。
(いない?)
「私も初めてなんですよね。今日は姿が見えないんです」
「そう……」
いつもどおりの賑やかな店内で、聖獣ジェラさんの定位置は、もぬけのから。リーズロッテを迎えて席に通してくれた「エルさん」も困り顔であった。
リーズロッテも、心配をかけてはいけないと思いつつ、落ち込んだのをうまく隠しきれない。
「いつも通り、メニューはお任せで大丈夫ですか。あの、ジェラさんがいつ戻るかわからないから、少な目に」
「なんでもいい。お願い」
短く会話を済ませて、運ばれてきた料理をひとりでもそもそと食べ始める。
(少な目でも多い。ジェラさんがいないと、食べきれない)
普段は気にならない周りの騒がしさにも居場所のなさを感じ、ジャスティーンが迎えに来るまで待てるかな、と思っていた矢先のこと。
「お嬢ちゃん、ひとり? おとなは一緒じゃないの?」
「お、すげー可愛い! ちょっとこっちのテーブルに来いよ!」
「なんだ、しゃべれねーのか? 良いもの着てるけど、いいところの嬢ちゃんか? お高くとまってんなあ」
頭上から影が落ちてきて、はっとリーズロッテは振り返る。
近くの席にいた男性客たちが、立ち上がってそばまで来ていた。まるで他の客席からの視線を遮断するように、ぐるりと囲まれている。
「お客様! 他のお客様のご迷惑になるような行為はやめてください!」
エルの澄んだ声が聞こえたが、男の中の一人が構わずリーズロッテの腕に掴みかかってきた。
太い五指が腕に食い込み、あっという間に椅子から引きずり降ろされる。その瞬間「きゃっ」と声が出たが、悲鳴というほど大きな声ではない。ばたばた、とそばまでエルが走り込んできた。
「やめてくださいって言ってるじゃないですか! 何してるんですか!?」
「うるせえな!」
一人が腕を振り回した。わずかな隙間から、掴みかかっていたらしいエルが敢え無くふっとばされたのが見えた。
がしゃん、と背中からテーブルに突っ込む。
「やめて!」
リーズロッテはそこでようやく声が出た。
エルは、すぐに立ち上がる。
「子ども相手に何してるって言ってるんです! お客様だからってゆるしませんよ!」
痩せていて、男性としては小柄なエルだが、職業意識の強さなのか、男たちに一歩もひかずに吠える。
リーズロッテに向かっていた男たちの注意が、そちらに向かった。
その隙に、リーズロッテは男たちの足の間をすり抜けるように包囲を逃れて、エルの元まで走った。
「なんだ、結構可愛い顔してるなお前。俺らのテーブルについてくれるか?」
(いけない。今度は標的がエルさんに!)
男のひとりが、エルに掴みかかろうとする。
何も出来ぬまま硬直したリーズロッテの目の前で、エルは目を細めて、タイミングをみはからったかのように腕を差し出した。
その手が男に触れた瞬間、突如として燃え盛る炎が出現した。
「う……わああああああ」
男が悲鳴を上げる中、エルはすばやくリーズロッテを振り返って、にこりと微笑む。
その顔を見たところで、記憶が像を結ぶ。寄宿舎や、構内で見たことがある。「カフェ店員のエルさん」が、同じ学校の生徒だと気づいた。
「リズさん、下がっていてください」
かばいながら言われて、リーズロッテは小声で確認するように呟く。
「魔法」
(いまの、魔法だった。このひと、魔法が使えるんだ。「魔法学」は受けていないから、魔力があること自体隠しているのかもしれないけど。話してみたい)
リーズロッテを背に、エルは男たちと喧々囂々のやりとりをしている。そのうち業を煮やした男に手を出されかけていたが、飛び込んできた人影がそれを阻止した。
「ここは食事をするところで喧嘩する場所じゃねえって言ってんだろうが!」
知っている声。見覚えのある、後ろ姿。
(アーノルド殿下。普段調理場にいるけど、出てきてくれた……!)
もともとシェラザードに通うようになったのは、ジャスティーンがいなくてもアーノルドが常駐しているからだ。
これで大丈夫。
安堵の溜息をこぼしたところで。
つま先が宙に浮いた。
エルやアーノルドがやりあっている相手とは別の男に、抱え上げられたというのは遅れて気づいた。
「やだ! たすけて!」
声に気づいたエルが手を伸ばしてくるが、思い切りはねのけられて床に転がってしまう。
アーノルドも囲まれていて、すぐには来れない。
「やだ、はなして、たすけてっ」
リーズロッテを抱えた男は、一目散に戸口へと向かって走り出した。
(誘拐されてしまう)
抵抗することもできずに、もはやなすすべもないと胸を痛めていたそのとき。
ふっと、風が吹いた。
目指す戸口に誰かが立っている。
それは、暗いローブをまとい、フードを目深にかぶった背の高い人物。
立ち止まらず、ゆっくりと近づいてくる。
リーズロッテを抱えた男とすれ違う瞬間、手を伸ばしてきて、男の腹の辺りに触れた。
「光あれ」
ずっと魔力を介してリーズロッテの心の中に直接届けられていた美声が、鼓膜を震わせるほどの実感を伴って、現実の空間に響いた。
夕方。
リーズロッテがカフェ・シェラザードに行くと、萎れきった聖獣ジェラさんが待ち構えていた。
聞きたいことも言いたいこともたくさんあったリーズロッテだが、その弱々しい姿に言葉を飲み込む。
気の毒に思い、意識して優しく声をかけた。
「もしかして、わたくしが来ない間は何も食べていないの?」
“メシ係が何か持ってくるけど。皿に口をつけて勝手に食べてろって出されても嫌に決まってる、にゃん。俺はリズに手ずから食べさせて欲しいんだ……にゃん”
「『にゃん』は、無理しないで。とってつけたような猫擬態感がすごくて、話に集中できないわ」
よよよ、と泣き崩れるかのようにうなだれたジェラさんに対して、リーズロッテは率直に言った。
料理は、顔なじみとなった店員の「エルさん」にオーダー済み。エルというひとは、初日に子どもの外見であるリーズロッテを無下にせず、丁寧に対応してくれた店員で、以来リーズロッテ担当のようになっている。
待ちながら、リーズロッテはジェラさんの様子をうかがう。猫の姿は透明になることもなく実体感があり、今すぐに消えてしまう様子はない。
(いきなり切り出しても、シラを切るかもしれないわね……!)
ひとまず、先日、朝起きたらジェラさんが突然いなくなっていた件を話題にすることにした。
「わたくしもなかなか来られなかったけど、あなたもあの時以来、部屋に来ることもなく全然姿を見せなかったわね。ここから離れるのに、力を使うの?」
“うん。もう少し、魔力が回復しないと、安定しない”
吐息にすら官能を漂わせる、美声。囁きの音量なのに、騒がしい店内でも、リーズロッテにははっきりと聞こえる。おそらくそれは本物の音声ではなく、魔力を介しているから。
深緑色の双眸が、じっとリーズロッテを見つめてきた。目を逸らせなくなる。
全身が痺れたように身動きもできず、頭の芯がぼうっとした。
「お待たせしましたー。網焼きハンバーグと鶏の手羽、イワシのフライです。熱いのでお気をつけて」
ジェラさんとリーズロッテの間の不可解な空気が、その一言で霧散する。
カウンターの奥から「エルさん」が次々と皿を並べていくところだった。
店員と客の距離感を掴みかねているリーズロッテは「ありがとう」と控えめに言って、頭を下げる。二人分用意されたフォークの一つを手に取り、イワシを刺してジェラさんに差し出した。
ひげをピンとさせ、はぐっと一口で食べると、ジェラさんは瞳に満足げな光を宿す。はふぅ、とひげまでうっとりさせてもぐもぐ咀嚼。
そのご満悦な様子を見て、フォークでイワシをもうひとつ刺しながら、リーズロッテは話を再開した。
「今日、学校に来た? ひとの姿で」
はぐはぐはぐ。
ごっくん。
“うんにゃ?”
(……どっち!!)
食べる合間に中途半端な返事をされて、リーズロッテは心の中で叫んだ。
「“力が出ないにゃん”って言って消えちゃった、なぞの透明人間が。見えたのはおそらく、わたくしだけ。魔法の……、あなただと思ったのだけど。あれが本当の姿なの?」
にゃ、と前足で鶏手羽の皿を示されて、リーズロッテはナイフとフィークで肉をこそげ取り、フォークに刺して差し出した。
大変嬉しそうにそれを一口で食べてから、ジェラさんは晴れやかに言った。
“こうやってリズに食べ物をもらって、一緒のベッドで寝させてもらって、できるだけ近くに置いてもらえたら、本当の姿を取り戻せる。だから、今晩も行くよ”
「それでどうして、魔力が回復するのかしら」
“むしろそれでどうして回復しない? 好きな相手と食事して、一緒に寝るって最高の癒やしだぜ”
まるで耳元で囁かれたかのような感覚があり、顔を上げると、猫が見ていた。
猫である。まごうことなき。
つやっつやの毛並みの、いささか大きい、猫。慈しむように、目を細めている。
(猫に、好きって言われてる……)
はからずも見つめ合ってしまい、だんだん顔が赤くなってくるのを感じて俯いてやり過ごそうとした。
相手は猫、それもかなり得体のしれない、と自分に言い聞かせる。
考え違いでなければ「好き」は告白の類だとは思うのだが、猫だからカウントしなくてもいいはず。
猫、猫。念じ続けているうちに、ふっと昼間自分をかばうように目の前に立った、暗いローブをまとう背の高い後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
(猫じゃなかったら?)
振り返る。顔の見えない男。いまは実体がない。彼がもしこの先、魔力のすべてを取り戻す日がきたら――
“食べよう”
ジェラさんの要求に従って、食事をその口に向かって差し出しながら、リーズロッテはその考えを打ち消そうとした。
たとえ彼が実体をもつ人間であっても、自分は子どもの身。何もあるはずがない。告白されても、恋にはならない。
食事を終える頃、ジャスティーンが迎えに来た。
カウンターの上からジェラさんは見送っていたが、その夜、予告通り追いかけてきて窓の外から呼びかけてきた。
“一緒に寝よう!! にゃん”
もちろん、猫の姿で。
* * *
数日おきに、シェラザードで食事をした。
ジェラさんは、その晩は必ず部屋に現れた。
そんなある日、異変が起きた。
(いない?)
「私も初めてなんですよね。今日は姿が見えないんです」
「そう……」
いつもどおりの賑やかな店内で、聖獣ジェラさんの定位置は、もぬけのから。リーズロッテを迎えて席に通してくれた「エルさん」も困り顔であった。
リーズロッテも、心配をかけてはいけないと思いつつ、落ち込んだのをうまく隠しきれない。
「いつも通り、メニューはお任せで大丈夫ですか。あの、ジェラさんがいつ戻るかわからないから、少な目に」
「なんでもいい。お願い」
短く会話を済ませて、運ばれてきた料理をひとりでもそもそと食べ始める。
(少な目でも多い。ジェラさんがいないと、食べきれない)
普段は気にならない周りの騒がしさにも居場所のなさを感じ、ジャスティーンが迎えに来るまで待てるかな、と思っていた矢先のこと。
「お嬢ちゃん、ひとり? おとなは一緒じゃないの?」
「お、すげー可愛い! ちょっとこっちのテーブルに来いよ!」
「なんだ、しゃべれねーのか? 良いもの着てるけど、いいところの嬢ちゃんか? お高くとまってんなあ」
頭上から影が落ちてきて、はっとリーズロッテは振り返る。
近くの席にいた男性客たちが、立ち上がってそばまで来ていた。まるで他の客席からの視線を遮断するように、ぐるりと囲まれている。
「お客様! 他のお客様のご迷惑になるような行為はやめてください!」
エルの澄んだ声が聞こえたが、男の中の一人が構わずリーズロッテの腕に掴みかかってきた。
太い五指が腕に食い込み、あっという間に椅子から引きずり降ろされる。その瞬間「きゃっ」と声が出たが、悲鳴というほど大きな声ではない。ばたばた、とそばまでエルが走り込んできた。
「やめてくださいって言ってるじゃないですか! 何してるんですか!?」
「うるせえな!」
一人が腕を振り回した。わずかな隙間から、掴みかかっていたらしいエルが敢え無くふっとばされたのが見えた。
がしゃん、と背中からテーブルに突っ込む。
「やめて!」
リーズロッテはそこでようやく声が出た。
エルは、すぐに立ち上がる。
「子ども相手に何してるって言ってるんです! お客様だからってゆるしませんよ!」
痩せていて、男性としては小柄なエルだが、職業意識の強さなのか、男たちに一歩もひかずに吠える。
リーズロッテに向かっていた男たちの注意が、そちらに向かった。
その隙に、リーズロッテは男たちの足の間をすり抜けるように包囲を逃れて、エルの元まで走った。
「なんだ、結構可愛い顔してるなお前。俺らのテーブルについてくれるか?」
(いけない。今度は標的がエルさんに!)
男のひとりが、エルに掴みかかろうとする。
何も出来ぬまま硬直したリーズロッテの目の前で、エルは目を細めて、タイミングをみはからったかのように腕を差し出した。
その手が男に触れた瞬間、突如として燃え盛る炎が出現した。
「う……わああああああ」
男が悲鳴を上げる中、エルはすばやくリーズロッテを振り返って、にこりと微笑む。
その顔を見たところで、記憶が像を結ぶ。寄宿舎や、構内で見たことがある。「カフェ店員のエルさん」が、同じ学校の生徒だと気づいた。
「リズさん、下がっていてください」
かばいながら言われて、リーズロッテは小声で確認するように呟く。
「魔法」
(いまの、魔法だった。このひと、魔法が使えるんだ。「魔法学」は受けていないから、魔力があること自体隠しているのかもしれないけど。話してみたい)
リーズロッテを背に、エルは男たちと喧々囂々のやりとりをしている。そのうち業を煮やした男に手を出されかけていたが、飛び込んできた人影がそれを阻止した。
「ここは食事をするところで喧嘩する場所じゃねえって言ってんだろうが!」
知っている声。見覚えのある、後ろ姿。
(アーノルド殿下。普段調理場にいるけど、出てきてくれた……!)
もともとシェラザードに通うようになったのは、ジャスティーンがいなくてもアーノルドが常駐しているからだ。
これで大丈夫。
安堵の溜息をこぼしたところで。
つま先が宙に浮いた。
エルやアーノルドがやりあっている相手とは別の男に、抱え上げられたというのは遅れて気づいた。
「やだ! たすけて!」
声に気づいたエルが手を伸ばしてくるが、思い切りはねのけられて床に転がってしまう。
アーノルドも囲まれていて、すぐには来れない。
「やだ、はなして、たすけてっ」
リーズロッテを抱えた男は、一目散に戸口へと向かって走り出した。
(誘拐されてしまう)
抵抗することもできずに、もはやなすすべもないと胸を痛めていたそのとき。
ふっと、風が吹いた。
目指す戸口に誰かが立っている。
それは、暗いローブをまとい、フードを目深にかぶった背の高い人物。
立ち止まらず、ゆっくりと近づいてくる。
リーズロッテを抱えた男とすれ違う瞬間、手を伸ばしてきて、男の腹の辺りに触れた。
「光あれ」
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