23 / 34
【第四章】
祭りの前に
しおりを挟む
汽車を下りたら、ホテルは駅からさほど離れていないからと、徒歩での移動となった。
てっきり馬車が迎えに来ていると思っていたリーズロッテは、駅舎を出たところで係員に渡されたトランクを気合を入れて持ち上げる。
横から、ひょいっと伸びてきた手に奪われた。
「持ちますよ。これだけ男手があって、体の小さなあなたに大きな荷物を持たせているわけにはいかない」
ごく当然のように言ったのは、眼鏡の奥の目を優しく細めたマクシミリアン。彼はアーノルドのお目付け役で世話係のはず、とリーズロッテは焦って手を伸ばした。
「大丈夫です。マクシミリアンさんは殿下の荷物もありますよねっ」
「殿下はご自分で持つので大丈夫です」
「あっ、でも、両手がふさがってしまっては、何かあったときに……」
アーノルドやジャスティーンが連れ立って出るということは、要人警護の護衛がどこかについてきているのかもしれないが、王子のすぐ近くにいるマクシミリアンが緊急時に動けないわけにはいかない。
どうにか断らねばと、リーズロッテがあわあわしていると、マクシミリアンはふふっと柔らかく笑った。
「ご心配なく。いざというとき、殿下はご自分でどうにかします。何かあっても、ジャスティーンもいます。リーズロッテ嬢が気にするのは、はぐれないようにすることです。祭りの人出で、道が大変混んでいますよ」
「はい。ありがとうございます」
口ぶりは優しいが、譲る気配はない。押し問答している間に、アーノルドもジャスティーンも歩き出したのを視界の端にみとめて、リーズロッテは引き下がることにした。
特別車両の止まったホームでは他に下車するひとはいなかったし、駅舎の外までは駅員のエスコートで一般とは別の出口まで案内されたが、一歩外に出れば駅前は見たこともないくらい人が押し合いへし合いしている有様だった。リーズロッテは、こくっと唾を呑み込んだ。
(はぐれないように、って真面目な忠告よね)
子どもの姿なので、大人たちに囲まれたらあっという間に視界をふさがれてしまう。誰かのジャケットの裾を掴ませてもらった方が良いかも、と視線を泳がせたところで、右手を掴まれた。
「おい、眼鏡。リズの荷物は俺が持つ。お前は自分のやることをやってろ」
リーズロッテの小さな手が、すっぽりと包まれてしまうほど大きな手。見上げると、いつもながらの整いすぎたジェラさんの横顔が、剣呑な表情を浮かべてマクシミリアンを睨みつけていた。
「ジェラさんがそれで良いなら、こちらは別に意地を張るところでもないので」
言い争うことはなく、マクシミリアンはトランクを渡してくる。空いた右手でそれを受け取ったジェラさんは、リーズロッテに目を向けることなく「行くぞ」と低い声で言って歩き出した。
「ジェラさんって、荷物を持つことあるの? ジェラさんが?」
ひとまず歩き出しながら、リーズロッテは目を丸くして尋ねてしまう。ジェラさんは、人だかりを鬱陶しそうに睨みつけながら、繋いだ左手にきゅっと力を込めて、いかにも面倒な様子で答えた。
「ねぇよ。いまだけだ」
「どうして?」
どういう風の吹き回しなのかと、思わず食い下がる。ジェラさんは長いまつげを伏せて、宝玉のような緑の目でリーズロッテを見つめ、いかにも気怠げに息を吐き出した。
「リズの荷物を、俺以外の男に持たせるわけにはいかない。これ以上の説明が必要?」
顔面凶器が、無造作に本領を発揮していた。
憂いを含んでいてさえ、強く輝く緑の瞳に射すくめられた一瞬、息が止まる。
「ごめんなさい」
「謝るなよ。一から十まで全部説明しても、てんで鈍くて何もわかってないリズのその感じ、結構好きなんだ。リズ以外だったら、許さねぇけどな」
言葉がいちいち不穏で、怒られているわけではないとわかっていてさえ、心臓がひゅっと縮む。そのせいで、うまく受け止められない。
(ジェラさんにとってわたくしは「聖女」だから、特別って意味よね……?)
もう少し優しく話してくれても良いのにと思うが、それは人外である彼には望みすぎなのだと、わかっているつもりだ。
わかりにくいからといって、彼が優しくないわけではない。そもそも、リーズロッテとの生活の中で、ジェラさん自身、自分の言葉が「わかりにくい」ことを自覚して、どうにか歩み寄ろうとしている気配は感じる。
「おお、祭りって『火祭り』か。夜は盛り上がるだろうな」
不意にジェラさんが、楽しげな声を上げた。
リーズロッテは、ぎゅっとジェラさんの手を握り返しながら、その視線の先を見る。
駅前広場に、彩色の施された巨大な人形らしきものが設置されていた。
「火祭りって、どういうお祭りなんですか?」
全然知識のなかったリーズロッテが尋ねると、口の端を吊り上げたジェラさんが楽しげに話し出す。
「日が落ちてから、花火を打ち上げて、爆竹を鳴らし、あの人形を燃やし尽くすんだ」
「燃やす?」
慌てて人形をもう一度見ようとしたとき、さっと目の前を人が横切って、視界が塞がれる。しかも、鼻先のぶつかるすれすれ。リーズロッテが目を見開いたところで、ジェラさんにぐっと手を引かれる。勢いがあって、振り返ったタイミングでどん、とジェラさんの体にぶつかってしまった。
「立ち止まらない方が良さそうだな。人形はまた後でも見ることができる。行くぞ」
言いながら、ジェラさんが軽々とリーズロッテを片腕で抱え上げる。
「ちょ……! 歩けます!」
(普段荷物を持たないジェラさんに!? 荷物どころかわたくしが運ばれるなんて!)
とんでもないことになっていると、リーズロッテは慌てて降りようとしたが、かえって強く抱え直されてしまった。
「落とさねぇよ、暴れるな。踏み潰されたくなきゃ俺に抱えられてろ」
それだけ言って、ジェラさんは歩き出す。もう絶対に聞き入れられることはないと察したリーズロッテは口をつぐんで黙り込んだ。
そして、ちらっと広場を振り返り、夜には焼かれてしまうという人形を見た。
ローブを羽織った魔法使いのような姿。
それはこころなしか、ジェラさんの魔法使い姿を思い起こさせた。
ジェラさんが炎に巻かれて燃やし尽くされる光景を幻視しそうになり、リーズロッテは慌てて視線を逸らした。
てっきり馬車が迎えに来ていると思っていたリーズロッテは、駅舎を出たところで係員に渡されたトランクを気合を入れて持ち上げる。
横から、ひょいっと伸びてきた手に奪われた。
「持ちますよ。これだけ男手があって、体の小さなあなたに大きな荷物を持たせているわけにはいかない」
ごく当然のように言ったのは、眼鏡の奥の目を優しく細めたマクシミリアン。彼はアーノルドのお目付け役で世話係のはず、とリーズロッテは焦って手を伸ばした。
「大丈夫です。マクシミリアンさんは殿下の荷物もありますよねっ」
「殿下はご自分で持つので大丈夫です」
「あっ、でも、両手がふさがってしまっては、何かあったときに……」
アーノルドやジャスティーンが連れ立って出るということは、要人警護の護衛がどこかについてきているのかもしれないが、王子のすぐ近くにいるマクシミリアンが緊急時に動けないわけにはいかない。
どうにか断らねばと、リーズロッテがあわあわしていると、マクシミリアンはふふっと柔らかく笑った。
「ご心配なく。いざというとき、殿下はご自分でどうにかします。何かあっても、ジャスティーンもいます。リーズロッテ嬢が気にするのは、はぐれないようにすることです。祭りの人出で、道が大変混んでいますよ」
「はい。ありがとうございます」
口ぶりは優しいが、譲る気配はない。押し問答している間に、アーノルドもジャスティーンも歩き出したのを視界の端にみとめて、リーズロッテは引き下がることにした。
特別車両の止まったホームでは他に下車するひとはいなかったし、駅舎の外までは駅員のエスコートで一般とは別の出口まで案内されたが、一歩外に出れば駅前は見たこともないくらい人が押し合いへし合いしている有様だった。リーズロッテは、こくっと唾を呑み込んだ。
(はぐれないように、って真面目な忠告よね)
子どもの姿なので、大人たちに囲まれたらあっという間に視界をふさがれてしまう。誰かのジャケットの裾を掴ませてもらった方が良いかも、と視線を泳がせたところで、右手を掴まれた。
「おい、眼鏡。リズの荷物は俺が持つ。お前は自分のやることをやってろ」
リーズロッテの小さな手が、すっぽりと包まれてしまうほど大きな手。見上げると、いつもながらの整いすぎたジェラさんの横顔が、剣呑な表情を浮かべてマクシミリアンを睨みつけていた。
「ジェラさんがそれで良いなら、こちらは別に意地を張るところでもないので」
言い争うことはなく、マクシミリアンはトランクを渡してくる。空いた右手でそれを受け取ったジェラさんは、リーズロッテに目を向けることなく「行くぞ」と低い声で言って歩き出した。
「ジェラさんって、荷物を持つことあるの? ジェラさんが?」
ひとまず歩き出しながら、リーズロッテは目を丸くして尋ねてしまう。ジェラさんは、人だかりを鬱陶しそうに睨みつけながら、繋いだ左手にきゅっと力を込めて、いかにも面倒な様子で答えた。
「ねぇよ。いまだけだ」
「どうして?」
どういう風の吹き回しなのかと、思わず食い下がる。ジェラさんは長いまつげを伏せて、宝玉のような緑の目でリーズロッテを見つめ、いかにも気怠げに息を吐き出した。
「リズの荷物を、俺以外の男に持たせるわけにはいかない。これ以上の説明が必要?」
顔面凶器が、無造作に本領を発揮していた。
憂いを含んでいてさえ、強く輝く緑の瞳に射すくめられた一瞬、息が止まる。
「ごめんなさい」
「謝るなよ。一から十まで全部説明しても、てんで鈍くて何もわかってないリズのその感じ、結構好きなんだ。リズ以外だったら、許さねぇけどな」
言葉がいちいち不穏で、怒られているわけではないとわかっていてさえ、心臓がひゅっと縮む。そのせいで、うまく受け止められない。
(ジェラさんにとってわたくしは「聖女」だから、特別って意味よね……?)
もう少し優しく話してくれても良いのにと思うが、それは人外である彼には望みすぎなのだと、わかっているつもりだ。
わかりにくいからといって、彼が優しくないわけではない。そもそも、リーズロッテとの生活の中で、ジェラさん自身、自分の言葉が「わかりにくい」ことを自覚して、どうにか歩み寄ろうとしている気配は感じる。
「おお、祭りって『火祭り』か。夜は盛り上がるだろうな」
不意にジェラさんが、楽しげな声を上げた。
リーズロッテは、ぎゅっとジェラさんの手を握り返しながら、その視線の先を見る。
駅前広場に、彩色の施された巨大な人形らしきものが設置されていた。
「火祭りって、どういうお祭りなんですか?」
全然知識のなかったリーズロッテが尋ねると、口の端を吊り上げたジェラさんが楽しげに話し出す。
「日が落ちてから、花火を打ち上げて、爆竹を鳴らし、あの人形を燃やし尽くすんだ」
「燃やす?」
慌てて人形をもう一度見ようとしたとき、さっと目の前を人が横切って、視界が塞がれる。しかも、鼻先のぶつかるすれすれ。リーズロッテが目を見開いたところで、ジェラさんにぐっと手を引かれる。勢いがあって、振り返ったタイミングでどん、とジェラさんの体にぶつかってしまった。
「立ち止まらない方が良さそうだな。人形はまた後でも見ることができる。行くぞ」
言いながら、ジェラさんが軽々とリーズロッテを片腕で抱え上げる。
「ちょ……! 歩けます!」
(普段荷物を持たないジェラさんに!? 荷物どころかわたくしが運ばれるなんて!)
とんでもないことになっていると、リーズロッテは慌てて降りようとしたが、かえって強く抱え直されてしまった。
「落とさねぇよ、暴れるな。踏み潰されたくなきゃ俺に抱えられてろ」
それだけ言って、ジェラさんは歩き出す。もう絶対に聞き入れられることはないと察したリーズロッテは口をつぐんで黙り込んだ。
そして、ちらっと広場を振り返り、夜には焼かれてしまうという人形を見た。
ローブを羽織った魔法使いのような姿。
それはこころなしか、ジェラさんの魔法使い姿を思い起こさせた。
ジェラさんが炎に巻かれて燃やし尽くされる光景を幻視しそうになり、リーズロッテは慌てて視線を逸らした。
88
あなたにおすすめの小説
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる