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【第四章】
ホテルへの道
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石畳で舗装された道沿いに並ぶ木々には、陽が落ちる前からすでに灯りが吊るされ、色鮮やかな花のリースで飾り付けがされていた。
遠くから、ハーモニカやアコーディオンによる楽の音が聞こえてくる。
楽しげな笑い声、足取りの軽い人々。すでに酔っ払っているのか、ふらふらと歩いている男がいて、その足元を子どもたちが歓声を上げて通り過ぎる。
もう大丈夫ですと断って下ろしてもらい、自分の足で歩きつつ、リーズロッテは興味深く辺りを見回していた。
大丈夫なつもりでいたが、ひととすれ違うたびに、ジェラさんの手をぎゅっと握りしめてしまう。
「リズ。こういう賑やかな空気、好きなの?」
眠そうな声で、ジェラさんが頭上から声をかけてきた。
「好きというか、初めてで。きゃっ」
答えようとして顔を上げた拍子に、つまさきが石畳の凹凸に引っかかって、リーズロッテは前のめりに倒れかけた。
繋いだ手がぴんと突っ張り、転倒は辛くも免れる。リーズロッテに引っ張られてもびくともしなかったジェラさんは、ふっと口元に薄く笑みを浮かべた。
「もう一回抱っこしよっか?」
「ごめんなさい、きちんと前を見て歩きます」
子ども姿だけに、子ども扱いをされる。これまでは黙って受け入れてきたが、このときは胸の中がもやっと曇った。
(この姿でいた方が場所もとらないし、アーノルド様たちが保護者を買って出るのも自然で、もし万が一どなたか知った方に会ったとき、余計な波風は立たないのかもしれないけれど……)
いまのリーズロッテは任意のタイミングで、本来の姿になることができる。どうせなら陽が暮れてからの祭りを見てみたい。その場合は、子どもの姿ではない方が、かえって安全なのではないだろうか。
ぐるぐる考える間もなく、レンガ造りの三階建てのホテルに到着した。
入り口に出迎えに出ていたらしい制服姿の従業員が、アーノルドやジャスティーンの姿を見つけると小走りに近づいてきた。
荷物に手を伸ばされ、アーノルドはちらりとジェラさんを振り返る。「こっちはいいから、向こうを」と言って、ジャスティーンとともにさっさと玄関ホールへと入っていった。
戸惑った様子で目を向けてきた従業員に、ジェラさんは面倒そうに「こっちもいいから、館内の案内を」と言う。
変な空気になりかけたとき、マクシミリアンが口を挟んだ。
「祭りの関係で、人手も足りないでしょうし、お忙しいことと思います。待遇に関して、無理をきいてくださっていることには感謝しております。その上で、殿下も私たちも普段、学生として身の回りのことは自分でするようにしていますので、これ以上気を使っていただく必要はありません。あなたおひとりで、荷物を何回にも分けて運んでいただかなくても、お部屋まで案内していただければ十分です」
横で真剣に聞いていたリーズロッテは、なるほど、と理解した。
(本来なら、殿下のご宿泊ともなれば、もっとたくさんの出迎えがいるところ、忙しくてそれどころではないのね。たしかに、この方おひとりに全員分の荷物を預けても、お部屋まで届けていただくのがすごく大変なことになりそう)
それならば自分の荷物は自分で持つとアーノルドが断り、この中では客人身分にあたるジェラさんには一応配慮を見せたが、ジェラさんもまたそれを断ったらしい。
手ぶらであることに落ち着かない様子ながら、相手はそれ以上押し問答することもなく、部屋までの案内をしてくれた。
ぞろぞろとその後に続いてたどりついたのは、三階のスイートルーム。
暖炉やソファ、テーブルと豪華な調度品が揃った広いリビングに、寝室へのドアが四つ。
従業員が去った後、アーノルドが苦笑いを浮かべてリーズロッテを見た。
「寝室は学生寮の部屋より広い。二人でも使えるが……、リーズロッテはどうする? ひとりで使うか、ジェラさんと……」
妙に言いにくそうに言われたが、普段から学生寮でジェラさんと生活をしているリーズロッテとしては、若干の今更感がある。
「大丈夫です。寝るときのジェラさんは、猫の姿なので」
いつものことです、とはきはきと答えた。だが、なおさらアーノルドの表情がくもってしまった。
「うん……。わかっているんだけど、ジェラさんの本体が成人男性相当ってことも知っているわけだから、いますごく迷っている。たぶん、リーズロッテが年相応の姿だったら、こういう提案自体しないと思うし。リズが年相応の姿をできることも、知ってしまっているわけだから」
旅先で、引率の責任者である自分が、年下のご令嬢に男と二人部屋をすすめて良いものか、と。
戸惑いの内容を正確に悟って、リーズロッテはあえて笑いかけて、いまいちど繰り返した。
「大丈夫です。猫なので」
「うん……。そうだよね、猫だから大丈夫か」
声にはまったく納得していない響きがあったが、アーノルドもリーズロッテの表情につられたように笑う。
そこでジャスティーンが「ひとまず部屋に荷物入れちゃおう」と提案して、各々の部屋へと向かうことになり、一度解散。
ジェラさんとともに寝室のひとつに足を踏み入れ、ドアを閉めたところで、ジェラさんがリーズロッテに実に良い笑顔を向けて言った。
「この荷物に、大きな服も入れて持ってきてるんだよな。着て?」
「でも、それは」
勝手にはできない。年齢相応の姿で出るなら、アーノルドたちに一度相談をしてからでなければとドアに目を向けると、ジェラさんがさっと視界をふさぐように立った。
「子どもが夜歩き回る方が危険だよ。祭りに行きたいんでしょ? 着て? あいつらには俺が口出しさせないから」
言うなり、トランクを床に置いてばちりと金具を外して開けてしまう。
「ちょっと待って、ジェラさんっ」
慌てたリーズロッテの鼻先に、取り出したドレスの一枚をつきつけて、ジェラさんはにこにこと笑みを深めて告げた。
「これ可愛いから、これがいいよ。それ着て俺と一緒に祭りに行こう。楽しもう?」
遠くから、ハーモニカやアコーディオンによる楽の音が聞こえてくる。
楽しげな笑い声、足取りの軽い人々。すでに酔っ払っているのか、ふらふらと歩いている男がいて、その足元を子どもたちが歓声を上げて通り過ぎる。
もう大丈夫ですと断って下ろしてもらい、自分の足で歩きつつ、リーズロッテは興味深く辺りを見回していた。
大丈夫なつもりでいたが、ひととすれ違うたびに、ジェラさんの手をぎゅっと握りしめてしまう。
「リズ。こういう賑やかな空気、好きなの?」
眠そうな声で、ジェラさんが頭上から声をかけてきた。
「好きというか、初めてで。きゃっ」
答えようとして顔を上げた拍子に、つまさきが石畳の凹凸に引っかかって、リーズロッテは前のめりに倒れかけた。
繋いだ手がぴんと突っ張り、転倒は辛くも免れる。リーズロッテに引っ張られてもびくともしなかったジェラさんは、ふっと口元に薄く笑みを浮かべた。
「もう一回抱っこしよっか?」
「ごめんなさい、きちんと前を見て歩きます」
子ども姿だけに、子ども扱いをされる。これまでは黙って受け入れてきたが、このときは胸の中がもやっと曇った。
(この姿でいた方が場所もとらないし、アーノルド様たちが保護者を買って出るのも自然で、もし万が一どなたか知った方に会ったとき、余計な波風は立たないのかもしれないけれど……)
いまのリーズロッテは任意のタイミングで、本来の姿になることができる。どうせなら陽が暮れてからの祭りを見てみたい。その場合は、子どもの姿ではない方が、かえって安全なのではないだろうか。
ぐるぐる考える間もなく、レンガ造りの三階建てのホテルに到着した。
入り口に出迎えに出ていたらしい制服姿の従業員が、アーノルドやジャスティーンの姿を見つけると小走りに近づいてきた。
荷物に手を伸ばされ、アーノルドはちらりとジェラさんを振り返る。「こっちはいいから、向こうを」と言って、ジャスティーンとともにさっさと玄関ホールへと入っていった。
戸惑った様子で目を向けてきた従業員に、ジェラさんは面倒そうに「こっちもいいから、館内の案内を」と言う。
変な空気になりかけたとき、マクシミリアンが口を挟んだ。
「祭りの関係で、人手も足りないでしょうし、お忙しいことと思います。待遇に関して、無理をきいてくださっていることには感謝しております。その上で、殿下も私たちも普段、学生として身の回りのことは自分でするようにしていますので、これ以上気を使っていただく必要はありません。あなたおひとりで、荷物を何回にも分けて運んでいただかなくても、お部屋まで案内していただければ十分です」
横で真剣に聞いていたリーズロッテは、なるほど、と理解した。
(本来なら、殿下のご宿泊ともなれば、もっとたくさんの出迎えがいるところ、忙しくてそれどころではないのね。たしかに、この方おひとりに全員分の荷物を預けても、お部屋まで届けていただくのがすごく大変なことになりそう)
それならば自分の荷物は自分で持つとアーノルドが断り、この中では客人身分にあたるジェラさんには一応配慮を見せたが、ジェラさんもまたそれを断ったらしい。
手ぶらであることに落ち着かない様子ながら、相手はそれ以上押し問答することもなく、部屋までの案内をしてくれた。
ぞろぞろとその後に続いてたどりついたのは、三階のスイートルーム。
暖炉やソファ、テーブルと豪華な調度品が揃った広いリビングに、寝室へのドアが四つ。
従業員が去った後、アーノルドが苦笑いを浮かべてリーズロッテを見た。
「寝室は学生寮の部屋より広い。二人でも使えるが……、リーズロッテはどうする? ひとりで使うか、ジェラさんと……」
妙に言いにくそうに言われたが、普段から学生寮でジェラさんと生活をしているリーズロッテとしては、若干の今更感がある。
「大丈夫です。寝るときのジェラさんは、猫の姿なので」
いつものことです、とはきはきと答えた。だが、なおさらアーノルドの表情がくもってしまった。
「うん……。わかっているんだけど、ジェラさんの本体が成人男性相当ってことも知っているわけだから、いますごく迷っている。たぶん、リーズロッテが年相応の姿だったら、こういう提案自体しないと思うし。リズが年相応の姿をできることも、知ってしまっているわけだから」
旅先で、引率の責任者である自分が、年下のご令嬢に男と二人部屋をすすめて良いものか、と。
戸惑いの内容を正確に悟って、リーズロッテはあえて笑いかけて、いまいちど繰り返した。
「大丈夫です。猫なので」
「うん……。そうだよね、猫だから大丈夫か」
声にはまったく納得していない響きがあったが、アーノルドもリーズロッテの表情につられたように笑う。
そこでジャスティーンが「ひとまず部屋に荷物入れちゃおう」と提案して、各々の部屋へと向かうことになり、一度解散。
ジェラさんとともに寝室のひとつに足を踏み入れ、ドアを閉めたところで、ジェラさんがリーズロッテに実に良い笑顔を向けて言った。
「この荷物に、大きな服も入れて持ってきてるんだよな。着て?」
「でも、それは」
勝手にはできない。年齢相応の姿で出るなら、アーノルドたちに一度相談をしてからでなければとドアに目を向けると、ジェラさんがさっと視界をふさぐように立った。
「子どもが夜歩き回る方が危険だよ。祭りに行きたいんでしょ? 着て? あいつらには俺が口出しさせないから」
言うなり、トランクを床に置いてばちりと金具を外して開けてしまう。
「ちょっと待って、ジェラさんっ」
慌てたリーズロッテの鼻先に、取り出したドレスの一枚をつきつけて、ジェラさんはにこにこと笑みを深めて告げた。
「これ可愛いから、これがいいよ。それ着て俺と一緒に祭りに行こう。楽しもう?」
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