聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~

有沢真尋

文字の大きさ
24 / 34
【第四章】

ホテルへの道

しおりを挟む
 石畳で舗装された道沿いに並ぶ木々には、陽が落ちる前からすでに灯りが吊るされ、色鮮やかな花のリースで飾り付けがされていた。
 遠くから、ハーモニカやアコーディオンによる楽の音が聞こえてくる。
 楽しげな笑い声、足取りの軽い人々。すでに酔っ払っているのか、ふらふらと歩いている男がいて、その足元を子どもたちが歓声を上げて通り過ぎる。

 もう大丈夫ですと断って下ろしてもらい、自分の足で歩きつつ、リーズロッテは興味深く辺りを見回していた。
 大丈夫なつもりでいたが、ひととすれ違うたびに、ジェラさんの手をぎゅっと握りしめてしまう。

「リズ。こういう賑やかな空気、好きなの?」

 眠そうな声で、ジェラさんが頭上から声をかけてきた。

「好きというか、初めてで。きゃっ」

 答えようとして顔を上げた拍子に、つまさきが石畳の凹凸に引っかかって、リーズロッテは前のめりに倒れかけた。
 繋いだ手がぴんと突っ張り、転倒は辛くも免れる。リーズロッテに引っ張られてもびくともしなかったジェラさんは、ふっと口元に薄く笑みを浮かべた。

「もう一回抱っこしよっか?」
「ごめんなさい、きちんと前を見て歩きます」

 子ども姿だけに、子ども扱いをされる。これまでは黙って受け入れてきたが、このときは胸の中がもやっと曇った。

(この姿でいた方が場所もとらないし、アーノルド様たちが保護者を買って出るのも自然で、もし万が一どなたか知った方に会ったとき、余計な波風は立たないのかもしれないけれど……)

 いまのリーズロッテは任意のタイミングで、本来の姿になることができる。どうせなら陽が暮れてからの祭りを見てみたい。その場合は、子どもの姿ではない方が、かえって安全なのではないだろうか。
 ぐるぐる考える間もなく、レンガ造りの三階建てのホテルに到着した。

 入り口に出迎えに出ていたらしい制服姿の従業員が、アーノルドやジャスティーンの姿を見つけると小走りに近づいてきた。
 荷物に手を伸ばされ、アーノルドはちらりとジェラさんを振り返る。「こっちはいいから、向こうを」と言って、ジャスティーンとともにさっさと玄関ホールへと入っていった。
 戸惑った様子で目を向けてきた従業員に、ジェラさんは面倒そうに「こっちもいいから、館内の案内を」と言う。
 変な空気になりかけたとき、マクシミリアンが口を挟んだ。

「祭りの関係で、人手も足りないでしょうし、お忙しいことと思います。待遇に関して、無理をきいてくださっていることには感謝しております。その上で、殿下も私たちも普段、学生として身の回りのことは自分でするようにしていますので、これ以上気を使っていただく必要はありません。あなたおひとりで、荷物を何回にも分けて運んでいただかなくても、お部屋まで案内していただければ十分です」

 横で真剣に聞いていたリーズロッテは、なるほど、と理解した。

(本来なら、殿下のご宿泊ともなれば、もっとたくさんの出迎えがいるところ、忙しくてそれどころではないのね。たしかに、この方おひとりに全員分の荷物を預けても、お部屋まで届けていただくのがすごく大変なことになりそう)

 それならば自分の荷物は自分で持つとアーノルドが断り、この中では客人身分にあたるジェラさんには一応配慮を見せたが、ジェラさんもまたそれを断ったらしい。
 手ぶらであることに落ち着かない様子ながら、相手はそれ以上押し問答することもなく、部屋までの案内をしてくれた。
 ぞろぞろとその後に続いてたどりついたのは、三階のスイートルーム。
 暖炉やソファ、テーブルと豪華な調度品が揃った広いリビングに、寝室へのドアが四つ。
 従業員が去った後、アーノルドが苦笑いを浮かべてリーズロッテを見た。

「寝室は学生寮の部屋より広い。二人でも使えるが……、リーズロッテはどうする? ひとりで使うか、ジェラさんと……」

 妙に言いにくそうに言われたが、普段から学生寮でジェラさんと生活をしているリーズロッテとしては、若干の今更感がある。

「大丈夫です。寝るときのジェラさんは、猫の姿なので」

 いつものことです、とはきはきと答えた。だが、なおさらアーノルドの表情がくもってしまった。

「うん……。わかっているんだけど、ジェラさんの本体が成人男性相当ってことも知っているわけだから、いますごく迷っている。たぶん、リーズロッテが年相応の姿だったら、こういう提案自体しないと思うし。リズが年相応の姿をできることも、知ってしまっているわけだから」

 旅先で、引率の責任者である自分が、年下のご令嬢に男と二人部屋をすすめて良いものか、と。
 戸惑いの内容を正確に悟って、リーズロッテはあえて笑いかけて、いまいちど繰り返した。

「大丈夫です。猫なので」
「うん……。そうだよね、猫だから大丈夫か」

 声にはまったく納得していない響きがあったが、アーノルドもリーズロッテの表情につられたように笑う。
 そこでジャスティーンが「ひとまず部屋に荷物入れちゃおう」と提案して、各々の部屋へと向かうことになり、一度解散。
 ジェラさんとともに寝室のひとつに足を踏み入れ、ドアを閉めたところで、ジェラさんがリーズロッテに実に良い笑顔を向けて言った。

「この荷物に、大きな服も入れて持ってきてるんだよな。着て?」
「でも、それは」

 勝手にはできない。年齢相応の姿で出るなら、アーノルドたちに一度相談をしてからでなければとドアに目を向けると、ジェラさんがさっと視界をふさぐように立った。

「子どもが夜歩き回る方が危険だよ。祭りに行きたいんでしょ? 着て? あいつらには俺が口出しさせないから」

 言うなり、トランクを床に置いてばちりと金具を外して開けてしまう。

「ちょっと待って、ジェラさんっ」

 慌てたリーズロッテの鼻先に、取り出したドレスの一枚をつきつけて、ジェラさんはにこにこと笑みを深めて告げた。

「これ可愛いから、これがいいよ。それ着て俺と一緒に祭りに行こう。楽しもう?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...