聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~

有沢真尋

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【第四章】

窓の向こうへ

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 トランクケースを部屋に運び込み、アーノルドは軽く部屋の中を見回す。
 家具や調度品は、貴族の屋敷相当の品の良いマホガニーで統一されていた。

 手始めに、火のついていない暖炉の中をのぞき、マントルピースに並んだ燭台や陶器の小瓶を一つずつ手に取る。窓の施錠を確かめてからカーテンを閉めて、ベッドカバーを大きくまくりあげると、ベッド下も確認。サイドテーブルに置かれた水差しの注ぎ口に鼻を近づけて、目を細めて匂いを嗅ぐ。
 異変を感じる箇所がないか手早く調べ終えてから、トランクを開けた。街歩き用のコートを取り出し、腕に引っ掛けて、リビングへと引き返すべくドアに手をかける。

 ガチャっと開けたところで、並びのドアも同時に開く。顔を出したジャスティーンと、無言で顔を見合わせた。
 うかがい合う空気の後、ため息とともに口火を切ったのはアーノルド。

「言いたいことは多々あるんだけど、まずはジェラさんだ。やっぱり、猫でいて欲しい。落ち着かない」
「顔が良すぎるから?」
「それはジャスティーンで慣れてるから平気。そうじゃなくて……」

 浮かない表情のアーノルドにさらっと返され、ジャスティーンは目元をほころばせた。

「褒めてくれてありがとう。嬉しいよ。だけどそういうのは俺じゃなくて、想い人に言った方が良いと思う。きちんと、彼女に言ってる?」

 戸板の影から姿を見せたジャスティーンは、シルクのシャツに茶系の格子柄のベストをあわせ、細身のパンツを身に着けていた。蜂蜜色の髪はゆるく一本の三つ編みにして肩に垂らし、顔には黒縁の眼鏡をのせている。男装だ。
 想い人、という言葉にアーノルドが動きを止めると、声を上げて笑い飛ばす。

「そんな顔するなよ。彼女とは来年一緒に来ればいいだろ。今日は同行者が俺たちで悪いな、二人で来る前の下見ってことで。彼女、お祭り好きそうだよな?」
「それ以前に、彼女が来年もこの国にとどまるかどうかは……」

 アーノルドが異国からの留学生である想い人に関して、ためらいがちに呟くと、ドアを後手で閉めたジャスティーンは大股に歩み寄る。その背中をばしっと叩き、力強く抱き寄せながら言った。

「がんばれ」

 アーノルドとジャスティーンは、公的には「婚約者」であるが、男性同士。実際は仲の良い友人関係である。そして、卒業後は結婚ではなく別の道を進むことがすでに決まっている。どうしようもない事情で生まれる前に結ばれた婚約は、ジャスティーンが「公爵令嬢」の身分を放棄して表舞台から姿を消すことで、終わりとなるのだ。

 そのために、互いに相手の恋愛を制限するどころか、応援し後押しをしたい気持ちではいるのだ。そしてアーノルドはいま、学内に想っている相手がいる。

 もっとも、婚約者ではない相手との関係が明るみになるのは、婚約が有効な在学中は「浮気」といった醜聞となるので、二人とも決して表立って行動することができないのだが。つまり、どれほどアーノルドが相手に好意を寄せていても、行動に移すことはできない。まっすぐにはいかない、苦しい恋愛だった。
 ジャスティーンの腕から逃れながら、アーノルドは眉をひそめた渋い表情で言った。

「俺のことは、今はいい。それよりもジェラさんだ。猫の姿なら、可愛いんだけど」
「あれは全然、可愛くはない。採寸間違えたぬいぐるみみたいに大きいし、目つきも態度も悪いし、全然どこも可愛くない」
「それ、猫なら全部可愛いって意味だよ。大きい猫なんか最高だろ」

 ジェラさんに対しては厳しいジャスティーンと、ただの猫好きのアーノルドは真っ向から意見が対立。しかしその溝と断絶は横に置き、アーノルドは話を続ける。 

「猫ならいいんだ。だけど、人間の姿でリズにかまっているところを見ると、こう、気持ちがざわざわする。あいつの目つきとか、リズのこと好き過ぎだよな。わかるんだ、ジェラさんは魔法使いだから、あの目でリズの真実の姿を見ているんだろうってことは。しかもリズは、もしかしたらこの世界で最後の『聖女』だ。出会ってしまったら、手放せるものではないんだろう」

 語尾が濁る。
 耐えきれなかったように、ジャスティーンもまた話を引き継いで、自分の考えをぶちまけた。

「わかる、本来の年齢でも、さすがにリズはまだ若い。というか幼い。あんな得体の知れない顔面凶器に近づけていいはずがない……!」

 話している間に、部屋から出てきたマクシミリアンが二人のそばまで歩いて来る。
 話が終わらないのを見て引き返し、リビングを挟んで反対側にある寝室のドアの前に立った。

「ジェラさん、リーズロッテ嬢。お部屋はいかがですか。この後、皆で祭りへ行く予定ですが、冷えるので防寒対策はなさった方が。聞こえていますか?」

 コンコン、とノック。しーんとして、返事がない。
 見るとはなしにその様子を見ていたアーノルドであったが、ハッと息を呑んで走り出した。
 マクシミリアンの横に立ち、ガンガン、とドアを叩く。

「いるよな? 勝手に出て行ってないよな? ジェラさん? ジェラさん!? おい、返事がない場合は開けるぞ!」

 走り込んできたジャスティーンが、ちらっとアーノルドを見て「俺が」と言い、素早くドアノブに手をかける。ガチャ、と固い鍵の音がして、ノブはまったく動かず。
 三人の間に、束の間の沈黙が降りる。
 そんな場合ではない、と気づいたアーノルドがもう一度ドアを叩こうとしたとき、マクシミリアンがその手首を掴んで止めた。

「手を痛めます。出てくる気があるなら、もう出てきているでしょう。返事くらいあっても良い。何もないということは、もういないということです」
「いないって。窓から出たのか?」

 頭痛を堪えたような渋面で、ジャスティーンが口を挟む。
 アーノルドは腕にかけていたコートを羽織り、袖に腕を通しながら答えた。

「ジェラさんがいれば、たいていのことは可能だろうな。魔法使いだし、空を飛ぶくらいのことはできるんだろう」
「悪漢を薙ぎ払うのもお手の物だったね、そういえば。リズが止めないとあの邪悪な魔法使いは簡単にひとを殺……」

 決定的な言葉を遮るように、マクシミリアンが口を挟んだ。

「祭りの混雑にむかついたから、観覧席程度の焦土を作るくらいわけないかもしれませんね」

 ひととは違うことわりで動く「聖獣」だ。つまり、根本的に「常識」が違う。

 アーノルドは「物騒過ぎるだろ! 悪党どもより悪党なんだよジェラさんは! 猫ならかわいいのに!」と叫んだ。
 扉に向かって猛然と歩き出し、二人を振り返る。「準備はできてるな? 追うぞ!」
 否やもなく、ジャスティーンとマクシミリアンも後に続いた。


 * * *


 その少し前のこと。
 ジェラさんが取り出したのは、萌葱色に白とピンク色の小花総柄のドレス。胸元には共布のくるみボタンが並び、首周りや袖口には繊細なレースがあしらわれていて、全体的に清楚な印象のもの。可愛らしいが子どもっぽすぎることもなく、リーズロッテも好みのデザインだった。

「着ると言っても、わたくしひとりでは着られないわ。大人は下着も子どもとは全然違って」

 言いかけて、あけすけすぎるとリーズロッテは口をつぐむ。
 ジェラさんは何も気にした様子もなく、にこにこと笑って言った。

「着させてあげるよ?」
「そ……っ、それはだめです!! 絶対だめです!! 普段だって着替えは絶対見ちゃだめってわたくし言ってますよね!?」
「ま、普段はね。リズが嫌だって言って俺を布団ですまきにしてから着替えるから、俺はおとなくしく埋められているけど」

 猫の姿のときは、リーズロッテにやられたい放題。反撃は特にしないジェラさんである。
 しかしこのときは、絶対に遊びに行くという意志を曲げるそぶりは一切ない。ドレスを手にして立ち上がり、リーズロッテの上からぱさりとかぶせた。
 なに? とリーズロッテが布の中で言ったところで、布越しに肩を軽くとん、と押される感覚。
 次の瞬間には、リーズロッテの体は実年齢相当の乙女の外見となっており、かぶっていただけのドレスはきちんと着付けされた状態でリーズロッテを飾っていた。

「え……? 魔法? こんなこともできたの?」

 自分の手の大きさを見て、ドレスがしっくりと全身に馴染んでいるのを感じ、何がどうなったのかを悟ったリーズロッテは、恐る恐るジェラさんを見上げる。
 大きくなっても身長差がある。子どもの姿のときよりは、近い位置で顔を見られるが、その分目が合うと落ち着かない。
 そのリーズロッテに手を差し伸べて、ジェラさんがにへらっと笑った。

「はい、可愛い。俺のリズは世界一可愛い。千年にひとりもいない、こんな美少女」
「ジェラさん……」

 さすがにそれは言い過ぎどころではない、とリーズロッテは顔を背けた。その態度をものともせず、ジェラさんはリーズロッテの手をぎゅっと掴んで、引く。
 つられて二、三歩前に踏み出してから、リーズロッテは顔を上げた。
 非現実的なまでな美貌で、ジェラさんがうそぶく。

「あいつらうるせぇから、窓から行こう」
「断りもなく出るのは、いけませんっ」
「いけるいける。行こう、早く行けばそれだけ一緒に楽しめるよ」

 リーズロッテはとっさにその場で足をつっぱったが、抵抗は無駄とばかりにジェラさんがリーズロッテを抱き上げた。
 思いがけない素早さで胸元に抱き寄せられて、リーズロッテは緊張に体を強張らせる。
 ジェラさんは、間近な位置でリーズロッテの顔をのぞきこみ、ふっと目を細めて口の端を吊り上げた。

「なんだ。大きさが変わっても軽いまんまだな。たくさん食えよ? それでなくても、リズには早く大きくなってもらいたいんだ」
「そ、そんな。森の奥で子どもたちをお菓子の家でひっかける悪い魔女みたいなこと言って。食べる気でしょう!」

 魔法使いの連想から、リーズロッテは以前よく読んだ絵本を思い出して言い返す。
 ジェラさんは立ち止まらず窓の方へと進んでいた。動きにそって窓が誘うようにひとりでに開き、夜風がふわりとカーテンを揺らす。
 リーズロッテを抱えたまま窓枠へ片足をかけて、ジェラさんは愛しげにその腕の中の少女を見下ろした。
 にこりと微笑んでから、額に唇を軽くあてて、囁く。

「正解。育ったところで食ってやるつもりだよ。いつもは鈍いのに、今日はよくわかったな、リズ」

 そして、止める間もなく、何も足場のない窓の外へと踏み出した。
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