聖獣さまの番認定が重い。~不遇の令嬢と最強の魔法使い、だいたいもふもふ~

有沢真尋

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【第四章】

魔法使いのお願い

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 黄昏の名残と藍色の夜闇が溶け合う空に向かって、魔法使いは透明なきざはしを上るように進む。

「高所大丈夫? 結構高いよっ」

 リーズロッテの耳元で、びゅうびゅうという風の音とともに、楽しげな笑い声が響く。
 答えるどころではないリーズロッテは、必死に魔法使いのジェラさんにしがみついていた。

(空を飛んでる……! ジェラさんは本当に、強い魔法使い……!)

 疑っていたわけではない。
 その力の片鱗は、何度も目にしていた。
 だが、なんの道具もなしに空を飛ぶというのは、まさに人智を超える。

「落とさないでくださいね!」

 ローブごしに感じる、ごつごつとした体に両腕をまわし、胸に顔をうずめながらリーズロッテはそれだけを叫んだ。
 内心では、全身で感じる彼の体の感触と仄かなぬくもりに、大変焦っていた。

(猫じゃない! 全然猫じゃない! すごく男の人!)

 笑った気配が伝わってきたが、意地悪く混ぜっ返してくることもなく、ジェラさんはリーズロッテの体を抱きしめる。

「大丈夫だよ。俺を信じて……にゃ?」
「にゃ?」

 がばっとリーズロッテが顔を上げると、その顔には明らかに「まずい」と書かれていた。

「ジェラさん? ジェラさん? まさか力が安定しいていなくて、猫に戻りそうだなんてことないですよね? 猫になっても飛べるんですか? 落ちませんか?」

 まくしたてる間にも、するすると高度が落ちていくのを感じる。
 リーズロッテはなおさら腕に力を込めて「ジェラさぁぁぁん!」と呼びかけた。

「ごめん、一回降りる」

 大変情けなさそうな声で告げると、ジェラさんは三階建て程度の建物の屋根に着地した。
 足が踏みしめるものがあることにほっとしつつ、リーズロッテはジェラさんの腕の中でその顔を見上げる。

「猫化しそうなんですか」
「う~んう~ん『聖女』の力を分けてもらえたら、その限りではない」
「分けてって……」

 以前もそのようなことを言われた覚えのあるリーズロッテは、警戒をしながら尋ねる。
 そのときは、キスを所望されたのだ。

(まさかまた、キスをしたいと言い出すのでは……!?)

 リーズロッテを抱きしめていた力をほんの少しゆるめたジェラさんは、星のいくつかが瞬き始めた藍色の空を背景に、切なげな笑みを浮かべて言った。

「飛びながら、猫のこと考えたよな? 空の上で俺が猫になったらどうするんだろうとか、考えたよな?」
「……猫? ……ああ」

 問いかけに対して、思い当たることのあったリーズロッテは、素直にそれを表情にも態度にも出してしまった。
 ほら見ろ、とばかりに勢いを得たジェラさんが、重ねて言う。

「リズは自分で気づいてないけど、すごーく力が強い。俺を封印するなんてわけないくらい強い。そのリズが俺の猫姿を思い浮かべたことにより、俺の魔力が安定感を欠くほど削られて、猫化しかけた。言っている意味はわかるな?」

 たしかに、考えた。猫のときとは違うなとか、男の人の体だな、といったことを。
 さすがにそこまで正直に言うことはできぬまま、「考えました」と事実だけを認めた。
 すると、ジェラさんは長いまつげを伏せて「だから」と悩ましげな声を出す。

「魔力が猫レベルまで制限されているんだ。このままだと、屋根の上から降りることも、祭りを見て歩くこともできない。せっかくここまで来たのに。リズが変な男に絡まれても、せいぜい毛を逆立てて唸ることしかできないわけだ、愛らしい猫の姿で」

「ジェラさん、自分のことをよくわかっていないみたいですけど、猫姿のときは決して愛らしくはないですよ?」

 かなりいかついし、猫かどうかも怪しいです、と言いそうになったリーズロッテであるが、ジェラさんに寂しげな目で見つめられ、言葉を呑み込んだ。その上で「話の腰を折ってすみませんでした」と謝る。
 ジェラさんはにこりと笑って「それでな」と何気ない口調で続けた。

「原因は以上。対策は一目瞭然。つまり、俺はいま、リーズロッテのキスを必要としている。このままだと魔力が使えないから。どう?」

 夜の始まりの薄暗がりの中、邪気なく微笑むジェラさんの背後で、祭りのはじまりを告げる花火がひとつ、盛大に打ち上げられた。

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