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【第四章】
時計塔の上で、思いを通わせて
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駄猫、と苛立った声でジェラさんを呼ぶジャスティーンの声が、あっという間に遠くなる。
他人の指図など、魔力を取り戻したジェラさんが聞くわけがない。
「空、気持ちいいね。寒かったら、俺のローブ貸してあげる!」
リーズロッテとの接触で魔力を回復したジェラさんは、勢いよく空に飛び上がっていた。
(ジャスティーン、ごめんなさい! いまのジェラさんは少し興奮気味です! いったん二人は離れたほうがいいように思います!)
心の中で謝る。
みんなと合流する前に、ジェラさんには気持ちを落ち着かせてもらおう、と。
上へ上へと向かう中、耳元で風が鳴っていた。息苦しさを感じて、リーズロッテはジェラさんの胸元に額を寄せる。すぐに、リーズロッテを支える腕に力が込められた。決して、離すまいとするように。
その強さに、心が震える。
自分はここにいて良いのだと、安心できるのだ。足場もない空の上で、頼りになるのはいつ魔力が尽きるかわからない魔法使いひとりだというのに。
(これほど、わたくしでも誰かに大切にしてもらえるのだと感じることは、今までありませんでした)
ジェラさんは、頼りがいがあるように見えて、すぐに魔力が枯渇して猫の姿に戻ってしまう。リーズロッテがいなければ人間でいることすらできないと、ためらいなく甘えてすがってくる。
だが、ひとたび戦いとなれば、まったく容赦がない。
凶悪な美貌で挑発的な煽り文句を口にし、迫力のある存在感そのままに魔力を振るう。
うっすらと意識を保ちながら耳にした、先程の戦闘時の彼の言動を思い出して、リーズロッテは目を瞑った。
リーズロッテにとってジェラさんはかけがえのない存在であるが、決して「聖獣」という呼び名から連想されるような善性の持ち主ではない。むしろ何か邪悪に連なる存在だ。そうとわかっていても、リーズロッテはもう、彼の手を離すことはできないと確信していた。
彼が善ではないのなら、いっそう自分が気持ちを強くもってそばにいたいと思う。魔力を供給するのも絶つのも自分次第であるというのなら、大切なのはリーズロッテの心の在り方のように思うのだ。
「ジェラさん、勢いよく飛んでいますが、そんなにたくさん魔力を使って大丈夫ですか?」
「平気だって。リズがいるから。リズといると、俺は本当に、他には何もいらないんだって強く思うんだ。これほど大切な存在は今まで生きてきて何一つ、思いつかないから」
言葉のひとつひとつがまっすぐで、あたたかな光のようにリーズロッテの胸に降り注ぐ。
月と星が照らす中、リーズロッテはジェラさんを見上げた。
「わたくしも、いま同じことを考えていました」
「え?」
なぜか、びっくりしたような声をあげて、ジェラさんがリーズロッテを見下ろしてきた。
何にそこまで驚いているのかと、不思議に思いながらリーズロッテはその目を見つめ返す。
「あなたがいま口にしたのと、同じ思いです。わたくしも、今まで生きてきて、ジェラさん以上に大切だと思える存在には、出会っていません。その……、わたくしの何倍も生きているという、大魔導士さまとは言葉の重みが違うと思いますが」
離れてはいけない相手だと、自分の中で心が決まった。
「え、なに? どうしたの、リズ。俺をあんまり喜ばせないで? 俺そういうの弱いから、心が乱れて魔法がだめになるんだって……!! ああもう、危ない、どこかに下りる!!」
急にひとりで大騒ぎをはじめたジェラさんは、正面に迫っていた時計塔めがけて、加速した。
物見の部屋に穿たれた窓の枠に足をついて、勢いがついたまま中へと転がり込む。バランスを崩したジェラさんはしたたかに体を打ち付けていたが、リーズロッテを強く抱きしめたまま自分が下敷きになるように転んでいて、リーズロッテには傷一つつけまいとするようにしっかりと守っていた。
倒れたジェラさんにきつく抱きしめられたまま、リーズロッテは心臓の鼓動を聞いていた。どくどくと、激しく血が流れている音がして、これは本当に危なかったに違いない、と実感する。
(思いがけないことを言われると、集中力が切れるということでしょうか。間一髪でここにたどりついただけで、墜落の危険があったということですね……!)
魔法を行使しているときに、無闇に話しかけてはいけないと、リーズロッテは心に刻み込む。
一方、倒れたままのジェラさんは「は~~~~~~~~」と特大のため息をついていた。身動きもできないまま、リーズロッテは目を瞬く。心配になって、声をかけた。
「ジェラさん、あの、あまり落ち込まなくて良いと思いますよ。魔力枯渇のせいではないですか? 人間の姿を維持するのに魔力を使うのに、魔法戦でも大技を使ったばかりですよね? 私の痛みを取る癒やしの魔法も使ってくださいましたし、空まで飛んで」
あっ、とリーズロッテは小さな悲鳴を上げた。
下敷きになっていたジェラさんが体を起こして、体勢が変わったのだ。しっかり支えられていたのでずり落ちることこそなかったが、ジェラさんの上に座ったような状態になる。
正面から向き合ったジェラさんは、額を額にこつんとぶつけてきた。
ものすごく近い位置で、切々と語りかけてくる。
「そんなんじゃないよ。そんなの、全部忘れてた。そうじゃなくて、リズに必要だって言ってもらったのが、すごく嬉しかったんだ。俺、うまく伝えられているかわからないけど、リズに必要とされたかったんだよ。俺だけがリズのこと好きで、片思いなんだと思っていたから。好きってわかる?」
そうっと、リーズロッテは顔を離した。
近すぎてよく見えなかったジェラさんを正面から見る。ただでさえきらきらとした瞳が、いつにも増して強く輝いていた。辺りは暗いのに、そこには光があった。
「好きというのは……。わかって……いるか、自分でもわからないんですが。でも……、わかりたいとは思っています。『ジェラさんがわたくしといるのは、わたくしの魔力が必要なだけ』という理解とは、根本的に違うという意味ですよね?」
普段リーズロッテが考えがちなことだ。相手は、自分を利用したいだけだと理由をつけると、寂しいけど落ち着く。
ただ、真剣なジェラさんを見ていると、その言葉を言ってはならないということがわかる。
彼がリーズロッテに伝えたい思いは、それとは全然違うものなのだと。
「うん。そうだね、その理解とは違う。俺は欲張りだから、魔力は大切で、なくてもいいなんて本当は全然思っていない。でもリーズロッテが何かの理由で供給を絶つと言ったら、受け入れるよ。魔力だけが目的だと思われたくないから。俺の好きは、そういうんじゃないって、全身全霊をかけて示すために。それ以外のことも、たいていの無茶はきけると思う」
「あなたに、無茶を言うつもりは無いのですが……。わざわざ意地悪をして波風を立てて、ジェラさんを悲しませるようなことなんて、絶対にしたくないです。わたくしだって、ジェラさんのお役に立ちたいと思っていますし。魔法は適切に使って頂けたらと思います。それと……、離れたくないのは、好き、なので」
勇気を出して、リーズロッテは自分の思いを伝える。言ったそばから、うまく伝えるのは本当に難しいと思う。
(好き。伝わる?)
顔を上げると、視線の先でジェラさんは、凶暴なまでに鮮やかな美貌をくしゃっと歪めて、嬉しそうに笑っていた。
そして、低い声で「ありがとう」と囁きを落とし、リーズロッテを強く抱きしめて、唇に唇を重ねてきた。
他人の指図など、魔力を取り戻したジェラさんが聞くわけがない。
「空、気持ちいいね。寒かったら、俺のローブ貸してあげる!」
リーズロッテとの接触で魔力を回復したジェラさんは、勢いよく空に飛び上がっていた。
(ジャスティーン、ごめんなさい! いまのジェラさんは少し興奮気味です! いったん二人は離れたほうがいいように思います!)
心の中で謝る。
みんなと合流する前に、ジェラさんには気持ちを落ち着かせてもらおう、と。
上へ上へと向かう中、耳元で風が鳴っていた。息苦しさを感じて、リーズロッテはジェラさんの胸元に額を寄せる。すぐに、リーズロッテを支える腕に力が込められた。決して、離すまいとするように。
その強さに、心が震える。
自分はここにいて良いのだと、安心できるのだ。足場もない空の上で、頼りになるのはいつ魔力が尽きるかわからない魔法使いひとりだというのに。
(これほど、わたくしでも誰かに大切にしてもらえるのだと感じることは、今までありませんでした)
ジェラさんは、頼りがいがあるように見えて、すぐに魔力が枯渇して猫の姿に戻ってしまう。リーズロッテがいなければ人間でいることすらできないと、ためらいなく甘えてすがってくる。
だが、ひとたび戦いとなれば、まったく容赦がない。
凶悪な美貌で挑発的な煽り文句を口にし、迫力のある存在感そのままに魔力を振るう。
うっすらと意識を保ちながら耳にした、先程の戦闘時の彼の言動を思い出して、リーズロッテは目を瞑った。
リーズロッテにとってジェラさんはかけがえのない存在であるが、決して「聖獣」という呼び名から連想されるような善性の持ち主ではない。むしろ何か邪悪に連なる存在だ。そうとわかっていても、リーズロッテはもう、彼の手を離すことはできないと確信していた。
彼が善ではないのなら、いっそう自分が気持ちを強くもってそばにいたいと思う。魔力を供給するのも絶つのも自分次第であるというのなら、大切なのはリーズロッテの心の在り方のように思うのだ。
「ジェラさん、勢いよく飛んでいますが、そんなにたくさん魔力を使って大丈夫ですか?」
「平気だって。リズがいるから。リズといると、俺は本当に、他には何もいらないんだって強く思うんだ。これほど大切な存在は今まで生きてきて何一つ、思いつかないから」
言葉のひとつひとつがまっすぐで、あたたかな光のようにリーズロッテの胸に降り注ぐ。
月と星が照らす中、リーズロッテはジェラさんを見上げた。
「わたくしも、いま同じことを考えていました」
「え?」
なぜか、びっくりしたような声をあげて、ジェラさんがリーズロッテを見下ろしてきた。
何にそこまで驚いているのかと、不思議に思いながらリーズロッテはその目を見つめ返す。
「あなたがいま口にしたのと、同じ思いです。わたくしも、今まで生きてきて、ジェラさん以上に大切だと思える存在には、出会っていません。その……、わたくしの何倍も生きているという、大魔導士さまとは言葉の重みが違うと思いますが」
離れてはいけない相手だと、自分の中で心が決まった。
「え、なに? どうしたの、リズ。俺をあんまり喜ばせないで? 俺そういうの弱いから、心が乱れて魔法がだめになるんだって……!! ああもう、危ない、どこかに下りる!!」
急にひとりで大騒ぎをはじめたジェラさんは、正面に迫っていた時計塔めがけて、加速した。
物見の部屋に穿たれた窓の枠に足をついて、勢いがついたまま中へと転がり込む。バランスを崩したジェラさんはしたたかに体を打ち付けていたが、リーズロッテを強く抱きしめたまま自分が下敷きになるように転んでいて、リーズロッテには傷一つつけまいとするようにしっかりと守っていた。
倒れたジェラさんにきつく抱きしめられたまま、リーズロッテは心臓の鼓動を聞いていた。どくどくと、激しく血が流れている音がして、これは本当に危なかったに違いない、と実感する。
(思いがけないことを言われると、集中力が切れるということでしょうか。間一髪でここにたどりついただけで、墜落の危険があったということですね……!)
魔法を行使しているときに、無闇に話しかけてはいけないと、リーズロッテは心に刻み込む。
一方、倒れたままのジェラさんは「は~~~~~~~~」と特大のため息をついていた。身動きもできないまま、リーズロッテは目を瞬く。心配になって、声をかけた。
「ジェラさん、あの、あまり落ち込まなくて良いと思いますよ。魔力枯渇のせいではないですか? 人間の姿を維持するのに魔力を使うのに、魔法戦でも大技を使ったばかりですよね? 私の痛みを取る癒やしの魔法も使ってくださいましたし、空まで飛んで」
あっ、とリーズロッテは小さな悲鳴を上げた。
下敷きになっていたジェラさんが体を起こして、体勢が変わったのだ。しっかり支えられていたのでずり落ちることこそなかったが、ジェラさんの上に座ったような状態になる。
正面から向き合ったジェラさんは、額を額にこつんとぶつけてきた。
ものすごく近い位置で、切々と語りかけてくる。
「そんなんじゃないよ。そんなの、全部忘れてた。そうじゃなくて、リズに必要だって言ってもらったのが、すごく嬉しかったんだ。俺、うまく伝えられているかわからないけど、リズに必要とされたかったんだよ。俺だけがリズのこと好きで、片思いなんだと思っていたから。好きってわかる?」
そうっと、リーズロッテは顔を離した。
近すぎてよく見えなかったジェラさんを正面から見る。ただでさえきらきらとした瞳が、いつにも増して強く輝いていた。辺りは暗いのに、そこには光があった。
「好きというのは……。わかって……いるか、自分でもわからないんですが。でも……、わかりたいとは思っています。『ジェラさんがわたくしといるのは、わたくしの魔力が必要なだけ』という理解とは、根本的に違うという意味ですよね?」
普段リーズロッテが考えがちなことだ。相手は、自分を利用したいだけだと理由をつけると、寂しいけど落ち着く。
ただ、真剣なジェラさんを見ていると、その言葉を言ってはならないということがわかる。
彼がリーズロッテに伝えたい思いは、それとは全然違うものなのだと。
「うん。そうだね、その理解とは違う。俺は欲張りだから、魔力は大切で、なくてもいいなんて本当は全然思っていない。でもリーズロッテが何かの理由で供給を絶つと言ったら、受け入れるよ。魔力だけが目的だと思われたくないから。俺の好きは、そういうんじゃないって、全身全霊をかけて示すために。それ以外のことも、たいていの無茶はきけると思う」
「あなたに、無茶を言うつもりは無いのですが……。わざわざ意地悪をして波風を立てて、ジェラさんを悲しませるようなことなんて、絶対にしたくないです。わたくしだって、ジェラさんのお役に立ちたいと思っていますし。魔法は適切に使って頂けたらと思います。それと……、離れたくないのは、好き、なので」
勇気を出して、リーズロッテは自分の思いを伝える。言ったそばから、うまく伝えるのは本当に難しいと思う。
(好き。伝わる?)
顔を上げると、視線の先でジェラさんは、凶暴なまでに鮮やかな美貌をくしゃっと歪めて、嬉しそうに笑っていた。
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