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6話 対峙
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屋敷に戻り、私は手早くお風呂に入り、ブラントを迎える準備を行った。
今流行りのドレス。
マチルダから誉めてもらった髪型に化粧。
先ほどもらった黒真珠のブローチ。
サラ様と特訓した美しい姿勢と所作。
私に怖いものはない。
「お嬢様。エヴァンス公子様がお見えになりました」
「応接室にご案内して。すぐに向かいます」
鏡に映る私は微笑む。
強かな女性の仮面を着けるように。
×××
「エスメローラ!」
応接室で席に着くことなく、立って待っていたブラントが私を出迎えた。
両手には11本の赤いバラの花束を抱えて。
三年見ない間に、彼は色気漂う男性になっていたが、笑顔が軽薄に見えた。
「会えて嬉しいよ」
「私もです。どうぞお掛けになってください」
私に席を勧められ、彼は二人掛けのソファーに腰を下ろした。ニコニコと私が隣に座るのを待っている。
私は向かえの一人掛けのソファーに座った。
少し驚いているわね。
ニコニコ顔が少し強張っている。
「どうしたんだい?昔のように隣に座りなよ」
「私達も18歳となり、もう子供の頃のように振る舞えませんからね」
「……君は変わったね」
「以前も申しましたが、人は成長するものです。学院に入り、私も淑女として勉学に励みましたから。エヴァンス公子様も同じでしょう?」
『エヴァンス公子様』
その言葉に、彼は顔を引き吊らせた。
明らかな私からの拒絶。
「ここは学院ではないよ。昔のように名前で呼んでほしいな……」
「申し訳ございません。久しぶりにお会いするので緊張してしまいますの。ご容赦くださいな」
ニッコリ微笑むと、彼は苦しい顔をする。
「わかった。今まで離れていた分、ゆっくりと緊張をほどいて行こう。会いたかったよ、エスメローラ」
甘い顔、甘い声。
世の中の恋する乙女が見たら、たちまち蕩けてしまいそうな破壊力だ。
「花束。受け取ってくれるかい?」
「ありがとうございます」
花束を差し出され、私は受け取った。
花に罪はない。
部屋の端にいるメリッサに渡し「花瓶に生けて」と言付けた。
「今日のドレスもよく似合ってるね」
「ありがとうございます」
「学院の制服と違って、大人の女性って気がする」
少し頬を赤くする姿に……萎えた。
「今日のご用件は何ですか?」
早くこの不毛な時間を終わらせたくて、私は直球で質問した。
「あっ……あぁ」
少し驚きつつも、彼はメリッサに「君。あれを取ってくれ」と入口付近のサイドテーブルに置いてある箱を持ってこさせた。
「開けてみて」
ニコニコと催促するので、仕方なく開けると、中は水色のドレスだった。
「……綺麗」
ドレスの美しさに、思わず言葉が漏れた。
水色に銀の刺繍がふんだんにあしらわれている。角度によってはグレーの色に見えた。
「先日出来上がったんだ。サイズは問題ないと思うけど、手直しが要るかもと思って早めに持ってきたんだ。靴と宝飾品もセットで贈っておいた。これで一緒に卒業パーティーに参加しよう。もちろん、僕がエスコートするから安心して」
ニコニコと微笑んでいるが、おめでたい頭に辟易する。
「大変申し訳ございませんが、このドレスはいただけません」
笑顔で切り込みます!
「え?!」
「卒業パーティーのエスコート役も、すでにお約束した方がおりますの。突然反故などしたら相手に失礼ですから、申し訳ありません」
「はぁ?!」
「もう少し早くおっしゃって頂きたかったですわ。ドレスもすでに準備してしまいましたの。卒業まで約1ヶ月前ですからね。3ヶ月前には準備を始めましたのよ。ドレスは注文してすぐに出来るものではありませんから。おわかりいただけますよね」
サラ様仕込みの威圧的な笑顔で、相手を黙らせる。思惑通り、罰が悪い顔をした。
「連絡を怠ったことは申し訳なかった。だが、僕たちは婚約者じゃないか。卒業パーティーは婚約者にエスコートされるのが普通だろ?」
「公にされておりませんので、卒業パーティーで共に出席する必要はありませんわ」
あらあら、眉間にシワが寄り出したわ。
「エスメローラ」
「はい」
笑顔で答えてやった。
威圧してきたって、サラ様の威圧には敵わないわよ。こんなのどうってことはない。
私が動じないから、視線を外された。
「たくっ、何なんだよ……」
その不貞腐れる横顔を懐かしく思う。
今でこそ、文武両道、容姿端麗など、ブラントを褒め称える声が多いが、実際は自分の思い通りにならないと不機嫌になる我儘男だ。
昔は、そんな彼が可愛いと思っていたが、蔑ろにされて、その気持ちも置き去りになったようだ。
「公にしなかったのは君を守るためだ。学院に入ったとき、そう説明したじゃないか。それなのに、君は僕以外と卒業パーティーに行くのか。そんなに薄情だったとは知らなかった」
彼は腕を組み、ソファーの背もたれにどっしりともたれ掛かった。
なんとも品がない。
「昔の君は、僕の事を優先してくれたじゃないか。学院で良くない連中と付き合ってるのか?優しい君に相応しくないよ。エスコートする男もそうだ。優しい君に付け入れて、無理矢理約束させられたんだろ?僕がなんとかするから、相手を教えてくれ」
目の前の男は誰だろう……。
彼はこんなに横暴で、傲慢で、醜い顔をしていただろうか。
話を、言葉を交わす度に、私の中で何かが崩れるようだ。そして、心をひどく冷たくする。
これを人は『失望』と言うのだろう。
今流行りのドレス。
マチルダから誉めてもらった髪型に化粧。
先ほどもらった黒真珠のブローチ。
サラ様と特訓した美しい姿勢と所作。
私に怖いものはない。
「お嬢様。エヴァンス公子様がお見えになりました」
「応接室にご案内して。すぐに向かいます」
鏡に映る私は微笑む。
強かな女性の仮面を着けるように。
×××
「エスメローラ!」
応接室で席に着くことなく、立って待っていたブラントが私を出迎えた。
両手には11本の赤いバラの花束を抱えて。
三年見ない間に、彼は色気漂う男性になっていたが、笑顔が軽薄に見えた。
「会えて嬉しいよ」
「私もです。どうぞお掛けになってください」
私に席を勧められ、彼は二人掛けのソファーに腰を下ろした。ニコニコと私が隣に座るのを待っている。
私は向かえの一人掛けのソファーに座った。
少し驚いているわね。
ニコニコ顔が少し強張っている。
「どうしたんだい?昔のように隣に座りなよ」
「私達も18歳となり、もう子供の頃のように振る舞えませんからね」
「……君は変わったね」
「以前も申しましたが、人は成長するものです。学院に入り、私も淑女として勉学に励みましたから。エヴァンス公子様も同じでしょう?」
『エヴァンス公子様』
その言葉に、彼は顔を引き吊らせた。
明らかな私からの拒絶。
「ここは学院ではないよ。昔のように名前で呼んでほしいな……」
「申し訳ございません。久しぶりにお会いするので緊張してしまいますの。ご容赦くださいな」
ニッコリ微笑むと、彼は苦しい顔をする。
「わかった。今まで離れていた分、ゆっくりと緊張をほどいて行こう。会いたかったよ、エスメローラ」
甘い顔、甘い声。
世の中の恋する乙女が見たら、たちまち蕩けてしまいそうな破壊力だ。
「花束。受け取ってくれるかい?」
「ありがとうございます」
花束を差し出され、私は受け取った。
花に罪はない。
部屋の端にいるメリッサに渡し「花瓶に生けて」と言付けた。
「今日のドレスもよく似合ってるね」
「ありがとうございます」
「学院の制服と違って、大人の女性って気がする」
少し頬を赤くする姿に……萎えた。
「今日のご用件は何ですか?」
早くこの不毛な時間を終わらせたくて、私は直球で質問した。
「あっ……あぁ」
少し驚きつつも、彼はメリッサに「君。あれを取ってくれ」と入口付近のサイドテーブルに置いてある箱を持ってこさせた。
「開けてみて」
ニコニコと催促するので、仕方なく開けると、中は水色のドレスだった。
「……綺麗」
ドレスの美しさに、思わず言葉が漏れた。
水色に銀の刺繍がふんだんにあしらわれている。角度によってはグレーの色に見えた。
「先日出来上がったんだ。サイズは問題ないと思うけど、手直しが要るかもと思って早めに持ってきたんだ。靴と宝飾品もセットで贈っておいた。これで一緒に卒業パーティーに参加しよう。もちろん、僕がエスコートするから安心して」
ニコニコと微笑んでいるが、おめでたい頭に辟易する。
「大変申し訳ございませんが、このドレスはいただけません」
笑顔で切り込みます!
「え?!」
「卒業パーティーのエスコート役も、すでにお約束した方がおりますの。突然反故などしたら相手に失礼ですから、申し訳ありません」
「はぁ?!」
「もう少し早くおっしゃって頂きたかったですわ。ドレスもすでに準備してしまいましたの。卒業まで約1ヶ月前ですからね。3ヶ月前には準備を始めましたのよ。ドレスは注文してすぐに出来るものではありませんから。おわかりいただけますよね」
サラ様仕込みの威圧的な笑顔で、相手を黙らせる。思惑通り、罰が悪い顔をした。
「連絡を怠ったことは申し訳なかった。だが、僕たちは婚約者じゃないか。卒業パーティーは婚約者にエスコートされるのが普通だろ?」
「公にされておりませんので、卒業パーティーで共に出席する必要はありませんわ」
あらあら、眉間にシワが寄り出したわ。
「エスメローラ」
「はい」
笑顔で答えてやった。
威圧してきたって、サラ様の威圧には敵わないわよ。こんなのどうってことはない。
私が動じないから、視線を外された。
「たくっ、何なんだよ……」
その不貞腐れる横顔を懐かしく思う。
今でこそ、文武両道、容姿端麗など、ブラントを褒め称える声が多いが、実際は自分の思い通りにならないと不機嫌になる我儘男だ。
昔は、そんな彼が可愛いと思っていたが、蔑ろにされて、その気持ちも置き去りになったようだ。
「公にしなかったのは君を守るためだ。学院に入ったとき、そう説明したじゃないか。それなのに、君は僕以外と卒業パーティーに行くのか。そんなに薄情だったとは知らなかった」
彼は腕を組み、ソファーの背もたれにどっしりともたれ掛かった。
なんとも品がない。
「昔の君は、僕の事を優先してくれたじゃないか。学院で良くない連中と付き合ってるのか?優しい君に相応しくないよ。エスコートする男もそうだ。優しい君に付け入れて、無理矢理約束させられたんだろ?僕がなんとかするから、相手を教えてくれ」
目の前の男は誰だろう……。
彼はこんなに横暴で、傲慢で、醜い顔をしていただろうか。
話を、言葉を交わす度に、私の中で何かが崩れるようだ。そして、心をひどく冷たくする。
これを人は『失望』と言うのだろう。
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