19 / 22
18話 リューベックの決断
しおりを挟む
~ リューベック視点 ~
「エリーゼ!」
彼女は泣きながら部屋を飛び出した。
追いかける為に立ち上がったが、痛みで前に進めず、その場でうずくまってしまった。
エリーゼ以外と、この先一緒に居たいとは思わない。
彼女をあんなに泣かせてしまったのに、その顔さえ愛しい。
誰にも渡したくない。
彼女は俺のものだ!
必死に立ち上がった。
フラフラしながら歩き出す。
廊下から走る音がする。
「子爵様!」
医師が駆け込んできた。
「無理をしてはなりません!肩の刺し傷はかなり深いところまで来ておりました。最悪、腕を切り落とす事になりますぞ!」
「離してくれ、エリーゼのところにいかなくては…」
「そのお体では無理です!」
くそ、体が思うように動かない。
「誰か!手を貸してくれ!」
医師の声に執事長が慌ててやって来たのがわかった。
「旦那様!」
男二人に抱えられ、ベッドに戻される。
執事長にのし掛かられ、その隙に医師が注射を打ってきた。
意識が遠退いて行く。
エリーゼの泣き顔がいつまでも目に焼き付いて離れない。
エリーゼ、行かないで。
×××
目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
「お目覚めですか?」
ベッド脇から声がした。
侍女長だった。
「エリーゼは?」
「別の部屋で寝ております」
侍女長の事務的な声。
相当怒っているのがわかる。
「彼女は…何か言っていたか?」
「離縁したいと」
その言葉に胸が締め付けられる。
「…いやだ」
侍女長から顔を背ける。
貴族の離婚は、離婚申込書に二人でサインをして教会に届け出る。
受理されれば成立する。
よって、サインさえしなければ、法律的に彼女は俺のものだ。
絶対にサインはしない。
「お嬢様に、時間を貰えませんか?」
侍女長の静かな声が響く。
「お嬢様が覚醒してから一週間しか経っておりません。しかも、目を覚ましたときは事件の真っ只中。旦那様との事を落ち着いて考えるには、時間が必要です」
確かにその通りだ。
俺としたことが、事をせいでしまった。
彼女を離したくないが、彼女の気持ちを考えれば、時間を置くのは必要なことだと思えた。
「わかった。だが、どうするんだ?」
「隣国に見習い教師として留学するのはどうでしょう。研修期間が終われば帰国。お嬢様が隣国にいる間に、孤児院の近くに学校を設立し、そこの理事になってもらえればよろしいかと」
なるほど。
それなら考える時間もとれるし、彼女の戻ってくる場所も確保できる。
また、俺への見方も変わってくるかもしれない。
「そのように動こう。隣国には侍女長も同行してくれないか?さすがに一人で行かせるのは心配だ」
「かしこまりました」
侍女長は朗らかに笑った。
×××
それからは、怒濤の忙しさだった。
侍女長から彼女に話を通してもらった。
正直、隣国に行けなんて『お前の顔など見たくない』と意図しない意図に取られるのではないかと心配したが、杞憂に終わった。
エリーゼ自身、もっと勉学に携わりたかったようで、帰国したら孤児院の子供達にもっとたくさんの事を教えてあげられると喜んでいたそうだ。
離縁を言われてから一週間で、彼女は隣国へと出発した。
別れの挨拶の時。
ベッドから出れない俺のもとに、彼女は来てくれた。
「手紙を書いて良いだろうか?」
伺うような俺に、
「はい。私も書きます」
と、目線を合わせて言葉を交わすことができた。
笑顔はもらえなかったが、大きな変化であった。
彼女は隣国に着いたら受験勉強に勤しんでいた。見習い教師だろうが、採用には試験も必要だったので、彼女の為に家庭教師を雇った。
彼女は勉学に励み、家庭教師が驚くほどの成果を上げていたそうだ。
侍女長の手紙に、生活の様子が事細かに書かれていたのはとても助かった。
俺からは一週間に一度手紙を送っているが、彼女からの返事がまだ一度も来ていない。
侍女長の手紙では、受け取ってはいるとだけ記載があった。
エリーゼのペースで構わないから、書けるときに返事が欲しいと手紙にしたためたが、返事が来ないことはかなり不安だった。
俺たちの結婚一周年の日に採用試験の合否がわかる。合格すれば、二年間の研修期間をへて教員免許を取得できるそうだ。
正直迷った。
彼女は必ず合格しているはずだ。
合格祝いに会いに行っても良いのだろうか…。
侍女長に意見を求めたが
「旦那様の思うようにして下さい」
と返事が来た。
意地悪な対応だ。
彼女の事を考えるなら、どうすればいいか自分で考えろと暗に言われた気がした。
交渉事なら、間違いなく行く。
相手が上機嫌の時に、少し難しめの案件も持っていって、気前よくサインさせるのは常套句だ。
だが、エリーゼはどうだろう。
合格の喜びに溢れているとき、快く思わない相手が現れて、盛大にお祝いされて喜ぶだろうか…。
逆に彼女の喜びに水をかける事にならないだろうか…。
それならお祝いのメッセージカードとプレゼントの方が無難ではないだろうか…。
あぁ、わからない!
俺は仕事を早々に片付けて隣国に向かった。
「エリーゼ!」
彼女は泣きながら部屋を飛び出した。
追いかける為に立ち上がったが、痛みで前に進めず、その場でうずくまってしまった。
エリーゼ以外と、この先一緒に居たいとは思わない。
彼女をあんなに泣かせてしまったのに、その顔さえ愛しい。
誰にも渡したくない。
彼女は俺のものだ!
必死に立ち上がった。
フラフラしながら歩き出す。
廊下から走る音がする。
「子爵様!」
医師が駆け込んできた。
「無理をしてはなりません!肩の刺し傷はかなり深いところまで来ておりました。最悪、腕を切り落とす事になりますぞ!」
「離してくれ、エリーゼのところにいかなくては…」
「そのお体では無理です!」
くそ、体が思うように動かない。
「誰か!手を貸してくれ!」
医師の声に執事長が慌ててやって来たのがわかった。
「旦那様!」
男二人に抱えられ、ベッドに戻される。
執事長にのし掛かられ、その隙に医師が注射を打ってきた。
意識が遠退いて行く。
エリーゼの泣き顔がいつまでも目に焼き付いて離れない。
エリーゼ、行かないで。
×××
目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
「お目覚めですか?」
ベッド脇から声がした。
侍女長だった。
「エリーゼは?」
「別の部屋で寝ております」
侍女長の事務的な声。
相当怒っているのがわかる。
「彼女は…何か言っていたか?」
「離縁したいと」
その言葉に胸が締め付けられる。
「…いやだ」
侍女長から顔を背ける。
貴族の離婚は、離婚申込書に二人でサインをして教会に届け出る。
受理されれば成立する。
よって、サインさえしなければ、法律的に彼女は俺のものだ。
絶対にサインはしない。
「お嬢様に、時間を貰えませんか?」
侍女長の静かな声が響く。
「お嬢様が覚醒してから一週間しか経っておりません。しかも、目を覚ましたときは事件の真っ只中。旦那様との事を落ち着いて考えるには、時間が必要です」
確かにその通りだ。
俺としたことが、事をせいでしまった。
彼女を離したくないが、彼女の気持ちを考えれば、時間を置くのは必要なことだと思えた。
「わかった。だが、どうするんだ?」
「隣国に見習い教師として留学するのはどうでしょう。研修期間が終われば帰国。お嬢様が隣国にいる間に、孤児院の近くに学校を設立し、そこの理事になってもらえればよろしいかと」
なるほど。
それなら考える時間もとれるし、彼女の戻ってくる場所も確保できる。
また、俺への見方も変わってくるかもしれない。
「そのように動こう。隣国には侍女長も同行してくれないか?さすがに一人で行かせるのは心配だ」
「かしこまりました」
侍女長は朗らかに笑った。
×××
それからは、怒濤の忙しさだった。
侍女長から彼女に話を通してもらった。
正直、隣国に行けなんて『お前の顔など見たくない』と意図しない意図に取られるのではないかと心配したが、杞憂に終わった。
エリーゼ自身、もっと勉学に携わりたかったようで、帰国したら孤児院の子供達にもっとたくさんの事を教えてあげられると喜んでいたそうだ。
離縁を言われてから一週間で、彼女は隣国へと出発した。
別れの挨拶の時。
ベッドから出れない俺のもとに、彼女は来てくれた。
「手紙を書いて良いだろうか?」
伺うような俺に、
「はい。私も書きます」
と、目線を合わせて言葉を交わすことができた。
笑顔はもらえなかったが、大きな変化であった。
彼女は隣国に着いたら受験勉強に勤しんでいた。見習い教師だろうが、採用には試験も必要だったので、彼女の為に家庭教師を雇った。
彼女は勉学に励み、家庭教師が驚くほどの成果を上げていたそうだ。
侍女長の手紙に、生活の様子が事細かに書かれていたのはとても助かった。
俺からは一週間に一度手紙を送っているが、彼女からの返事がまだ一度も来ていない。
侍女長の手紙では、受け取ってはいるとだけ記載があった。
エリーゼのペースで構わないから、書けるときに返事が欲しいと手紙にしたためたが、返事が来ないことはかなり不安だった。
俺たちの結婚一周年の日に採用試験の合否がわかる。合格すれば、二年間の研修期間をへて教員免許を取得できるそうだ。
正直迷った。
彼女は必ず合格しているはずだ。
合格祝いに会いに行っても良いのだろうか…。
侍女長に意見を求めたが
「旦那様の思うようにして下さい」
と返事が来た。
意地悪な対応だ。
彼女の事を考えるなら、どうすればいいか自分で考えろと暗に言われた気がした。
交渉事なら、間違いなく行く。
相手が上機嫌の時に、少し難しめの案件も持っていって、気前よくサインさせるのは常套句だ。
だが、エリーゼはどうだろう。
合格の喜びに溢れているとき、快く思わない相手が現れて、盛大にお祝いされて喜ぶだろうか…。
逆に彼女の喜びに水をかける事にならないだろうか…。
それならお祝いのメッセージカードとプレゼントの方が無難ではないだろうか…。
あぁ、わからない!
俺は仕事を早々に片付けて隣国に向かった。
208
あなたにおすすめの小説
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして
Rohdea
恋愛
──婚約者の王太子殿下に暴言?を吐いた後、彼から逃げ出す事にしたのですが。
公爵令嬢のリスティは、幼い頃からこの国の王子、ルフェルウス殿下の婚約者となるに違いない。
周囲にそう期待されて育って来た。
だけど、当のリスティは王族に関するとある不満からそんなのは嫌だ! と常々思っていた。
そんなある日、
殿下の婚約者候補となる令嬢達を集めたお茶会で初めてルフェルウス殿下と出会うリスティ。
決して良い出会いでは無かったのに、リスティはそのまま婚約者に選ばれてしまう──
婚約後、殿下から向けられる態度や行動の意味が分からず困惑する日々を送っていたリスティは、どうにか殿下と婚約破棄は出来ないかと模索するも、気づけば婚約して1年が経っていた。
しかし、ちょうどその頃に入学した学園で、ピンク色の髪の毛が特徴の男爵令嬢が現れた事で、
リスティの気持ちも運命も大きく変わる事に……
※先日、完結した、
『そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして』
に出て来た王太子殿下と、その婚約者のお話です。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
全部私が悪いのです
久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。
姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。
世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。
*全18話完結となっています。
*大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。
*後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。
*この作品は他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる