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13話 カルロの断罪(後編)【残酷描写有り】

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~ カルロ視点 ~

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 俺は声の限りに叫んだ。
 悪魔女はナヴィの首から血が出なくなると、その体も圧縮し、赤い滴へと変えて杯に入れた。

「殺してやる!殺してやる!くそ女!!」
 手の平の楔から血が吹き出ようと、無我夢中で暴れ、目の前の悪魔を睨み付ける。
「素敵よカルロ。獰猛な獣のようで、とってもそそるわ。貴方に食べてもらいたいくらい」
「今すぐ食い殺してやるよ!」
「あらあら、本当の恋人の前ではしたないんじゃない?」

 悪魔女の視線が俺から外れ、後方へと移動した。

「さぁ、フィナーレを飾るのは、貴方の『本当の恋人』ですわ」
 視線が最後の一人、ハンナに移った。
 ハンナは恐怖に怯え、涙と鼻水で顔面がぐちゃぐちゃになっていた。体はガタガタ震えている。
 悪魔女に引き寄せられて、ハンナはゆっくりと俺の前に来た。
「しっ、死にたくない…」

「このクソ悪魔!ハンナに何かしてみろ、ぶっ殺してやる!」
「素敵!素敵よカルロ。もっと私を睨み付けて。私だけを見つめて!その強い眼差しが最ッ高に興奮する」
「イカれ女が!」

 女はスルリとハンナの後ろに回り、首に抱きついた。
「ひっ!」
「やめろ!!」
 拘束をほどこうともがいた。手の平の楔が邪魔をするが、関係ない。手がもげようと構わない。ハンナだけは助けたい!その強い気持ちで無茶苦茶に体を動かした。

「どうやって死にたい?ゆっくりと圧縮しましょうか?それとも、一ヶ所ずつ潰していきましょうか。あぁ、体を潰して、頭を交換するのも良いわね」
「しっ、死にたくない…」
「フフフ。ダメよ~。貴女が生きていたら、いつまでたってもカルロの心を一人占めできないじゃない」
 女はチラッとこちらの様子を楽しむように目線を向けてきた。
 勝ち誇ったような顔がムカつく。

「ちっ、違うわ…。わっ、わっ、私はカルロの恋人じゃない…」
 ハンナは青い顔をしながら呟いた。

 衝撃の一言に、無茶苦茶に動かしていた体が固まる。

「カルロとは単なる仕事仲間で、恋愛関係はないのよ!」
「ハン…ナ」
「むっ、むしろ嫌いだった。変に自信過剰で、傲慢で、何でも一人で決めて、女遊びも激しくて。かっ、観賞用なら近くにいても楽しかったけど、恋人になりたいなんて、思った事もなかったわ!」

 ハンナの紡ぐ言葉が、ナイフのように心に突き刺さっていく。

 嘘だ…。
 俺達は恋人だ。何度も体を重ねて、将来はどんな生活がしたいか話し合ったじゃないか。
 一緒になるために、危険な貴族の夜会に潜り込んだんだ。不気味な悪魔女の恋人役だってやったんだ。
 すべて、ハンナとの未来のために…。

「こっ、今回の仕事もカルロが勝手に引き受けて来たのよ!『いい稼ぎになる。不気味で可哀想な女を騙して、駆け落ちに見せかけて殺せば、大金が手にはいる』って、私は反対したのよ!」

 違う…。
 仲間みんなで決めたじゃないか。
 殺した後は何処の国に逃げるのか、巻き添えで殺されないように、重要書類を金の受け渡し後に郵送するって案は、ハンナのアイディアだっただろ!

「私は関係ない!関係ないのよ!!だからお願い。私は解放してちょうだい。悪いのはすべて、カルロなんだから!」

 俺の中で何かが、音を立てて崩れて行くのを感じた。
 あんなに愛していた女は、自分を見捨てて生き残ることに必死なんだ。俺を踏み台にしても生き残りたいと、目が言っている。

「フフフ。私の愛した人を悪く言わないで下さいな」
 悪魔女はハンナの後頭部をゾッとする笑顔で鷲掴みにした。
「アガガガガガ!」
 頭に圧がかかっているのか、ハンナは酷い呻き声を上げる。

「カルロ、どうしましょう?恋人じゃないなら、このまま逃がしてあげましょうか?」
 醜悪な笑顔で問いかけてくる。

『滑稽ね』

 言葉は発しないまでも、嘲笑う顔が雄弁に語った。
 さっきまで自分を突き動かしていた『ハンナを助けたい』と言う気持ちが陰り、どうしたいか自分でもわからない。ただ、死なせたいのかと言われたら、そこまでの強い気持ちはない。

「…逃がしてくれ…」
 力なく呟いた。

 悪魔女はハンナの頭を離すと、ハンナはそのままドスン!と真下の地面に落ちた。
 自由になったハンナは、振り向かず這いつくばりながら廃教会から出ていった。

「可哀想なカルロ!大丈夫よ、ずっと私が側にいてあげるから」
 悪魔女が首にまとわりついてくる。
 もう抵抗する気力も起きない。

「ーーーーーー!」

 遠くの方で叫び声が聞こえた様な気がした。
「一ついい忘れていたけど、この教会の回りは魔物が溢れかえっているのよ。ゴブリン、オーク、ワイルドウルフ、あとゾンビとか。武器も持たない女が生きて通り抜けるのは無理でしょうね」
 薄笑いを浮かべて、まるで挑発するような物言いだが、不思議と何も感じなかった。

「離れろクソ女。俺はお前のものになんかならない。生まれ変わって、必ずお前を殺しに行ってやる」
 悲しいと言う感情よりも、憎しみや怒りが俺の中では渦巻いていた。
 恋人が俺を見捨てたのも、仲間が無惨に殺されたのも、すべてこの女のせいだ。

「生まれ変わって、私を殺しに来る…」
 女はぼそぼそ呟いた。そしてーーー。
「素敵ね!!」
 と、瞳を輝かせた。

「本当は貴方の魂を瓶詰めにして、永久的に手元で眺めていようかと思っていたのに、生まれ変わる度に私を思ってくれるなんて…考えただけで興奮しちゃう!」
 女は気色悪く、自身で体を抱き締め、くねらせている。


「復讐はもう終わりか?マリアーナ」
「旦那様!」
 下から男の声が聞こえた。
 だが、人影はない。
 悪魔女はフワリの地面に着地し、祭壇前に跪いた。
 祭壇には黒猫が鎮座していた。

 あの猫は伯爵家で何度か見かけた。悪魔女にしか懐かなかったやつだ。
 まさか、あの猫がーーー。

「悪魔…」

「悪魔?ククク、悪魔か。まぁ、好きに呼ぶがいい。悪魔、天使、神。人間たちが勝手に呼んでいる名称に過ぎん。マリアーナ、あの男を殺して終いか?」
「旦那様。一つお願いがありますの」
「なんだ?」
「カルロの魂に、何度生まれ変わっても分かるよう印を着けたいのですわ」
「ん?瓶詰めにするんじゃなかったのか?」
「生まれ変わったら殺しに来てくれるそうです。生まれ変わっても私を想ってくれるなんて、最高でしょ」
 ニコニコと悪魔女は笑った。
 黒猫は少し考えるように俺を見た。

「…いいだろう。可愛いマリアーナの願いだからな。しかし、いくつか条件をつける。
 まず一つ、生まれ変わった容姿は白髪・赤目になる。
 二つ、誰かと恋仲になったら呪いで死ぬ。
 三つ、25歳までにマリアーナに会いに来なければ呪いで死ぬ。
 四つ、期限はその男の魂がひび割れるまで。
 この国の玉座の間に呼び鈴を置いておくから、俺達に対峙する気概があるなら呼び出すがいい」
「旦那様、ありがとうございます」

「最後の儀式を行う。マリアーナ、聖杯を掲げろ」
 黒猫の命令にしたがって、悪魔女は立ち上がり両手で杯を空に掲げた。

「ーーーーーー」
 黒猫が聞き取れない、呪文らしき言葉を発すると、悪魔女を中心とした光る陣が現れた。
「誓います」
 悪魔女はそういうと、手にもった杯の中身をあおった。

 すると、白い髪は黒くなり、ゆっくりと開かれた瞳は青と金のオッドアイへと変わっていた。着ていた血まみれの洋服は、レースを分段に使った白いドレスへと変わった。そして、背中に左右が白黒の、鳥のような翼が生えていた。

 不気味な悪魔女と嫌悪していたのに、その姿は神秘的で見惚れるほど美しく感じた。

「キレイだよ、マリアーナ。我が花嫁」
 黒猫が人間の男に変化した。黒髪でオッドアイ。恐ろしいと思うほど美しい男だ。
 黒の燕尾服と、白いドレス。
 ここが廃教会であることから、まるで悪魔の結婚式を見ている気分だった。
「ありがとうございます、旦那様」
 男は女の手を取り、甲にキスをした。
「他の男に心を残しているのは腹立たしいが、可愛いマリアーナの願いだ。我慢してやる。まぁ、下賎な男の魂など、すぐにひび割れて消えてしまうだろうがな」
 男の視線がこちらをチラッと向いた。心臓が凍りつきそうなほど、冷たい眼光だ。
「ヤキモチですか。嬉しいです」
 朗らかに女は笑った。
 その笑顔はよく俺に向けていた、照れたときに見せる顔だった。
 俺に愛を囁いていた時の顔だ…。
 
 悪魔女はフワリの飛び立ち、俺の目の前にやって来た。どこから出したのか、手にナイフが握られている。
 そのナイフに見覚えがあった。そう、そのナイフは俺が悪魔女の胸に突き刺したナイフと同じだった。
 悪魔女はナイフで自分の手の平を傷つけ、ナイフに血を塗りつける。

「再会する日が楽しみよ。いつまでも待っているから、ずっと私の事を想っていてね。憎しみは愛以上に強く激しい感情でしょ?貴方の心を占めるのが私への想いだと思うと最高の気分よ」

 血の出ている手で俺の頬に触れてくる。その瞳は別れを惜しむような、再会を夢見ているような、そんな表情だった。
「俺も再会するときが楽しみだよ。必ず殺してやる。待ってろ」
「えぇ、待ってるわ」

 ナイフは深々と俺の心臓に突き刺さった。
「ぐぅ!」
 
 必ず殺してやる。
 この女を殺してやる。
 魂に刻み付けるように、女の顔を睨み付ける。
 意識が遠退いて行く。目も霞んできた。

 瞳を閉じる前に、悪魔女の顔が近づいた様に感じた。柔らかい何かが唇に当たった気がしたが、よくわからなかった。
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