ノンフィクション

犀川稔

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48話 母親と千隼

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 あれからおれと新山さんの関係はすっかり良くなった。そして新山さんのおれへの過保護&溺愛っぷりも拍車を掛けるように急成長を遂げた。
 ほんの少しの時間でもパッと会うことができる家と家の距離だからか夜中におれがコンビニに行くと言えば「家の前まで迎えに行く。」と言ってコンビニまで着いてきてくれたり、バイトが連勤になり会えない日が数日続いた時はバイト帰りに家の前までおれに会いに来てくれたりもする。
 そんな新山さんと過ごす日々はおれにとって最高に幸せな時間で、ここまで尽くされていると流石のおれでも「あぁおれって大事にされてんな。」と自惚れてしまうほどに実感できる。
 今日は華金で明日は新山さんと久しぶりにまったりデートができる。観たい映画があると言ったらその映画を新山さんが予約をしておいてくれて明日はそれを観に行く予定だ。
 るんるんで明日の準備をリビングでしていると仕事を終え疲れ切った顔をした母親が帰ってきた。
「おかえり、お疲れ様。」
「あ、あぁ...千隼ただいま。夜ご飯はもう食べた?」
「うん。兄貴と一緒に食べたよ。食べて早々に兄貴は友達と予定あるとか言って出て行ったよ。今日はもう帰ってこないんじゃないかな。」
「そ、そう...あの子も相変わらずね......。千隼は最近出かけることも増えたみたいだけど成績も落とさないでえらいわね。楓も本当はやればできる子なのに....ま、まぁ学生は遊ぶのも仕事よね。」
 母親はそう苦笑いで千隼に話をすると、朝に作って行ったビーフシチューに火を入れた。
「父さんは?今日も泊まり?仕事なかなか落ち着かないんだね。そろそろシャツ洗い替えないんじゃない?」
「そうみたい...今度出勤前に数着クリーニングが終わってるの持っていこうかしら。今回は早く片づくって言ってたけど...色々あるのかしらねぇ。」
 千隼は同じ職種で働いていて父親の気持ちがわかるのか、決してマイナスな発言をしない母親の言葉を聞き納得したように頷き冷蔵庫に入っていたプリンを手に取り母親の対面の椅子に座って食べ始めた。そんな千隼を見ていた母親は少し躊躇した後で恐縮したように口を開いた。
「......一つ聞きたんだけど...千隼...あなた今付き合ってる人とかいる、の?」
 その言葉を聞いて一瞬驚いた顔をした千隼はプリンを食べる手を止めたけれど、しばらくするとまた手を動かした。
「うん。いるよ。」
 淡白すぎるその返答に母親はクスッと笑みを浮かべると、まるで全てを知っていると言ったような表情で「彼はどんな人なの?」と聞いた。
「...え?」
「ん?...だからその恋人だって言ってる彼はどんな性格の人なのって聞いてるのよ。」
 思いがけない母親の言葉に千隼がぽかんと口を開けるとその口の中にたくさん煮込んでほろほろになったビーフシチューのお肉を放り込んだ。
「...っちょ、な...なにっ!」
「え~?人の顔見てボーッと口開けてたからもっとビーフシチュー食べたかったのかなって思っただけよ。圧力鍋で作ったからすごい柔らかいわね~今朝の私さすが!美味しくできてるわ~!」
 マイペースでお気楽な母親の言動に驚きながらも呆れたようにため息を吐くと「確かに美味いけど...」と言い、千隼はビーフシチューの美味しさを認めた。

 おれの兄貴の性格は、母さんの性格そのものだった。現金で明るくて...場の雰囲気を一瞬で和ませてくれる。そんなおれにとって羨ましい性格だった。
 一方おれはと言うと父さんの性格に似ていて、頑固で義理堅くて人には厳しいくせに自分には甘い。どこか他人任せに考えてしまう一面があるのに自分で決めたことに対してちょっとでも他人から指摘されると不快感を抱いてしまう。そんな面倒な性格だった。だから昔から口には出すことはなくとも、母親と兄貴は特に気にしていない小さなことでもおれだけは父さんの言うことややることには思うことが多くあったし価値観の違いを感じる事があった。きっと似た性格が故に招いた感情なのだろうと自分の中で言い聞かせてきたけれど、だからこそ父さんが家にいるとモヤモヤすることがあったから極たまにしか顔を合わせない今のような距離感がベストなのだろうと思っていた。
 母親曰く、たまの休日は家で寝ているらしいけれどそんな日に限っておれは新山さんと出かけていたり友達とあそんでたりすりから必然と会うことはなかった。

「そういえばめっちゃ反応遅れたけど、なんでおれの相手が男だって知ってんの?」
 プリンを食べ終えた千隼がキッチンのゴミ箱にそのゴミを捨てながらそう聞くと、母親もまた食べた食器を洗いにキッチンにやってきた。
「この間、あーあれは...いつだったかしら...忘れたけれど家の前までその彼に送ってもらってる千隼を見かけたのよ。前にもその彼といるところは見たんだけど、その時は普通に帰っていくだけだったのにこの間は帰り際にキスまでしちゃってるんだから~!もう恋人以外ありえないじゃない!?」
 キャピキャピした口調で話をした母親を引いた顔で見た千隼は「なんでそんなテンション高いの...。」とため息を混じりに言った。
「え~だってもう青春じゃない!?私にはそんな若いこともうできないから少女漫画でも読んでる気分になっちゃうわ~!で?っで!?彼とはどんな出会いなのよ!詳しく聞かせなさい~?」
 圧倒的に質問攻めを繰り返す母親の圧に負けた千隼は渋々、新山との出会いを打ち明けた。そんな千隼の話をキラキラとした目で聞いていた母親は終始ずっと楽しそうな顔をしていた。

 出会いから付き合った経緯、新山の性格まで洗いざらいに吐かされた千隼はソファでぐったりとした。そんな千隼とは対照的に母親はまだまだ話そうと言った姿勢を見せたため、千隼は思わず白旗をあげたようだった。
「なんでそんな相手のことを気になんの?...やっぱ男だから?」
 話を終えた千隼が聞くと母親は不思議そうな顔で「なんで男だと気になるのよ。」と言葉を返した。
「いや...なんと言うかさ。珍しいじゃん同性って。だからそんな気になってんのかなーって思って。」
「何意味わからない事言ってんのよ!私はまともに付き合ってもこなかったあなたがちゃんと恋人作ってるから驚いているのよ。」
 そう話す母親の言葉を聞いた千隼は顔を赤くし黙って外方を向いた。そんな千隼を見て母親は優しく微笑むと「大切にするのよ。」とだけ言いお風呂に入りに行った。

 本音を言うとめちゃくちゃ安心した。
 別に母さんにどう思われようと、別れるとか身を引くとかはするつもりはなかったけれど正直家族からのあー言う言葉ほどホッとすることはないと思う。母さんの性格上、自分の考えを押し付けるようなことはしないとは分かっていたけれどこんなにもすんなり受け入れられるとは思ってもいなかった。それが普段忙しくておれたち子供を見ることができない負い目から、何も言わなかったのかはわからないけれどそれでもおれにとっては下手に口出しをしてこなかったあの雰囲気に救われた。
 きっとこれが父さんだったらこんなすらすらと話は進まなかったと思う。だから母さんで本当に良かった。
「...まぁ、そもそも家にいること自体滅多にないから話すこともないけどな。」
 千隼はボソッとそう呟くとローテーブルの上でパッと画面が光った携帯電話に目をやった。
 相手は新山だった。今バイトが終わり着替るところだと言う報告のL◯NEだった。元々電話で明日の約束時間と場所を決めようと言う話だったので千隼は「待ってる。」と嬉しそうに連絡を返すとそそくさと自分の部屋に戻って行った。

 一方その頃、お風呂から上がりドライヤーをかけていた母親の携帯には父親からのメッセージが届いていた。そしてそのメッセージを読んだ母親は不穏な表情を浮かべた。

「シャツは必要ない。明日の昼頃帰る。数日休みを取ることができそうなんだ。それから前にも言った千隼の恋愛関係について、本人に聞きたいことがあるから明日は家にいるよう千隼に伝えておいてくれ。」
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