ノンフィクション

犀川稔

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6.5話 一番星

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バタンッという大きな物音を聞いて俺は目を覚ました。音のした方に行くと母親が床に倒れていて俺はすぐに起こして布団に連れて行った。
身体が弱い母親を気遣い、父親から「お前が母さんを守ってやれ。」と何度も言われて俺は育ってきた。父親は俺には特に厳しかったけど、母にはいつも優しく体調を気遣うような姿をよく目にしてきた。妹はおっとりとしていて時々抜けたような性格をしていることから俺は自分の中で父が不在の時は自分が家族を守らないといけないと思い今まで生きてきた。
そんな時父の仕事が忙しくなりはじめ、家の事や家族の世話に手を回すことが困難になってからは家政婦を雇うようになった。

倒れた母に寄り添い隣で座っているとインターホンが鳴り俺は玄関を開けた。入ってきた家政婦に事情を説明して俺は家を出た。特に予定はなかった...ただ家にいるのが嫌だったから。
母親が倒れたのに平気で他人に任せて出てこれるなんて薄情だと自分でも思う。ただもう何年もこんな感じの生活をしていると一日ずっとあの家で過ごすのは気が滅入る。
「兄なんだから妹の面倒を見るのは当たり前だ。」
「お前は男なんだから少しは家族のために何か役に立つようなことをしろ。」
別に自分も...家族にとって特別な扱いをされたいわけじゃない。ただ当たり前のように自分を世話役のように扱うこの家に居続けることが歳を重ねるごとに億劫になっていった。
そしてその頃から俺は逃げるように佐々木の家に遊びに出ることが増えていった。佐々木は俺の家庭事情を全て知っていて、何を言うわけでもなくどれだけ俺があいつの家に居座っても何も言わずに好きなだけ居させてくれる。
だから今日も当たり前のように佐々木の家に向かっていると、佐々木から一通の連絡が入った。
「体調オニ悪。」
そのメッセージを見た俺は佐々木の家に向かう足を止めてもう一度駅に向かった。
流石に体調が悪いのに家に押しかけるのは良くない。
「おだいじに。」
と連絡を返すと俺は駅で電車を待った。
ベンチに座りイヤホンで音楽を聞いて待っているとふと近くの列の先頭に並ぶ男の子に目が入った。手には暗記カードを持っていて、隣から微笑ましく彼を見ているサラリーマンの目線やその彼の後ろで大声で笑いながら話をする女子高生たちの声が耳に入らないほど彼は集中していて、なぜか俺はそんな彼をボーッと見つめていた。
駅に入ってきた電車がけたたましいブザーを鳴らした。と同時にその電車に飛び込む女性とそれに対する周りの悲鳴がその場を一気に凍りつけた。休日の朝なのに人は多くて一斉にみんながホームから走って改札の方に向かう中、彼は線路の方を見て立っていた。よく見ると足が震えていて動けない状況なんだと俺は気づいた。俺はすぐに彼の元に駆け寄ってその光景を見せないようにと彼の目を覆うようにして付けていたマフラーを巻いた。そして離れた場所にあったベンチを見つけてそこに彼を座らせた。
まだ動揺しているのか彼は手が震えていてさっきまで真剣に見ていた暗記カードはくしゃくしゃになっていた。俺は今自分にできることを必死になって考えた。受験生だと思った俺は彼の学校にこの状況を説明したほうがいいと思い彼に受験票を貸してもらい書かれていた電話番号に電話をした。話しながら横目で彼を見ると呆然としていると思ったら突然俺が巻いたマフラーをいそいそと外し、綺麗に畳んで自分の膝の上に置いた。そんな彼の行動が可愛くて俺はこんな状況なのに心が温まった。

電話を終えて彼の横に座った俺は、受験票を返すとたわいもない雑談を彼にした。特に内容はもう覚えてない。ただ少しでも最悪な経験をした後に試験を受ける彼の気持ち落ち着かせられればと言う一心でずっと口を開いていたのは覚えている。適当な話をつらつらと続けているのに彼は頷いて聞いていてそんな彼が小動物のようで可愛いと思った。
さっきまで受け身だったのにだんだんと慣れてきたのか彼からも色々と質問をされた。答えたかったけどあれだけ試験前の追い込みで頑張っていたのに俺が言ったことで余計なことを考えて欲しくなくて全ての質問を流すように答えた。そんな時、立ち入り禁止の黄色いテープが剥がされ辺りにはだんだんと人が集まってきた。
これでやっと彼が学校に向かえる、と安心し彼の方に顔を向けるとあの時。線路を見る彼に近づいていった時にしていた顔をまたしていた。
...しまった!
俺は急いで何か別の話題を考えた。そして不意にポケットに手を入れると、そこに入っていたモノを手に取って彼に見せた。
不思議そうに見る彼のカバンから見えたペンケースから油性ペンを手に取ると足の裏に書かれていた「mine」の前に「you are」と書き加えた。
特に深い意味はなかった...と思う。ただなんとなく、思いついた言葉を書いただけ。自分の中でそう思った。
同じ電車に乗るのは忍びないと思い、彼に一言かけた後、自分は適当に駅で時間を潰そうと彼に背を向け階段のほうに向かおうとしていた時「待って!」と彼が俺に声をかけた。
きっともう会うことないだろうけど最後くらい自分の顔をしっかり見てもらおうとマスクを下げて彼の方振り向くと彼は切ない顔でまた会えるかと俺に聞いた。
そんな彼の顔を見た俺は自分の中で全てが打ち砕かれた。
...あーもう。男だからとかまだ会ってまもないからとか...なんかそーゆーのどうでもいいや。この子は「俺」を見てくれる。俺を見て俺の話を聞いて俺のことを知りたいと思ってそしてきっと俺とまた会いたいと思ってくれている。
この瞬間俺の中で価値観がひっくり返ったような、そんな気がして俺は自分がおかしくて笑ってしまった。
もしまた会えた時にしっかり君に俺の口から聞いて欲しいから今は......。
「好き。」
俺は口には出さずに伝えた。
「多分会えるよ。てか会う。絶対見つけ出してそん時は告白するから、気長に待っててよ。」
俺が口に出してそう言うと彼は顔を真っ赤にした。健気な彼のその様子がとても愛くるしくて見ているだけで癒された。
俺は彼に手を振ると周りの人が自分たちに注目するのに目もくれず階段を上がった。

絶対に見つける。見た目的にきっと中学受験...と言うことは俺の一個下。中学生なんてまだ子供で自分でお金を稼ぐこともできないからせめて就職してからか?いや、高校に入ってバイトをすれば多少は...。
高校生になったらまた必ず彼を見つけてその時は告白する。彼が俺を忘れていて俺なんて眼中になかったとしてもそれでも......俺は彼を絶対に自分のモノにしてみせる。

俺はそう決心して頭を冷やした後、電車に乗って自分の最寄駅に向かった。
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