ノンフィクション

犀川稔

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6話 中学受験

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 寒い冬のことだった。あの人と会ったその日は中学受験の試験を受けに行くためにおれは一人、駅で電車を待っていた。本当は母も一緒に向かうはずが、当日の朝になり兄貴が39℃の高熱を出してしまったため焦る母に一人で行くとおれが言ったんだ。兄貴は自分のせいだと言って熱もあるくせに家の前までおれを見送ってしまったがためにその日の夜、更にふらふらになってしまったのを今でも覚えている。
 集中するためにイヤホンをし、単語帳片手にギリギリまで追い込みをかけていたおれは自分のすぐそばでその駅に入ってくる電車に自ら身投げをする女性に気づかなかった。
 ふと気がつくと隣に立っていたはずのサラリーマンが足を震わせながら走り去っていくのを見て何を見たんだろうと線路の方に目を向けるとそこには傷ましい惨劇が起こっていた。
 目を背けその場を動きたいのに全く思うように身体が動かず立ち尽くして居ると、背後から男の人が近づいてきておれの顔にマフラーぐるぐる巻きつけそのまま離れた場所におれを移動させた。
 そして近くのベンチに座らせるとおれの服装と手に持っていた単語帳を見て「受験票は?」と聞いた。
 震える手をなんとか伸ばして手渡しと彼はそれを受け取って電話をかけた。

「学校に人身事故が起こったの伝えといたよ。着いたら名前と受験番号入ってすぐの窓口で伝えてくれればいいってさ。遅れて大丈夫だから焦らず落ち着いて来てって言ってたよ。」
 顔に巻かれたマフラーを取っている俺にそう話すと、マスク越しではあったけれど彼は笑って自分の話を始めた。さっきまで気持ちが騒ついていて何も考えられなかったのに何故か彼の話はスッとおれの中に入ってきて、その後された話も不思議と聞き入ることができた。
「お兄さんいくつなの?」
「んー、いくつに見える?」
「家この辺?」
「一応日本っていうとこに住んでるっぽい。」
 おれがした質問には全然真面目に答えてくれなかったのにペラペラと尽きない雑談を永遠にしていていると立ち入り禁止のテープが剥がされ、あと数十分で運行開始の目処がたったと駅員さんが言って回っていた。
 そのテープを見た瞬間、あの時見た光景がフラッシュバックしておれは足を震わせた。その時その人はおれにクマのストラップを見せた。
「......?何これ...。」
「んー?願いを叶えてくれる魔法のキーホルダーだよ。」
 そう笑って話すとその人は「ちょっと待ってね。」と言って足に裏に何かを書き加えるとおれにそのクマを手渡した。
「くれるの?」
 おれがそう聞くと彼は頷いておれの頭を撫でてくれた。
 初対面でしかも男である自分にここまで親切にしてくれる彼のことが不思議でおれは首を傾げた。今もこうしておれが安心できるように手を握ってくれていて、さっきからおれがテープの先の方を見ようとすると自分の方を向かせるように何度も何度もおれに話しかけてくれる。その恩着せがましくない心地の良い彼の優しさがおれのさっきまで波立っていた心を鎮ませ安心のできる雰囲気を創り出してくれた。
「なんで..どうしてこんなによくしてくれるの?初対面なのに。」
 おれはそう聞くとその人はきょとんと不思議そう顔でおれを見た。
「んー、特にこれと言った理由はないかな、それも...俺があげたかったからあげただけだし。...んーまぁ強いて言うなら可愛いなって思ったからかな~、君のこと。」
 平然と話をすると彼は「そろそろ動くみたいよ。頑張っておいで。」と言い残し、立ち上がってその場から去ろうとした。
「待って!」
 その背中におれが声をかけると彼は付けていたマスクを顎にかけて此方を振り返った。
「また...また会えますか?」
 おれがそう聞くと彼は優し笑みを浮かべて口パクではあったけど確かに「好き。」と言った。
「多分会えるよ。てか会う。絶対見つけ出してそん時は告白するから、気長に待っててよ。」
 そう大きな声で言うとまた笑って手を振って歩いて行ってしまった。

 周りの人はおれ達のことを注視していた。それはそうだ。あんなに堂々と男が男に次会ったときに告白するなんて宣言してたらおれだってガン見する。あまり人に注目されるのは好きじゃないけれどこの時は全然嫌な気がしなかった。
「絶対見つける。」
 その言葉が何よりも嬉しかった。そして彼のためにも絶対この受験に合格していつかまた会った時に今日のことにお礼を言いたいと思った。あの人に会いたい。あの人のことを知りたい。名前も年齢も住まいも何もわからない相手なのにこんなにも気になって仕方ない。きっとおれは彼のことが好きなんだと思う。自分でもかなりちょろいやつだって思うよ。こんな数分の間に好きになってしまったんだから...。でもこの気持ちは絶対嘘じゃない。
だから待つんだおれは...待っていつか彼がおれを見つけてくれたその時におれも自分の気持ちを伝えるんだ。
おれは朝よりもやる気に満ちた顔つきで動き出した電車に乗り込んだ。
学校に着くとおれ以外にも遅延で遅れた受験生たちが集まっていた。
別室でテストを受けるとおれは集中して問題を解いた。手応えは言わずもがな十分にあった。
そして約半月後、受験結果が家に届きおれは見事合格した。家族はとても喜んでくれた。兄貴もこれで落ちたら自分を恨んでたと冗談混じりに言っていた。

おれは家族には人身事故のことを話さなかった。結果テストを受けることもできたしこうして合格もできたから、特にわざわざ言う必要もないと思った。...でもそれはただの建前、本当はあの思い出を詳しく誰かに共有したいと思わなかったから。あれはおれとあの人だけの大切な時間。だからそれを他の人に知って欲しいとは思わなかった。おれの中にだけでいい...あぁ......早く...早く。

「あの人がおれを見つけてくれますように。」
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