探偵は胸を揉む:偽りの依頼人

リチャード裕輝

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第六話:究極の裏切り者と致命的な情報

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第六話:究極の裏切り者と致命的な情報

俺は、リナとアオイの慟哭を背に、残された最後の人物、タケルに向き直った。彼は腕を組み、猜疑心と憎悪に満ちた目で俺を睨みつけている。その表情は、俺の能力の存在を否定しきれず、自分の秘密が暴かれることへの極度の恐怖を隠しきれていなかった。

「随分と楽しませてくれたな、探偵さんよ」タケルは唾を吐き捨てるように言った。「これで女どもの告白タイムは終わりか? で、俺からは何を読み取るってんだ? 俺には触らせる胸はねえぞ」

タケルの挑発は、自身の弱さを隠すための硬い鎧だった。俺はその鎧を無視し、静かに口を開いた。

「お前は、ユウキが消えたことを喜んでいるように見えた。リナやアオイとは違う、妙な高揚感だ」

「はっ、馬鹿言うな! あいつは俺の親友だぞ!」タケルは即座に、そして過剰に否定した。その否定の裏には、隠しきれない真実の熱があった。

俺はタケルを一歩追い詰めた。「そうかな。お前はユウキを憎んでない。憎むほど、関係は単純じゃない。むしろ、お前は彼の承認に依存していた。リナがユウキの愛に、アオイがユウキの庇護に依存していたように、お前はユウキの存在そのものに依存していた」

「うるさい!」タケルは激昂し、俺の胸倉を掴み上げた。その力は強く、怒りに震えていた。

「友情だよ。だが、歪んでいる」俺は掴まれたまま、目を逸らさずに続けた。「お前は心の底で、誰よりもユウキに認められたいと願っていた。対等な親友ではなく、『お前にしかできない存在』として。そして今回、ユウキくんはお前にしかできないことを頼んだ」

俺は、タケルの激しく動揺する瞳を覗き込むように、トドメを刺した。

「それは彼を死なせるという、究極の裏切りであり、究極の承認だ。初めてユウキが、お前の力を必要とした。お前は彼に『お前が俺を殺せる唯一の人間だ』と言われたかったんだ」

俺の最後の一言が、彼の心の最後の砦を、まるでガラスのように打ち砕いた。掴んでいた胸倉から、急速に力が抜けていく。強がっていた瞳から、みるみるうちに涙が溢れ出し、タケルの逞しい体は、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「どうして、お前に…そんなことがわかるんだよ…! 俺は…俺はただ…あいつに…俺を見てほしかっただけなんだ…!」タケルは、床に座り込み、両手で顔を覆って泣き崩れた。彼の嗚咽は、悔恨と、目的を達成したことへの虚しさに満ちていた。

だが、次の瞬間。タケルは、ゆっくりと顔を上げた。彼は、這いずるように立ち上がり、俺の胸倉を掴んだ。泣き腫らしたその顔は、憎悪と諦念で歪んでいた。それは、自分の弱さを暴かれた者の、最後の反抗だった。

「…だったら、お前はどうなんだよ。偉そうなことを言いやがって。お前だって、ユウキに認められて、あいつの小説の主人公になりたかっただけだろ?」

タケルの目は、俺の最も深いトラウマを突き刺してきた。

「それに、お前だって…ただ、胸が揉みたいだけだろ?」

その言葉は、俺の最も触れられたくない、力の裏にある「業」を、容赦なく抉った。タケルは俺の顔を覗き込むようにして、嘲笑う。

「どうだった、二人の胸はよ? 柔らかかったか? あの変態能力で、ただ楽しかっただけなんじゃねえのか!」

俺は、タケルの言葉に何も言い返すことができなかった――沈黙したのは、俺の心臓の鼓動が、彼の指摘が的外れである証拠を打ち鳴らしていたからだ。

俺は掴まれた胸倉から、タケルの腕を払い除け、冷え切った目で彼を睨み返した。

「違う」

俺の声は低く、そして怒りに震えていた。

「俺はもう、二度と揉みたくなかった。だから俺は、この山奥に隠遁し、誰とも会わずに生きてきたんだ」

俺は、自らの能力と、それを使うことで浴びる世間の軽蔑の眼差しへの、深い自己嫌悪を吐き出した。

「お前に分かってほしいのは、俺がこの忌まわしい力を、どれほど呪っているかということだ!」

タケルは、俺の激しい自己嫌悪の感情に、一瞬言葉を失った。俺の苦痛は、彼の「承認欲求」とは全く異なる、「存在の否定」という、さらに重い闇だった。

タケルは、俺の真の苦痛を理解し、その憎悪の炎を鎮めた。彼の声は、泣き崩れていた時よりも遥かに重く、罪の意識に苛まれていた。

「…俺は、あいつの頼みを断れなかった。あいつに、『お前は俺を殺せる唯一の人間だ』って言われたんだ!」

タケルは叫びながら、遂に共犯者としての罪を告白した。

「俺はあいつの自殺を手伝うことでしか、あいつの親友になれないと思ったんだ…! 地下室に、高濃度のガスボンベを運んだのは、俺だ! あいつは、地下のワインセラーの隠し部屋で、自殺するつもりなんだ! 今頃、もう…」

俺は、タケルの言葉を聞き、一瞬で状況の全体像を把握した。

(考える奏太)――ワインセラーの隠し部屋。俺がこの山荘に引きこもる前、唯一外界との接点だったのが、ワイン評論という仕事だった。この地下には、俺が数百万円の金を投じ、完璧な温度管理と湿度維持を施した特注のセラーがある。それは、俺の芸術家としての魂が、小説から離れて唯一休息できる、密やかな聖域だった。

ユウキは、リビングの棚の奥に隠していた空の高級ボトル、そして俺の過去の痕跡を全て調べ上げ、俺が熱狂的なワイン愛好家であることを突き止めていたのだ。

久我の山荘の地下室に、俺が作ったセラーの奥の隠し部屋こそが、ユウキが選んだ「舞台」だ。

「この山荘の秘密を知り尽くした者でなければできない、完璧な密室の設計だ……いや、違う。ユウキは、俺の『聖域(テリトリー)』を侵し、俺の心を最も抉る場所を、探偵への挑戦状として選んだのだ」

奏太は、タケルの告白に戦慄した。残された時間は、ほとんどない。ユウキの狂信的なゲームは、奏太の個人的な領域を侵食しながら、最終局面を迎えた。
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