探偵は胸を揉む:偽りの依頼人

リチャード裕輝

文字の大きさ
8 / 11

第八話:巨乳探偵の断罪

しおりを挟む
第八話:巨乳探偵の断罪

久我は、血まみれのユウキを前に、静かに息をついた。視線は鋭く、だが言葉は穏やかだった。

「ユウキくん……君は、自分の大切な人たちを守るために、こんな危険な行動を選んだんだな。ただの狂気じゃない。君なりの、償いであり、救済だったんだろう」

ユウキは微かに口元を歪め、久我を見つめた。その目には、驚きでも焦りでもなく、静かな納得と、わずかな興味が混じっていた。

「……そうですか。あなたには、僕の本当の気持ちが見えるんですね」

久我は視線をそらさず、静かに頷く。

「血まみれの現場から、君の行動の意味は読み取れる……破滅願望じゃなく、守りたいという意思が現れている」

ユウキは小さく笑った。その笑みは狂信的ではなく、どこか安堵に満ちていた。

「なるほど……僕の狙いは、あなたに『真実の光』を示すことだった。あなたがここで、リナやアオイ、そして僕の行動の本質を理解すること。それが最終目的でした」

久我はゆっくりと息を吐きながら、頷いた。

「わかった。君の狙いも、君なりの正義も、理解した……だが、それでも危険すぎる。君のやり方は、誰も救わないかもしれない」

ユウキはまるで儀式を始めるかのように静かに尋ねる。その視線は、久我の顔と、かつてリナの胸に触れた呪われた手のひらを交互に見つめる。

「現場の状況、君の行動、そして目に宿る覚悟……すべてを見れば、君の心の奥底にある『償いの動機』は読み取れる」

ユウキはゆっくりと皮肉めいた笑みを浮かべる。久我が、自分の能力を告白せずに迷っていることを、彼は知っているのだ。

「やはり、僕の推理は正しかったようですね。あの小説『歪んだ庭』の主人公と同じだ。真実に辿り着くために、社会から蔑まれる手段を選ぶ――久我さん、あなたの心理描写はあまりにリアルで、まるで登場人物の頭の中を覗き込んでいるようだった」

ユウキは一歩踏み込み、久我の顔を覗き込む。彼の息遣いすら、久我の領域を侵すかのようだった。

「僕が仕掛けたこのゲームの最終目的は、あなたに『真実の光』を示すことでした。そして今、あなたの推理が、それを証明した。それは、あなたが僕の仕掛けに乗り、リナとアオイの胸に手を触れたからです」

ユウキは勝利を確信したかのように、さらに静かに続ける。

「あの忌まわしい能力を、僕のために使ってくださった。そうですよね、久我さん?」

久我は観念し、静かに頷いた。「ああ、その通りだ」

ユウキは心底楽しげに満面の笑みを浮かべた。その顔には、尊敬と、最高の探偵の「呪い」を手に入れたという、狂信的な興奮が入り混じっている。

「素晴らしい! もし本当にそんな能力があるなら、僕たち、最高の探偵コンビになれますよ。僕の論理的な推理と、あなたの真実を覗き込む力。名付けて――巨乳探偵と凡人探偵のコンビ! 格好いいでしょう?」

ユウキの無邪気ともいえる提案は、久我の能力を「呪い」ではなく「才能」として肯定する、最も強力な承認だった。その言葉は、久我の心臓を激しく打ち、能力の是非を問い続けた人生に、新たな選択肢を突きつけた。

久我は曖昧に言葉を濁したが、ユウキは真剣な眼差しで久我を見つめる。

「久我さん。僕もいつか、探偵として、あなたの小説に登場させてください。間違っても、すぐ死ぬ死人Aじゃ困りますよ」

久我は、彼の次の「物語」への執着を感じながらも、約束するように答えた。

「ああ、必ずな」

その時、遠くからパトカーのサイレンが近づき、山荘に騒然とした空気が流れ始めた。

俺が、憔悴しきったアオイの前に立つと、彼女はぼろぼろと涙を流しながら、感謝の言葉を探すように俺に抱きついてきた。

俺は静かに彼女から一歩距離を取り、彼女の胸をちらりと見て、無意識にそのサイズを言葉にした。

「…Aカップ」

その瞬間、リナの目から怒りが爆発した。乾いた、冷たい音が、静かな山荘に響き渡る。リナが、俺の頬を強く叩いたのだ。

俺は、リナの方へ向き直り、叩かれた頬の痛みよりも、彼女の瞳の軽蔑に耐えながら、反射的に次のサイズを呟いた。

「……Dカップ、だな」

俺の言葉に、リナの顔からさっと血の気が引いた。驚愕と、そして深い嫌悪。その瞳に浮かんでいたのは、以前のサイコメトリーの直後に見たのと同じ、決定的な軽蔑の色だった。タケルもまた、俺を「底知れない怪物」を見るような眼差しで見つめている。

「……気持ち悪い」

リナは、か細い、呪詛のような声で、そう吐き捨てた。

「結局あなたは、ユウキの命を救ったんじゃない。私たちの心を覗き見て、私たちの傷を面白おかしく弄んだだけじゃない! あなたと、何が違うのよ?」

俺はただ、黙ってそれを受け止めた。彼女の言葉は、完璧な真実だった。

そうだよな、結局俺は、あのときと同じ場所にいる。

救済と解決を成し遂げたという一瞬の自己肯定感は、リナの断罪によって跡形もなく消え去った。最後の最後まで、俺は呪われた能力の奴隷であり、その力を行使した時点で、人間として軽蔑される運命にあるのだ。

彼らは俺を置き去りにし、警察官の足音だけが残る山荘には、再び重苦しい静寂が戻ってきた。

俺はただ、冷たい頬を押さえながら、一人、ポツリと呟いた。

「……結局、何も変わらない」

俺の能力は、彼女たちの心を救う「光」にはなれなかった。それは、俺を永遠に孤独な闇に閉じ込める「呪い」のままだ。

その時、背後から声がした。

「おい、久我さん!」

振り返ると、ユウキが、警察官に付き添われながらも、意図的にゆっくりとした足取りで、俺のすぐ後ろに立っていた。彼の口元には、いつものように、読者を見透かすような、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「巨乳探偵、随分と嫌われちゃいましたね」

ユウキはそう言って、リナに叩かれて冷え切った俺の頬を、自分の温かい掌で包み込んだ。その手の温もりが、俺の頬の冷たさと、心臓の絶望的な鼓動を、一瞬だけ和らげた。

「でも、わかってますよ。あなたが本気で、みんなのことを思ってくれたってこと。僕には、全部お見通しですから。巨乳探偵さんと違って、僕の推理は、誰も傷つけたりしませんよ」

ユウキの言葉は、まるで絶望の底に突き落とされた俺を、最後の瞬間だけ引き上げる救命索のようだった。彼は、リナの言葉で全てを失った俺の孤独を、「理解者」として、たった一言で肯定してくれたのだ。俺の目には、自然と熱い涙がこみ上げてきた。

――ああ、この男だけは、俺の能力の裏にある、純粋な「救いたい」という動機を、理解してくれた。

俺が、感謝の念に震えているのを見て、ユウキはそっと手を離し、クスリと笑った。

「でも、一つだけ訂正させてください。リナはDカップじゃなくて、 Eカップですよ」

その瞬間、俺の頭の中に、凍りつくような真実が、稲妻のように走った。

「ほら、僕の方が一枚上手でしょ。久我さんの能力は、衝動的な記憶は読み取れても、日常的な真実は読み取れない欠陥品(ジャンク)だ。そうでしょう?」

ユウキはそう言って、俺の背中を軽く、しかし、「次のゲームを始めよう」と誘うかのように意味深に叩いた。

「また、僕の推理小説の続きを、書いてくださいね」

ユウキは、俺の能力の限界と、自分の勝利を最後の最後まで証明し、満足げに警察の待つ場所へと向かっていった。

俺は、冷たい床に立ち尽くしたまま、ユウキの背中を見送った。頬の温もりと、リナの平手打ちの熱さ、そしてDカップという決定的な敗北の事実。

「Dカップ」

俺は、救済と承認という最大の褒美を与えられながらも、能力の限界とユウキの優位性を突きつけられ、再び「変態」という現実」に引き戻された。

俺は、確かにユウキの命を救った。しかし、彼は俺の心の奥底に、拭い難い孤独と、永遠に解けない次の謎を残していった。

俺の能力は、彼女たちの心を救う「光」にはなれなかった。それは、俺を永遠に孤独な闇に閉じ込める「呪い」のままだ。そして、俺は今、その呪いを、最高の理解者であり、最大の挑戦者であるもう一人の狂信的な作家の物語に囚われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...