4 / 21
12月
4
しおりを挟むその日の夜。
二人は毎晩、千早の要望通り何らかの便りをメッセージアプリなり電話なりでするようにしているのだが、今夜は通話である。千早は直接問いただしたいことがあったのだ。
「もしもし、チカちゃん…今日さぁ、男に話しかけられてたやろ、窓から、」
『見てたんですか?ウチシバ運輸さんの…何さんだったかな…忘れちゃった』
「誰でもええねん、もー…なにモテてんのよ、チカちゃん」
『え、雑談ですけど…すごくどうでもいい内容の…』
それが会話の糸口になり親交を深めるキッカケになるのだろう、千早は「なによ、」と迂闊な知佳から詳しく聞き出そうとする。
『国道沿いに北欧料理屋ができたって…』
「はぁ?ほんまにどうでもいい話やな…あ、チカちゃん北欧好きなんか?」
『いえ?特に何の思い入れも無いです…うん…優しい味、女性に人気なんですって…へぇ、って』
知佳に声をかけたスタッフは細マッチョの優男、女性受けする話題を持ってくるあたり慣れているのかリサーチしてまで女漁りをしているのか…千早は悪い方にしか考えが及ばなかった。
「……チカちゃん、それさ、一緒に行こうって誘われてんとちゃう?」
『え、何も言われなかったけど…そうなのかな?私に?無いでしょー…雑貨とかも扱ってるんですってよ、興味ないけど』
「それ誘われてるやんか、」
危ない、知佳が社交辞令で「へー、行ってみたい」などとこぼせば「じゃあ一緒に、」となるパターンであろう。そこを誘ってしまえば相手は断れない、実に自然で巧みな技であると千早は感心した。
『あー…その人、次の休みは水曜なんだって言ってました』
「がっつり休み合うなら行こう言われてるやん、どう答えてん?」
『そういうことか…その日が定休日じゃないといいですね、って答えたんですけど…ほら、個人の飲食店って普通に定休日とか平日の中日にあったりするでしょう?そっか…噛み合ってなかったかも』
「……相手が不憫や…」
この子の攻略ルートはそちらではない…千早は安堵するとともに、儚く散った優男の勇姿を讃えて小刻みにうんうんと頷く。
『はっきり言われなきゃ分かんなくて…恥ずかし…』
「ええのよ、誘われてたらチカちゃん断りきれず行ってしもうてたやろうから…うん」
『さすがに断りますよ…彼氏がいますからって…あ、でも男女2人で出掛けるからって=デートっていうのは感覚が古いのかな、松井会とかもしてるし…』
「いや、そらデートやろ……もっと大々的にアピールしたらどないやの?」
『聞かれたら答えますよ。でも聞かれないから答えようがないでしょ』
「まぁ…うん…」
知佳に声をかける男性陣にどのような思惑があるのかは分からない。単純に「男ばかりの中の紅一点に癒されるから」という理由もあるだろうし、「用事ついでに雑談」というのもあるだろう。むさ苦しい男とにこやかな女性、同じ内容の話をするなら笑って相槌を打ってくれそうな後者に話しかけたいと思うのは仕方のないことだと千早も思う。
『正直ね、疲れますよ…雑談って。わざわざ私に話すことだから重要なのかな?とか勘ぐったり。不愉快な思いをさせちゃ悪いなってニコニコしたり…1日の対人エネルギーをほとんどそこで消費しちゃいますよ…』
「そこまでか…え、俺との雑談も疲れてた?」
『最初はね…この人はなんで私に話しかけるんだろうって思ったし…妙に緊張したし…うん…あ、今は平気ですよ!千早さんは結構聞き上手だから』
君と仲良くなりたかった、あわよくばという気持ちがあった。下心だらけの千早の訪問を何度も許した彼女は、やはりどこか鈍いのかもしれない。
「うん…分かってへんから言うとくよ。チカちゃんな、最近明るくなってんて。話しかけやすくなってんて。しやから男どもが声かけてくんのよ。コミニュケーションはええ事やと思うけどな、その…デートとか誘われたらちゃんと断ってや、ほんまに」
『はぁ…』
「これは自意識過剰とかやなくて、事実やねん。チカちゃん、よう笑うようになったろ?人の顔見て話すようになってるし…したらやっぱチカちゃんの可愛さに気付く奴も出てくるやんか、今日の奴みたいによ…」
『はぁ』
自己評価でも他者評価でも実は同じこと、知佳は人生何度目かのモテ期の到来を疑ってかかる。
「とにかくよ、気ぃつけて、な、彼氏がおるという自覚を持って、簡単に俺以外の男に歯見せて笑うたらあかんから、分かった?」
『はい、そりゃもう、』
「ほんまやで…チカちゃん。他の奴に気ぃ持たせるようなことしたら、俺ら付き合ってます言うて商管室でキスしたるからな!」
本当は是非そうしたいくらいだが、千早は敢えてお披露目を抑止力として提案した。恥ずかしがり屋の知佳には、そっちからの脅しの方がよく効くと分かってきたからである。
『うわ、困る』
「こんなん罰ゲームにしたないけどな、守ってや…目立ちたくないならな、」
『はいはい…』
そんなに用心しなくても私に下心など持つ人はいないのに。それを口に出せば話が長くなる、千早の行動も分かってきた知佳は賢明な判断で不要な争いを回避した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました
ほーみ
恋愛
春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。
制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。
「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」
送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。
――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる