泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
3 / 49
1・調教済みだ

3

しおりを挟む

「それさ、いつも着けてるの?」
 休憩は10分でも2時間59分でも料金は同じだ。俺は買って来たペットボトルのお茶を開封してベッドにゆったり腰掛けた。
 そして「おいでおいで」と彼女を呼び寄せて肩を抱けばすんなり収まって頭と体重を俺に預けてくれる。
「はい、ドキドキするので」
「ドキドキ、ねぇ…」
「開けてみれば分かりますよ、これがあるだけで体の扱い方が変わります」
「…そうなの?」
「お風呂でも…私は常時着けておくタイプなのですが…ボディータオルに引っ掛けてしまわないように胸周りは丁寧に洗うようになります。もちろんたまには外して洗いますが…まないように定期的にケアをして、慈しむように…なります」
「ほー…」
 俺は耳にも穴は開けてないし乳首なんて開けようとも思わない。しかしもし付いていたとして洗体時にどうするかを頭でぽかんと考える。今までのように雑に上から下へスポンジを動かすと確かに引っ掛かって想像でも「イテテ」となる。胸だけは素手で丹念に泡を盛って滑らせるように洗うのがベストなのだろうか。
 普段使い道も無くそこに在るだけの乳首を丁重に扱う、なるほどそういうことも自分を愛することに繋がるのか。悔しいが分からなくはない。
 しかしピアスをシャツの上から触って腕で自縛している彼女はうっとりと、脱がせる前に俺としたキスの時よりも色っぽい顔をしていてそれは悔しかった。
「笹目さん、元カレのこと考えてる?」
「ち、違います、そんな…」
「元カレが開けた穴をそんなに大切にされると妬いちゃうな」
「……お可愛いところもあるんですね」
「はぁ?」
「常盤さんはお仕事中はしっかり者でどんと構えてらっしゃるイメージなので…お付き合いを始めてからおっちょこちょいなところも見つけたりしてお可愛らしくて…あぁすみません」
 言葉遣いがもったりとお嬢様というか奥様チックになって来ている。これが彼女の素ならばそれを引き出したきっかけは絶対にあのピアスと、それを開けた元カレとの思い出が蘇ってきているからだ。
 好きになる前に知ってればここまでショックを受けずに済んだのにな。俺は彼女が指摘した通り、元カレの痕跡に嫉妬する可愛げを持つ男のようだ。
「いいよ……ふー…俺はさ、正直その…胸にピアスを通すっていう価値観は分からない。笹目さんのこと好きだしがっつりエッチするつもりで来たから肩透かし食らって何とも言えない気分だよ、腹も立ってる…元カレにね」
「まぁ」
「俺が外してって言ったらそれは外せる?」
「…はい、大丈夫です」
 ならセーフ、本音を言えば穴は塞いで欲しいのだがそこまで強いるほどオラついてはないし、それで嫌われるのが平気なほどメンタルは強くない。
「その…体の一部だって言うなら普段付けてても構わない、それは俺が制御できることじゃないから…俺とのデートの時に外してくれるなら…それでいい」
「はい」
「まぁ今日は無理っぽいけど……もう少し休んだら帰ろうか」
「すみません……あの、ならフェラチオだけでもさせて頂けませんか?」
「ぶふっ」
思わぬ提案にお茶を吹く、咄嗟に避けたがそれでも自身のスラックスとワイシャツに飛沫ひまつが掛かった。
「っげふン、」
「大丈夫ですか」
「なに、ゲホッ、は、」
 俺はそれなりにパートナーより上位には立ちたいが俺が"リードしたい"という意味合いであって、彼女を"従えたい"訳ではない。
 こちらが「して」と頼むならまだしも、彼女が「したい」と頼みお伺いを立てるなんてそれはもう俺が『ご主人様』ばりの存在になっているということか。機嫌を損なわせたのでそのみそぎということか。
 奉仕根性が色濃く残っている彼女はせる俺の背中を摩って焦りを見せた。
「それか手で、目をつむって頂けるなら胸で挟みますので好きに動いて…いえ、私が動きますので、そこにローションがありますからお借りして」
「待って、待って……あーそう、そこまで仕込まれてんの、」
「……一般的なカップルもそれが当たり前だと…教えてもらって…」
「あー良い良い、うん…一般的ではないよ、する人はいるだろうけど…俺はそんな、罰ゲームみたいなことをさせたい訳じゃない…んー…」
 元カレからの教えをこちらに教えて頂かなくても結構、嬉しいかと言われれば嬉しいがなんだか畏れ多い気もする。
「私のせいでその…気が削がれてしまったので…私の意思で、させて下さい」
「なら…ちょっとだけ…あ、ごめん胸は仕舞ってくれ…ボタンも、そう」
「はい…ピアス、外しましょうか」
「いや、今日は良い、着けといて」
「寛大なんですね…」
彼女はブラジャーを着け直してボタンを上まで留めた。
 これは別に紳士的な振る舞いとかではない。目の前でピアスを外されてあの細い針を見るのが怖かったし、ピアスが抜けた後の乳首がどんな状態なのかを見るのが怖かったのだ。
 俺も過去に恋人の耳のピアス穴を見たことはあるし引き抜いたからといって空洞になって向こう側の景色が見えるなんて思い込んではない。だが、一度裂かれて針の穴の形に丸まって定着した肉の感じがどうも怖い。ちなみにだが同じ理由で、耳でも拡張するタイプのピアスは無理だ。見ていて肝がひゅんとなる。
「立たれますか?」
彼女は床へ降り、自然に慣れた動きで絨毯じゅうたん敷きのそこへ正座してぴっと三つ指を立てた。
 これが彼女が教わった作法なのか、仕事着のシャツとチノパンでそんなことをするもんだから俺は彼女を『笹目フロア長』として見てしまう。
 俺たちは同期でフロア長に昇進した時期もほぼ同じだった。初任地が離れていたので若い頃がどうだったかは知らないが、その頃の彼女も是非見てみたい気はする。
「いや、笹目さんがやり易いように…」
 そう言えば彼女は大きな目をまん丸にして意外そうに眉を上げ、
「…なら、座って下さい」
とベッドのフチを手で指し示した。
「うん」
「スラックスが汚れてはいけませんが…このままされますか?それとも脱ぎますか?」
「脱ごうかな」
「はい」
 端まで移動した俺を一旦立たせた彼女は、ベルトのバックルが音を立てぬよう手で押さえながら開けて静かに抜いて床に落とす。
 腰ボタンを外してするすると足元へスラックスを降ろし、何故だか彼女の顔は笑っていた。
「ふふ、パンツもお可愛らしいです」
 と何の変哲もないボクサーを褒められれば中心が少しピクンと疼く、もっと良い物を選んで来れば良かったと思ったが柄はどれも似たり寄ったりでそう変わらない。
「笹目さん、そんなご奉仕みたいな喋り方をしなくていい」
「そうですか、すみません…癖で」
「普段の…笹目フロア長が好きなんだ」
「……やだ、」
 頬を赤らめて顔をそらすその仕草、俺は彼女のその表情が好きだった。

 1年前、今の店舗に転勤して来て最初の呑み会で、彼女は俺のグラスにビールを注いでくれた。
 別に俺の歓迎会とかいう訳でもないただの食事会だったのだが、美人にお酌されれば気分が良かったので「笹目フロア長はキレイな所作しょさをしますね」と遠回しに褒めたのだ。そうすると素面しらふの彼女の頬はみるみるうちに赤く染まり、どもりつつ「ありがとうございます」と言って顔を向こうへそらした。
 ハラスメント防止が大きく叫ばれる昨今において容姿について言及するのは絶対にタブーで、「笹目さん、実に良いおっぱいですね。テーブルに載ってしまってる、重たくないですか?」と本当は思っていたが、アルコールが入ろうとそれを漏らしてしまうほど俺は阿呆ではなかった。
 気になり始めたきっかけはきっとそれだった。日々の中でしなやかで女性らしい動きが美しくて目を引いた、そして照れる仕草が可愛らしくて心の中にずっと残っていたのだ。
 しかしまぁその彼女を脚の間に挟んでフェラチオさせる日がこんなに早く来るとは。
 嫌がればさせたくないが望むのだから仕方ない…でもできれば清純派であって欲しかったかな、俺はワガママを口には出さずゴクンと飲み込む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...